48 僅かな好意
会場に到着したチェリシアとレイドは、控室に通された。
「俺はちょっと外を見てくるから、お前はここで待っていろ」
「はい、殿下」
それだけ言うと、レイドは剣を手に部屋を出て行った。
チェリシアは彼を引き留めることもできず、何も言わずにその後ろ姿を見送った。
(せっかく二人きりだってのに、すぐに行っちゃうのね)
もちろん、そのことに不満が無いわけではなかった。
数分後、出て行ったレイドの代わりに入って来たのは彼の側近ロイだった。
「お久しぶりです、ロクサーヌ令嬢」
「ええ、お久しぶりですね。無事に北部から帰ってこられたようで何よりです」
チェリシアの言葉に、ロイはアハハ……と苦笑した。
「次は南部へ行かされるところでしたよ、殿下への生意気な物言いは当分控えないといけませんね」
「あら、南部に?」
極寒の北部の次は、モンスターだらけの南部とは。
レイドはやっぱりサイコパスである。
「ロイさんはどうしてこちらへ?」
「殿下に、今度こそロクサーヌ令嬢を守るように言われて来ました」
「殿下が……」
ロイは一度任務を失敗していたが、レイドにとっては彼以上に信頼できる部下はいない。
皇家直属の近衛騎士より、ロイの方がよっぽど頼りになるのだ。
それほどまでに、ステインや皇后の手は広がっていた。
「令嬢、殿下に不満があるようですね」
「……当然ではありませんか?婚約者を一人置き去りにしたのですよ?」
チェリシアは頷きながら、ぷいっと顔を背けた。
婚約者を置いて何をしているのか、聞きたくもなかった。
ロイはそんなチェリシアの心を読んだのか、口を開いた。
「レイド殿下は今頃、会場の警備を確認しに行っているはずです」
「警備を……?」
予想外の言葉に彼女は顔を上げた。
口元に笑みを浮かべたロイが、彼女を見下ろしていた。
「はい、レイド殿下に敵が多いということは令嬢もよくご存知ではありませんか?」
「そ、それはもちろん……」
チェリシアどころか、ベレニウム帝国の貴族なら大半が知っている事実だ。
第二皇子レイドはステインや皇后、そしてその一派の者たちなど、敵があまりにも多い。
彼らは常に、レイドを暗殺する機会を窺っていた。
「ロクサーヌ令嬢が危険な目に遭わないようにと、警備の確認に行っているのです。今回、式を皇族とロクサーヌ家のみにしたのも、令嬢の身の安全を守るためです。招待客が多ければ多いほど、危険が高いですから」
「……殿下が、そのようなことを考えていらっしゃったとは知りませんでした」
てっきり面倒だから身近な人たちだけにしたのだと思っていたのに。
チェリシアは驚きを隠せなかった。
「私は殿下に仕えてもう十五年にもなります。その私が言うのですから間違いありません――レイド殿下は間違いなく、ご令嬢を好いておられます」
「……」
チェリシアの胸に、複雑な感情が渦巻いた。
嬉しさ半分、切なさ半分。好いていると言われているのに、どうしてこのような気持ちになるのだろうか。その理由は明白だ。
――私たちは、いつかは終わりを迎える関係だから。
「……ロイさん、ありがとうございます。ですが、私は皇后になるつもりはありませんので」
「……そう、ですか」
その言葉に、ロイは悲し気に視線を下げた。
チェリシアはそんな彼の心情に気付いていないフリをした。
それから数十分後、レイドが部屋に戻ってきた。
彼は浮かない顔のチェリシアに、首をひねった。
「何だ、その顔は」
「……いえ、何でもありません。ただちょっと考え事をしていただけです」
「そうか」
チェリシアは彼を心配させないようにニッコリと笑った。
「殿下、婚約式がもう始まりますよね?」
「ああ、ついさっき皇帝一家が到着し、ロクサーヌ家も会場に着いている」
「なら、私たちもそろそろ準備をしなければいけませんね」
チェリシアは立ち上がり、レイドと共に部屋から出た。
「そういえば、今日の婚約式には聖女も来ていたぞ」
「アンリーシェ嬢もですか!?」
嬉々として声を上げると、レイドは不機嫌そうに表情を曇らせた。
「嬉しいのか?」
「当然ですよ、アンリーシェ嬢は推し……いえ、友達ですから」
「……」
前に色々とあったが、それでもアンリーシェがチェリシアの前世の推しであることに変わりは無い。
薬を作り、チェリシアを救ってくれたのは間違いなく彼女なのだ。
(あの薬のおかげで、私もレイドもピンピンしてるからね!)
そのことをレイドも知っているはずだが、彼は何故か気に入らないというように眉根にシワを寄せたままだ。
命の恩人が来たのだからもっと喜んでもいいはずなのに、どうしてそんな顔をしているの?
疑問に思っていたチェリシアに、レイドは拗ねたように口を開いた。
「――俺がお前に会いに来たときは、いつもそんな風に喜ばないだろ」
「………………へ?」
到底サイコパスの悪役皇子とは思えない発言に、チェリシアはポカンと口を開けて固まった。
「会いに来てくれて嬉しかったですよ、殿下」
「嘘つけ、思ってないくせに」
「いえ、本当です」
レイドは信じていないのか、不機嫌なままだった。
彼をこのまま人前に出させるわけにはいかないと思ったチェリシアは、慌てて彼を元気付ける言葉たちを並べて立てた。
「殿下はとても素敵な人ですよ!男前!最強!百年に一人の皇子様!」
「……くだらないことを言ってないで、早く行くぞ」
その声に振り返ったレイドは、照れたように頬を僅かに染めていた。
き、機嫌が直った――!?
あのレイドが適当に並べただけのありきたりな褒め言葉で照れるなんて。
(何か不思議……レイドの皮を被った別の誰かなのかしら?)
前までは話しかけるのも恐れ多いくらいビクビクしていたのに、最近になって悪役皇子の取り扱いに困るようになったチェリシアである。




