5 殿下に再会しました
突然割り込んだ彼女に、義母は眉をひそめた。
「まぁ、何てマナーがなっていないんでしょう。自分より位の高い人たちの会話を遮るとは……」
「位が高い……」
義母のその言葉に、チェリシアは可笑しくて笑いそうになった。
(いくら公爵夫人の座に就いたからといって、元はと言えば平民でしょう?)
父の子であるマリーナはともかく、義母にはロクサーヌ公爵家の血は一滴たりとも混じっていない。
そんな彼女が、本妻との子であるチェリシアより上だなんて、自惚れにもほどがある。
「私のためにそこまでしてくれるのはありがたいのですが……お断りいたしますわ」
「な、何ですって?」
チェリシアはニッコリ笑って提案を断った。
義母は顔を真っ赤にして彼女を睨みつけた。
彼女が父親の前でそのような顔をするのは初めてだった。
いつも猫をかぶり、穏やかで優しい母親を演じているのだから。
「お姉様。お母様がお姉様のために婚約者を探してあげるって言っているのに、一体何がそんなに不満なの?」
「マリーナ……」
マリーナが咎めるような口調でチェリシアに尋ねた。
まるでチェリシアが悪いというようなムードだ。
(ただ提案を断っただけだというのに、どうしてここまで責められなければならないというの?)
このときになってようやく、チェリシアは自身が公爵邸で置かれている立場を理解した。
「逆に聞くけれど、どうして私の婚約者をお義母様が決める必要があるの?」
「お姉様……お母様はお姉様のためを思って言っているのよ。どうしてそんな……」
「――いいわ、マリーナ」
義母が冷たい声でマリーナの言葉を遮った。
かと思えば、突然口元を手で押さえて視線を伏せた。
「私はチェリシアのためを思って言っているのに……その気持ちを理解してもらえないなんて……」
「お母様……!」
マリーナは隣に座る母親の背中をさすった。
「いいえ、いいのよ。私は公爵家の人間でもなければ、貴族でもない。どれだけ努力したところで、チェリシアの母親になんてなれなかったんだわ……」
「……」
義母は顔を手で覆って肩をプルプル震わせた。
傍から見ればまるでチェリシアが彼女を虐めているかのようだった。
裏で罵声を浴びせて嫌がらせを繰り返しているのは紛れもなく彼女のほうだというのに。
そのとき、ずっと沈黙を貫いていた父が、重い口を開いた。
「……チェリシア」
「お父様……?」
チェリシアはその声に反応して父のほうに視線を移した。
その場を収めるために何か言うのかと思ったが、父の口から飛び出してきたのは残忍な言葉だった。
「……突然母親と妹ができて困惑したのもわからなくはない。しかし、いつまでもそうやって子供みたいに家族を受け入れないのはどうかと思う。いくら元平民とはいえ、彼女はれっきとした公爵夫人であり、お前の義理の母親なのだから」
「お父様……」
父は実の娘であるチェリシアより、愛する女の肩を持った。
父の前で猫をかぶり、何かあるとチェリシアを悪者に仕立て上げる義母。
それを信じて自分を責める父も、そんな義母にそっくりな異母妹も。
全てがうんざりだ。
チェリシアは机をドンッと叩いて立ち上がった。
「私はただ!自分で自分の婚約者を決めたいと、そう言っただけです!なのにどうして家族として受け入れてないなんて言われないといけないんですか!」
「チェリシア……」
これ以上は喉を通りそうにない。
チェリシアは半分ほど残ったままの食事を置いたまま、荒々しく晩餐室を出て行った。
邸宅内を早足で駆け抜け、自室へと戻った。
「キャアッ!ちょっと何するんですか!」
「……」
途中で使用人にぶつかったが、何も言わずに立ち去った。
「何よアイツ……感じ悪いわね」
「また奥様にお灸をすえられたんじゃない?最近は泣いてばかりだから良い気味だわ」
使用人たちを通り過ぎて部屋に入り、勢いよく扉を閉めた。
家族との朝食を終えたチェリシアは、そのまま扉の前で膝を抱えてうずくまった。
今になって原作の彼女の気持ちが痛いほど理解できた。
何故、チェリシアは最後までレイドの傍を離れなかったのか。
脅されていたから?彼の報復を恐れていたから?違う。
逃げようと思えばいくらでも逃げられたはずだ。
その機会は十分にあった。
しかし、チェリシアは逃げなかった。
――彼女には、レイドしか頼れる人がいなかったのだ。
チェリシアにとってレイドは、自分を一人の人間として扱ってくれる唯一の人だった。
だから最後までレイドを裏切ることができず、彼と一緒に死ぬことを選んだのだろう。
あんな人たちに囲まれて過ごしていれば、チェリシアがそういう考えになるのも当然のことだった。
「チェリシア……」
「――さっきから一人で何ブツブツ言ってるんだ?」
「キャアッ!!!」
頭上から聞こえてきた声に、チェリシアは跳ね上がった。
慌てて顔を上げると、立っていたのはレイドだった。
キッチリ変装していたこの間とは違って、今日はシャツとズボンという軽装だ。
「レ、レイド殿下!?どうしてここに!?」
「お前に話があって来た」
ていうかどうやって入って来たんだよ。
彼女の心を読んだのか、レイドが付け加えた。
「魔道具を使ったんだ。便利だろう?」
「……何でもできるんですね、魔道具って」
あっちに比べてこちらの世界は便利でいいなぁ、と思いながらレイドを見上げた。
「そうだな、俺もついこないだまではそう思っていた。だが……どうやら、違ったようだ」
「……?」
レイドはどこか遠い目をしながら、チェリシアを眺めた。
どうしてそんな顔をするのか。
彼女がその美しい瞳に見入っていると、突然手首を掴まれた。
「な、何するんですか!」
「ちょっと来い、試したいことがある」
彼はチェリシアの腕を掴んだまま、魔法を発動させた。
「キャアッ、眩しい!」
その瞬間、二人は光に包まれ、公爵邸から跡形もなく消えた。
チェリシアは眩い光にしばらくの間目を閉じていたが、レイドの声でそっと開けた。
気付けば、彼女は全く知らない場所に転移していた。
(わぁ、豪華な部屋ね……)
チェリシアの部屋の倍以上の広さはあるだろう。
中央には大きなキングベッドが設置され、アンティーク調の豪華なソファやテーブルが置かれている。
公爵邸にあるマリーナの自室よりもずっと煌びやかだった。
チェリシアはウキウキしながら尋ねた。
「ここはどこですか?」
「俺の部屋だ」
「…………え!?」
彼女は衝撃でレイドの手を振り払った。
「ちょ、ちょっとどういうことですか!貴族令嬢を男性の部屋に入れるだなんて!」
「……不満か?」
喚くチェリシアに、レイドが冷たいオーラを放った。
ま、まずい……。
ここでブーブー文句を言っていたら、今すぐにでも死亡エンドを迎えてしまう可能性がある。
あの場で生き延びたからといって、永遠に命が保証されているわけではないということをすっかり忘れていた。
チェリシアは何とか笑みを取り繕った。
「いえ……ただちょっと驚いただけです」
「そうか」
チェリシアはもう一度部屋の中を見回して尋ねた。
「殿下の部屋ということは……ここは第二皇子宮ですか?」
「そうだ、お前来たことなかったか?」
「え、無いですよ……そもそも私、皇宮にすらほとんど行ったことないので」
「そうか――ならステインともあまり関わりが無いんだな?」
チェリシアはその言葉に、ドキリとした。
さっきまで特別変わったところの無かったレイドの瞳が、今は鋭く彼女を射抜いている。
――第一皇子ステイン・アル・ベレニウム
この国の未来の皇帝陛下であり、レイドの異母兄。
彼の宿敵であり、どうしても相容れない相手。
レイドの前でその名を口にするのはタブーだった。




