3 原作の世界
レイドとの協力関係を結んだ後、家に帰ったチェリシアは、一人ベッドに突っ伏した。
「ああ……最悪だ……」
チェリシア・ロクサーヌはすでに死んだ。
いや、正確に言えば体は生きているけど心が死んでいるのだ。
「やっぱり原作の強制力からは逃れられないのかな……」
それとも、前世で批判的なコメントばっかりしてたから罰が当たったのかも?
『チェリシアの処罰が重すぎる!彼女はほとんど悪いことなんてしていないってのに!』
ベッドから起き上がったチェリシアは、部屋にあった机に向かった。
ペンを手に取り、机に置かれている紙に箇条書きで漫画の内容を書き留めていく。
「物語に関わろうとしなければ運命からは逃れられると思っていたけど……こうなった以上、原作を振り返ってみる必要があるわ……」
――大手漫画アプリの人気コミック『不遇な聖女の華麗なる結婚』
ヒロインは平民出身の聖女で、ヒーローは彼女の暮らすベレニウム帝国の第一皇子。女なら誰もが羨むシンデレラストーリーである。
ヒロインのアンリーシェは実の両親に捨てられ、叔父一家の元で生活していた。
しかし、叔父はだらしない人間で、まともに彼女の世話をしていなかった。
そのため、アンリーシェは一人ぼっちで寂しい幼少期を過ごす羽目となった。
そんなある日、叔父は十六歳になったアンリーシェを聖女候補として神殿に売り飛ばしてしまう。
この時点では彼女が聖女であるという確証は何一つなかった。
しかし、叔父は酒を買う金欲しさに強引にアンリーシェを聖女候補たちが生活する神殿へ追いやったのだ。
叔父からも捨てられた彼女には、神殿で暮らす以外の選択肢はなかった。
しかしそこでもまた、アンリーシェは虐められてしまう。
聖女候補たちは貴族令嬢が大半を占める中で、平民である彼女はかなり目立つ存在だった。
そのせいで高位貴族の令嬢の目に留まり、私物を捨てられたり仕事を押し付けられるなどの嫌がらせをされるようになる。
そんなときに現れたのが、ヒーローである第一皇子ステインだった。
正体を隠して神殿の視察に訪れた彼は、たまたま一人で掃除をしているアンリーシェを目にした。
『何て、美しい人なんだ……見た目だけではなく、心まで……』
ステインはどんな理不尽な状況にもめげずに、周囲に明るく振舞うアンリーシェに惹かれていった。
ステインがアンリーシェに本気になったきっかけは、周囲から詰られた彼のコンプレックスを彼女が肯定したことだった。
『俺は……自分の瞳が好きではない』
『あら、どうしてですか?そんなに綺麗な目をしているのに』
アンリーシェは首をかしげながら彼に尋ねた。
『赤は皇家の象徴だろう?俺の瞳の赤は濁っていて……あまり綺麗じゃないから』
『そんなことはありません。殿下の瞳はとってもお綺麗です。燃えるような赤い炎の中に、誰よりも強い意志を宿している……私にはそういう風に見えます』
『アンリーシェ嬢……』
ステインは頬を赤く染め、目の前にいるアンリーシェを強く抱きしめた。
彼にとってアンリーシェは光のような存在だった。
そして彼女もまた、皇族だからと傲慢に振舞うこともなく、優しいステインを心から愛していた。
物語の後半で、アンリーシェは実は聖女だということが判明する。
彼女は平民だったが、聖女であることを理由に特別にステインとの結婚が認められた。
アンリーシェとステインは、帝国民からの祝福を受けながら大聖堂で結婚式を挙げた。
「絵に描いたようなシンデレラストーリーね……羨ましいわ」
どうせ転生するならチェリシアよりアンリーシェが良かった。
最初は不幸だけど、最後は絶対的な幸せが保証されているわけだし。
最後まで不幸の連続だったチェリシアに比べたら、何て恵まれているんだろう。
「問題はチェリシアとレイドの方よ!」
正式に協力関係となったレイドとチェリシアは、常に行動を共にするようになる。
周囲からは仲睦まじい恋人同士のように思われていたが、実際はそのような仲ではなかった。
レイドとチェリシアは完全なる主従関係だったのだ。
二人はあらゆるシーンにおいて主人公の恋路を邪魔し、彼らを貶めようとしていた。
そのせいで、一部の読者からは性悪迷惑カップルとまで言われていた。
迷惑なのはレイドだけで、チェリシアは無害だってのに。
「そういえば……あのときどうして、私には彼の本当の姿が見えたんだろう……」
チェリシアはついさっきの出来事を思い浮かべた。
原作では悪役であるチェリシアに関してはあまり詳細に描かれていなかった。
ダークヒーローとして読者人気の高かったレイドと違い、チェリシアは完全な脇役だったからだ。
「目立たない悪役だなんて、一番最悪ね……」
私がチェリシアになった以上、絶対にあのような末路を迎えるわけにはいかない。
「こうなったら……何が何でも生き残ってやるわ……」
チェリシアの死ぬ原因となるレイドから何としてでも離れ、家族とも縁を切り、あとは好き勝手自由に生きてやる。
彼女はそう心に決め、ベッドに入って眠りについた。




