6 ベレニウム皇族
第一皇子ステイン・アル・ベレニウムと第二皇子レイド・フォン・ベレニウム。
帝国にたった二人しかいない皇子殿下であり、この先皇座を巡って熾烈な争いを繰り広げることとなる敵同士だ。
ステインとレイドはお互いをそれぞれ敵対視していた。
第一皇子ステインは、ベレニウム帝国の未来の皇帝として国中からの祝福の中で生を受けた。
ステインは帝国の輝く星であり、国民たちの希望の光。望まれない子として生まれたレイドとはどこまでも正反対だった。
その一方で、彼はあるコンプレックスを抱きながら生きていた。
それが瞳の色だった。
『ベレニウム皇室の血を継いだ者は、必ず宝石のように輝く赤い瞳を持って生まれる』
ベレニウム帝国が建国した約千年前からの言い伝えである。
ベレニウム帝国初代皇帝アルベルトは、宝石のように輝く赤い瞳の女性に一目惚れをした。
どんな絶世の美女にも靡くことのなかった彼の唯一の愛だった。
アルベルトと結婚した彼女は皇后となり、彼は何年にもわたって皇后だけを寵愛し続けた。
結婚から数年後、皇后は妊娠した。
アルベルトは大層喜び、国中が歓喜に包まれた。
しかし、体の弱かった彼女は出産と同時に亡くなり、アルベルトは深い悲しみに暮れた。
最愛を失い、一時は彼女の後を追おうと考えるほどに疲弊していた彼だった。
しかし、ゆりかごに揺られていた息子の顔を見たアルベルトは、衝撃を受けた。
愛する女性が残していった息子は、彼女の綺麗な瞳をそのまま受け継いでいたのだ。
その瞳を見たアルベルトは、彼女が戻ってきたようだと歓喜した。
それから彼は息子のためにすぐに政務に復帰し、たった一人の息子をそれはそれは大切に育てた。
皇后が亡くなってからも他の女性を娶ることなく、永遠に彼女にのみ愛を誓った。
そうして成長したのが、後に名君となって国を発展させる二代皇帝カイゼンだった。
赤は初代皇帝が生涯で唯一愛した女性の象徴であり、このベレニウム帝国を明るく照らす色。
『ステイン殿下の瞳をご覧になられました?美しい容姿をしていましたが、瞳があれでは……』
『ええ、見ましたわ。せっかくアルという初代皇帝の名から取ったミドルネームを頂いたというのに、何て残念な……』
ステインは称賛される一方で、常にそのような言葉を浴びせられていた。
彼にとって濁った赤い瞳は唯一の汚点であり、恥ずべきことだった。
一方、妾腹のレイドはステインとは対照的に綺麗な赤い瞳を持って生まれた。
そのことが彼の劣等感を助長させた。
最初から全てを持って生まれたステインが、唯一永遠に手に入れることのできないもの。
彼にとって異母弟のレイドはいつだって嫉妬の対象だったのだ。
そしてレイドもまた、ステインと似たような感情を胸に抱いていた。
長年にわたって虐待されてきたレイドは、両親から愛されたステインの存在がいつだって目障りだった。
ただ母親が違うというだけで、あそこまで冷遇されていたのだから当然だ。
二人は天敵であり、絶対に共存などできない存在なのだ。
(漫画の中で読んだ内容だけれど……結構重いわね……)
鋭くこちらを見つめるレイドに、チェリシアは言葉を返した。
「ええ、その通りです。私はステイン殿下とはほとんどお会いしたことがありません。時々皇家の舞踏会で挨拶をするくらいです」
「……そうか」
レイドはぷいっとチェリシアから顔を背けた。
宿敵のステインと関わりが無いと聞いて安心したのだろうか、彼の考えはわからないが間違った返事をしたわけではなかったようだ。
「ところで、今日はどうして私をここへ連れてきたんですか?」
「ああ、お前に話があるって言ったよな」
レイドはチェリシアを手招きすると、部屋にあったソファに座らせた。
一体何を話すつもりなのか、皆目見当もつかない。
彼はチェリシアの正面で足を組んで座った。
すぐ傍には、彼がいつも腰にぶら下げている剣が置かれていた。
頬杖をついて彼女を真っ直ぐに見据えると、シンとした空気の中で口を開いた。
「お前、俺が今一番欲しいものを当ててみろ」
「……!」
チェリシアはレイドの問いの答えを知っていた。
彼が何の目的でそのようなことを聞いたのかはわからない。
しかし、彼女は明確に答えることができる。
(レイドが欲しいもの……間違いない……それは――皇帝の座だわ)
漫画内でも、レイドはステインの持つ皇座を虎視眈々と狙っていた。
原作をかなり読み込んでいたチェリシアはそのことがすぐにわかった。
だけど、ここで彼の考えを言い当てるのが果たして正解なのだろうか。
何故お前がそのことを知っているのか、と逆に斬られてしまうかも……。
いや、きっとこの問題に正しい答えなんてない。
原作のチェリシアは罪が明らかになって処刑されるまで、間違いなくレイドの元で生きていた。
本物のチェリシアも、出会ってすぐ、このように彼に聞かれたのだろうか。
二人の物語は漫画内であまり描かれていなかったし、今では知る術もない。
「殿下の欲しいものなんて……そんなのあるんですか?」
「ああ、今切実に欲しているものがあるんだ」
レイドはチェリシアの答えを待っていた。
(前世の就活で実際にあった圧迫面接より緊張するんだけど……)
命がかかっているのだから当然だった。
ええい、もうどうにでもなれ!
チェリシアは両手を前で組んでレイドを見つめた。
「そ、それってもしかして……私……ですか?」
「……………何だと?」
予想外の答えだったのか、レイドは口をあんぐりと開けたまま固まった。
原作のレイドとチェリシアが恋愛関係にあったのかどうかはわからない。
しかし、少なくともレイドはチェリシアを気に入って傍に置いていたのではないだろうか。
元々他人を寄せ付けないタイプの彼が、チェリシアとだけは常に行動を共にしていたわけだし。
「何とも思ってない女に、わざわざこんなことしないですよね……ということは、殿下は私のことが……」
「……」
「私をこの部屋に連れて来たのも……あんなことやこんなことをするつもりで……」
「やめろ、吐き気がする」
その声に顔を上げると、本当にレイドの顔が真っ青になっていた。
口元を手で押さえて、今にも胃の中の物を戻してしまいそうな勢いだった。
(ちょっと!そこまで!?)
チェリシアは貴族令嬢の中でもかなり美人な部類であるというのに、何て失礼な。
彼女はショックを隠しきれなかった。
だけど、さすがは物語のラスボス皇子なだけある。
一介の女の誘惑には目もくれないということか。
「それ以上言うな、確実に吐く」
「し、失礼ですね!大体、レイド殿下が聞いたんでしょう!私はただそれに答えただけですよ!」
「……何だと?」
レイドが眉をひそめた。
「お前、俺が誰だかわかってるのか?」
「……」
機嫌を損ねてしまっただろうか、と彼女は慌てた。
今目の前にいるこの男は生粋のサイコパスだった。
いつあの剣を抜いてもおかしくはないのだ。
(しっかりしないと……)
気を持ち直した彼女は、彼と目を合わせて淑女教育で会得した優雅な笑みを浮かべた。
「いきなり何をおっしゃるんですか。レイド殿下はベレニウム帝国の第二皇子殿下で……」
そこまで言いかけたチェリシアはあることに気が付いた。
レイドはおそらくそのような返事を望んで聞いているわけではないだろう。
彼が帝国の第二皇子であるのは当然のことなのだから。
レイドが最も言われたいこと……
それは、ただ一つだけだった。
「――帝国の未来の、偉大なる皇帝陛下です」
チェリシアのその言葉に、彼はニヤリと笑みを深めた。




