44 異母妹の異変
その日の夜、父親がチェリシアの部屋の扉を勢いよく開けた。
「――チェリシア!今日の昼にレイド殿下がいらっしゃったと聞いたぞ!」
レイドはロクサーヌ家への訪問を事前に知らせなかった。
そのため、公爵を始めとしたロクサーヌ家の者たちは何も知らないままだった。
(レイドが丁寧に先触れなんて出すわけがない……これまでの彼の行動からしてわかることよ)
彼は仕事人間であるのに加え、面倒臭がりだった。
「皇子殿下に失礼な真似はしていないな!?」
「……していません」
性悪なマリーナならまだしも、チェリシアが皇族相手に無礼なことをするはずがない。
父親はその言葉が信じられないのか、娘に疑いの目を向けた。
その視線が不快で、彼女は話題を変えた。
「そうだ、お父様――婚約式の日取りが決まりました」
「な、何だと!?」
婚約式は貴族令嬢にとって大きな意味を持つ式典である。
将来、夫婦になる殿方から婚約指輪を貰う大事な場。
貴族のご令嬢にとっては憧れであり、貰える指輪の価値でステータスが決まるという謎の慣習まである。
「い、一体いつやるつもりなんだ?」
「――三日後です」
「…………………へ?」
父が間抜けな声を出した。
(そりゃあ驚くわよね……つい最近いきなり婚約を申し込まれたばかりなのに……)
もちろん、チェリシアもそう遠くないうちに行われるのだろうと覚悟はしていた。
だけど、こんなにも早いなんて聞いてない――!
『婚約式は三日後に執り行うつもりだ。招待客は皇族とロクサーヌ家の人間のみだ。他に呼びたいやつはいるか?』
『早すぎるし準備できてませんけど……いえ、特にいません』
アルセリアを呼ぼうと思ったが、元婚約者のステインがいる場に彼女を招待するのは憚られた。
『そうか、なら決まりだな』
『殿下、私ドレスを買えそうになくて……』
『ドレスはこっちで用意しておくから、お前は何も準備しなくていい』
レイドはそれだけ言うと、正面玄関から堂々と外へ出て行った。
邸を守る衛兵たちが仰天しているのも気にせず、正門を飛び越えて行った。
(相変わらず自由な人ね……)
人の目をあまり気にしないタイプなのだろうか。
「三日後だなんて、いくら何でも早すぎやしないか?まだ婚約が決まったばかりだしもう少し後でも……」
「……レイド殿下ができるだけ早くと望まれたのです」
「そ、そうか……殿下が望んでいるのならば仕方が無いな……」
元々チェリシアに拒否権なんて存在しなかった。
(そんなに早く皇太子になりたいのね。まぁ、彼の置かれている境遇を考えれば当然か……)
チェリシアは未だに理解が追い付かない様子の父親を置いたまま、外へ出た。
「チェリシア!どこへ行く気だ!?」
「婚約式の準備があるので失礼します。お父様も早めにお休みください」
本当は式の準備など無かったが、父親をあしらうためには最適な嘘だった。
レイド殿下のことを出せば、父も強くは出られないようだから。
部屋を出たチェリシアは、公爵邸の廊下を歩いた。
(外の空気でも吸おうかな……どうせ婚約式までは予定も無いから暇だし……)
すれ違う使用人たちが、チラチラとチェリシアを見ている。
少し前までは聞こえるように陰口を言ってきた彼らだが、今はもうすっかりなくなった。
(血の皇子と婚約したからって、みんなビビってるのね)
レイドの方から婚約を申し込んだともなれば、チェリシアが彼の愛する人であるのだと思ってしまうのも無理はないだろう。
彼女に手を出せばレイドが黙っていないと、そう勘違いしているのだ。
彼らが偽装婚約で、いずれは婚約を解消する仲であることを知る者は誰もいない。
堂々と公爵邸の廊下を歩いていると、曲がり角の先から走ってきたマリーナとぶつかった。
「キャッ!」
「……ッ」
マリーナは勢いよくチェリシアにぶつかり、床に転んでしまった。
「……マリーナ?」
「……」
マリーナは床に膝をついて俯いたまま、身体をプルプルと震わせていた。
いつもなら邪魔なのよ!と突き飛ばしているだろうに、今日は何故か黙ったまま座り込んでいる。
(……何だか、いつもと違う?)
チェリシアはそんな彼女に違和感を抱いた。
もしかしたら怪我でもしているのだろうか。
いくら好きではなかったとしても、怪我をしている少女を置き去りにすることなんてできない。
「ちょっと、どうしたのよ。そんなに痛かったかしら?立てる?」
「――ッ!!!」
マリーナは差し出したチェリシアの手を、思いきり振り払った。
「マ、マリーナ……?」
彼女はチェリシアをキッと睨み付けた後、自力で立ち上がってその場から立ち去って行った。
余計にわけがわからない。
(あんなに心に余裕の無いマリーナは久しぶりに見たかも……)
レイドとの婚約が決まったからって、ちょっとカッカッしすぎじゃない?
公爵家の令息と結婚できるならいいでしょうよ、別に。
このときのチェリシアは、マリーナが置かれていた状況を知らなかった。
そのせいで、婚約式では大事件が起きてしまうこととなる――




