43 憎き異母姉 マリーナ視点
レイドがチェリシアとこっそり部屋にいた頃、マリーナはエントランスで立ち尽くすアイザックを見つけた。
「――ルバーニ公子!?どうしてこちらに?」
「……マリーナ嬢」
アイザックはゆっくりと振り返り、マリーナを視界に入れた。
絶世の美女と呼ばれる彼女を見てもなお、彼の表情は変わらなかった。
マリーナは何の先ぶれも無く公爵邸へやって来たアイザックに驚きながらも、満面の笑みで駆け寄った。
「ルバーニ公子、ロクサーヌ公爵邸に来たのにどうして私の元へいらっしゃらなかったのですか?」
「……もちろん、マリーナ嬢に会うつもりでいましたよ」
彼の返事に、マリーナは目をキラキラ輝かせた。
「やっぱり!私もルバーニ公子にとても会いたかったんです!」
「……そう言って頂けて嬉しいですね、マリーナ嬢」
彼がマリーナではなくチェリシアに会いに来たということを、当然彼女は知る由も無かった。
「せっかくいらしたのですから、お茶でも飲んでいってください。公子のためにとっても香りの良い茶葉を仕入れたんです」
「では、いただきましょう」
マリーナは彼の腕にそっと触れ、応接間まで二人仲良く並んで歩いた。
(アイザックは私の物よ、こんなにもハイスペックな彼が婚約者だなんてみんな羨ましいでしょう?)
マリーナはアイザックを愛してはいたが、それは地位や見た目の良さを加味してのことだった。
アイザックが平民の男性であれば、彼女は眼中にすらなかっただろう。
「さぁ、どうぞ入ってください」
「ありがとうございます」
マリーナはアイザックを応接間に通すと、自らの手でお茶を淹れた。
「……令嬢はお茶を自分で淹れるのですか?」
「ええ、母がよく父にしていたので。私も大好きな母から教わったんです。将来愛する男性に同じことをしてあげたいなと思って」
「……そうですか、とても素敵な考えをお持ちなのですね」
「えへへ、ありがとうございます」
マリーナは照れ臭そうに笑った。
彼女はアイザックのその言葉に、別の意味が込められていることに気付いていなかった。
ロクサーヌ公爵夫妻が、略奪婚によって結ばれたことは社交界ではかなり有名な話だった。
アイザックは当時まだ幼かったが、当然そのことを知っている。
不貞の末に結婚した二人をまるで純愛であるかのように言うマリーナへの皮肉だった。
アイザックはマリーナの淹れた茶を一口飲んだ。
「……とても美味しいです。私のためにありがとうございます」
「ルバーニ公子がお望みなら、いくらでも淹れますわ」
アイザックはマリーナのその発言には返事をせず、代わりにあることを尋ねた。
「――ところで、姉のチェリシア嬢とは仲良くやっているのですか?」
「……チェリシア?」
マリーナはどうして今チェリシアの名前が出るのか、と不快感を露わにした。
せっかくの楽しい時間を、どうして姉の名前で汚すのか。
「ええ、お姉様とは仲が良いですよ。母親は違いますが、お姉様はとても優しい人なんです。愛人の娘である私を快く受け入れてくださって……母親を亡くしたお姉様からしたら、私の存在なんて不快でたまらないはずなのに……」
「両親のことはマリーナ嬢には何の関係もありません。ですからあまり自分を責めないでください」
アイザックは俯くマリーナに、優しい言葉をかけた。
「そうですよね……ルバーニ公子にそう言ってもらえると何だか元気が出ます」
「私も両親も、あなたの生まれた経緯は全く気にしていないのでご心配なく」
「……!」
マリーナは社交界の華として令嬢たちのトップに君臨していたが、最初から上手くいっていたわけではなかった。
どれだけ美しくても、どれだけ優秀でも、卑しい血筋というのは永遠に彼女に纏わりついた。
マリーナはどんなに努力しようとも、平民の女から生まれた娘である。そのことは変えられない。
社交界では幾度となく心無い言葉を浴びせられた。
(アイザックは他の人たちみたいに私を差別したりしないのね……)
この人が婚約者でよかった、と彼女は心から思った。
それと同時に、マリーナの頭に良くない考えがよぎった。
そうだ、どうせならこの際気に入らない異母姉の評判を落としてやろう。
マリーナは声のトーンを落とし、目に涙を浮かべた。
「お姉様も……最初はそう言ってくれていたんですが……」
「……?」
アイザックは顔を上げ、彼女を見つめた。
「やっぱり愛人から生まれた私のことが気に入らないようです……最近は特にキツく当たられるようになって……こないだ、後ろから突き飛ばされたんです……」
後ろから突き飛ばしたのはチェリシアではなくマリーナの方だったが、それは秘密だ。
アイザックがチェリシアを嫌いになってくれればいい。そう思っての嘘だった。
――この一回の嘘が、マリーナの運命を大きく変えることとなる。
「……あなたは嘘をついています」
「…………え?」
アイザックは非常に冷めた目でマリーナを見つめていた。
「――突き飛ばしたのはあなたの方でしょう?前に見ていました」
「そ、そんな……!一体いつから……?」
アイザックはあの日、マリーナがチェリシアの背中を押す瞬間を目撃していたのだ。
あのときのことを見られていたのか、と彼女は焦った。
「ち、違うんです……あれはただちょっとぶつかってしまっただけですよ……」
「チェリシア嬢が転んでも手を差し伸べるどころか、メイドたちと一緒に嘲笑っていたのをよく覚えています」
「……ッ!?」
そんなところまで見ていたというのか。
マリーナの額から汗が流れた。
「私はそれでも夫婦になるのだからと、我慢してきました。婚約者として定期的に顔を合わせていれば、きっといつかは心を通わせられるはずだ……と、このときまで間違いなくそう思っていました」
「……な、何が言いたいのですか?」
アイザックが彼女に向けていたのは、軽蔑の眼差しだった。
マリーナは当然、男性からこのような目で見られたことはない。
彼女は社交界の華で、いつも男たちからチヤホヤされる存在だったからだ。
「――私は、どうしてもあなたのことを愛せません。この婚約を無かったことにしていただきたいです」
マリーナの目の前が、真っ暗に染まった。
アイザックの前であるにもかかわらず、彼女は羞恥で身体を震わせた。




