41 ルバーニ公子が私に会いに?
一足先に部屋を出たチェリシアは、予想外の人物と遭遇することとなった。
「――ロクサーヌ令嬢!お久しぶりですね!」
「……ルバーニ公子?」
廊下を出て二階へ上がろうとしていた彼女の目の前に姿を現したのは、マリーナの婚約者アイザック・ルバーニ公爵令息だった。
アイザックは嬉しそうに顔を綻ばせながら、階段を上りかけていたチェリシアを見上げた。
(どうして彼がここに?)
チェリシアは驚きを隠せなかったが、公爵家のご令息……ましてや未来のロクサーヌ家の当主をスルーするわけにはいかない。
一度来た道を戻り、彼の前で挨拶をした。
「お久しぶりです、ルバーニ公子」
「ええ、前に一度会ったきりですね」
アイザックはニッコリと笑った。
レイドやステインほどではないが、彼もまた顔が良い。
(原作には登場しなかったキャラクターだけど……綺麗な顔ね。モブっていうのが信じられないくらい)
この世界の顔面偏差値はどうなっているんだ。
「公爵邸に来たということは、マリーナに会いにいらしたのですよね?呼んできましょうか?」
「あ、いえ……今日はマリーナ嬢に会いに来たのではなく……」
アイザックがモジモジしながら頬を染めてチェリシアを見つめた。
「――チェリシア嬢に会いに来ました」
「………………私に?」
熱がこもっているように見えるアイザックの眼差しに、チェリシアは困惑した。
異性にこのような不思議な目を向けられるのは、前世を含めても初めてのことだった。
アイザックはチェシリアに一歩近付いた。
「チェリシア嬢に不幸なことがあったと聞いて、とても心配で……」
「……公子の手を煩わせるほどのことではありません。この通り、ピンピンしていますのでご心配なく」
彼女は平然を装ってそう答えたが、さっきから何故か気持ちが落ち着かなかった。
目の前のアイザックをじっと見上げる。彼女と目を合わせた彼が、一瞬だけビクッとした。
そのような反応が、余計にチェリシアを戸惑わせた。
次の瞬間、アイザックは悲しそうに目を伏せた。
「チェリシア嬢、レイド殿下との婚約が決まったと聞きましたが……それは本当ですか?」
「ええ、本当です」
チェリシアは迷うことなく頷いた。
レイドと彼女の婚約は、つい今日発表されたばかりだった。
もしかして、そのことで今日ここへ来たのだろうか。
「正直、ショックを隠しきれません」
「……どうして、ルバーニ公子がショックを受けるのですか?」
薄々気付いているのに、わざわざ聞いたのはただの好奇心だった。
その問いかけに答えるようにアイザックはチェリシアに手を伸ばし、彼女の頬にそっと触れた。
「チェリシア嬢、私はあなたが……」
「――ロクサーヌ令嬢」
突如二人の間に割って入った低い声に驚き、チェリシアは慌ててアイザックと距離を取った。
「レ、レイド殿下……!?」
チェリシアとアイザックの斜め右後ろに立っていたのは、レイドだった。
腕を組みながらこちらを見つめる彼は、不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。
「殿下……!」
アイザックの顔がみるみるうちに青くなっていく。
「ど、どうしてここに……」
「――愛する婚約者の家に来るのが、そんなに変なことか?」
レイドはチェリシアのすぐ横まで来ると、彼女の腰を抱いた。
「キャアッ!」
突然の接触に、チェリシアは声を上げた。
しかしレイドは手を離すことなく、さらにアイザックを挑発するかのように顔を近付けた。
「で、殿下……!」
もはや唇が触れてしまいそうなほどの距離で見つめられ、顔が真っ赤になる。
そこでレイドは、チェリシアからアイザックの方に視線を移した。
柔らかかった目が、一瞬で鋭さを増した。チェリシアを離すことはなく、アイザックに見せつけるように彼女の腰をさらに引き寄せた。
「で、お前誰?」
「……!」
そこでアイザックはハッとなって臣下の礼を取った。
「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。ルバーニ公爵家の次男アイザック・ルバーニと申します」
レイドはアイザックを冷めた目で見下ろした。
「ルバーニ公爵家……あぁ、知っている。たしかロクサーヌ家の次女と婚約しているんだったな」
「…………はい」
アイザックはしばしの沈黙の後、返事をした。
何故か、マリーナとの婚約があまり乗り気ではないように感じた。
「こんなところで道草食ってないで、さっさと次女の方に会いに行ったらどうだ?お前のことを待っているはずだ――もちろん、彼女に会うために今日はここへ来たんだろう?」
「…………ええ、その通りです」
有無を言わさないというようなレイドの投げかけに、アイザックは首を縦に振るほかなかった。
「あの、殿下……」
「俺たちは部屋で婚約式の日取りでも決めようか」
「こ、婚約式……そうですね……」
レイドはそこでようやく、チェリシアの腰から手を離した。
彼女がほっとしたのも束の間、今度は手を差し伸べた。
「部屋までエスコートするよ」
「あ、ありがとうございます……」
チェリシアは僅かに震える自分の手を、そっとレイドの手に重ねた。
「……」
アイザックは悔しさで俯いた。
チェリシアとレイドが仲睦まじくする様を、彼は見ていられなかった。
「行こう」
「はい、殿下」
レイドは最後にチラリとアイザックを一瞥すると、彼女の手を引いたまま二階へと上がって行った。




