40 正式な婚約
数日後、レイドとチェリシアの婚約が皇帝によって承認された。
彼女は正式にレイドの婚約者となり、二人の婚約は世間に公表されることとなった。
第二皇子レイドとロクサーヌ公爵家の目立たない長女チェリシア。
予期せぬ二人の婚約に、世間は驚きを隠せなかった。
婚約はレイド側が強く望んだことであるという噂が広まれば、余計に人々の間でざわめきが広がった。
あの二人に接点があったのか、一体いつ知り合っていたのか、など。
社交界は二人の話題で持ち切りとなった。
(まぁ、そりゃあみんな驚くわよね……)
二人とも悪い意味で、貴族社会では有名だったから。
その日の晩餐会で、彼との婚約の話はさっそく話題に上がった。
「――お姉様、レイド殿下とのご婚約おめでとうございます」
「……マリーナ」
マリーナは一見レイドとの婚約を祝福しているように見えたが、本当の気持ちがくっきりと顔に出ていた。
――何故、お前みたいなのが第二皇子と結婚できるのか。
笑っていないマリーナの目が、そう物語っていた。
「……そうね、チェリシアも素敵な相手を見つけられたようでよかったわ」
「……ありがとうございます、お義母様」
義母は気に入らない、と言ったような目でギロリとチェリシアを睨んだ。
彼女もまた、レイドとの婚約を快く思っていないようだった。
ただ父親がいる前だから本音をさらけ出せずにいるだけだろう。
「……お前がレイド殿下との婚約を受け入れると言ったときは驚いたが、何はともあれ良かった」
「はい、お父様。とっても素敵な男性と婚約できて嬉しい限りです」
勝ち誇ったような笑みで言うと、義母とマリーナが悔しそうに唇を噛んだ。
マリーナは昔から、自分が姉より劣っているのが許せなかった。
彼女の婚約者であるアイザックは美しい容姿と公爵家の次男という高い地位があるが、どちらもレイドには敵わなかった。
婚約相手がステインであれば、彼女はきっと正気を保てなかっただろう。
マリーナはチェリシアが自分よりハイスペックな相手と結婚することが不快なのだ。
「でもお姉様……第二皇子殿下ってあまり良くない噂があるでしょう?本当に彼と結婚するつもり?」
「良くない噂……?」
「ほら、凶暴だとか残忍だとか」
チェリシアは不安げに眉を下げるマリーナに対して、ニコッと笑顔を見せた。
「いいえ、彼は良い人よ。前に会ったけど、とっても優しいお方だったわ」
「な、何ですって……?」
チェリシアは疑うような視線を向けるマリーナに対し、わざとらしく照れたように頬を染めた。
「実は、聖女お披露目パーティーのときに着ていたドレス……レイド殿下が私に贈ってくださったものなのよ」
「う、嘘でしょう……!?」
マリーナと義母、そして父ですら驚きを隠せなかった。
普段冷静沈着な父の動揺する姿に、チェリシアは口角を上げた。
「私があんな高価なドレス、自力で買えるわけないでしょう?殿下が新しいドレスを持ってない私を見かねて、プレゼントしてくださったの」
「……」
マリーナは机の下に隠した拳をわなわなと震わせた。
彼女ですら、アイザックからあれほど高級なドレスを贈られたことはなかった。
アイザックは紳士的で優しい人だったが、まだまだマリーナとの間に壁を作っているからだ。
「チェリシア、その頃からレイド殿下と親交があったのか?言ってくれればよかったものを……どうして黙っていたんだ」
「そんなの、言えるわけがありませんわ」
チェリシアは父親に氷のように冷たい目を向けた。
「――お父様は昔から私のことなんて、眼中にもありませんでしたから」
「……!」
家族とは思えないほどよそよそしい態度に、父親は困惑した。
(私がレイド殿下に気に入られているからってすり寄ろうなんて思わないでよね)
元はと言えば全て父親が原因なのだ。
チェリシアはそのことを忘れたことなんてなかった。
「……お姉様、婚約式はいつ頃行う予定ですの?」
「婚約式……」
貴族同士、または皇族との婚約は一部例外を除いて婚約式を執り行う必要がある。
(皇太子になる以上、婚約式は避けては通れない道なはず……)
再婚とかであればしない貴族もいるが、皇族との婚約であればまず間違いなく婚約式は行われる。
皇太子の座を狙っているのなら、しないという選択肢はないだろう。
「正確な日取りはまだ決めていません――そういうことは、じっくりと彼と話し合って決めたいですから」
「ぐぬぬ……」
珍しく煽ってくるチェリシアに、マリーナはもはや限界だった。
今にも爆発してしまいそうなほど、顔を真っ赤に染めている。
「そ、そうか……日程が決まったら私たちに教えてくれよ。準備をしないといけないからな」
「ええ、必ずお伝えしますね」
来なくてもいいのにと言いたかったが、婚約式に家族が出席しないなんて何て噂されるかわからない。
レイドの横で幸せそうに微笑んでいれば、彼らの悔しがる顔が見られるだろうか。
「私はそろそろ失礼しますね、この後も彼と話すことがありますから」
「そ、そうか……皇子殿下に失礼のないようにな」
立ち上がったチェリシアを、父親は珍しく言葉をかけて見送った。




