39 呪い
*??視点*
――この世界の全てが憎い。
目を閉じれば、今も思い浮かぶ光景。
真っ暗な森の中で、私は息も絶え絶えに走り続けた。
自分を追い詰める騎士たちの剣で、幾度となく体に傷を付けられた。
愛する人に裏切られたことで受けた傷に比べたら、そんなもの大したことは無かったが。
『最初からお前のことを愛してなどいなかった、お前に愛していると言ったのは彼女と結婚するために必要だったことなんだ』
かつて自分の命と引き換えにしても惜しくないほどに愛した男に言われた言葉が、胸に深く突き刺さった。
今すぐあの男を殺してやりたい。
手足を切り落とし、いっそ死なせてほしいと願うほどの苦痛を与えてやりたい。
(お前たち……今に見てろよ……!)
絶対に復讐してやると心に誓った。
お前たちを皆殺しにし、末代まで呪ってやると。
崖に追い詰められ、私はあの男の命令でここまでやって来た騎士たちの方を振り返った。
「私は死にはしない……必ずここへ帰ってくる……」
騎士たちが弓を構えた。合図で一斉に矢が放たれる。私は最後の力を振り絞って声を上げた。
「――そしたらお前たちを呪ってやる!私を陥れた者たち全員、皆殺しにしてやるからな!」
何本もの矢が、私の身体を貫いた。
口元から大量の血が噴き出ると同時に、私の身体は宙へと投げ出された。
崖から落下していく最中、私を陥れたあの男とその横にいる憎き女の顔が頭に浮かんだ。
私は必ず、この場所へ帰ってくる。
―――誰も制御することのできない呪いとなって。
***
「――ステイン殿下、おはようございます」
「……ああ」
朝、自室へ現れた侍女たちにステインは素っ気なく返事をした。
そんな姿に、一人の侍女が耐えられずにビクッと肩を上げた。
彼は国民からは品行方正で心優しい皇子様だと知られていたが、実際は違った。
ステインの侍女たちは入れ替わりが激しい。皇宮で勤務している者だけが知っている事実である。
多くの歳若い少女が彼の美貌に惹かれて侍女になるも、ほとんどは短期間で辞めていってしまうからだ。
彼は自分より下の立場の者には容赦のない人間だった。つい先日も、シェフを一人クビにしたばかりだった。
出されたスープが熱すぎるというくだらない理由で。
侍女は震える手でステインのネクタイを締めた。力を入れすぎるとこの場で首が飛んでしまいそうだ。
何とかステインの着替えを終えた侍女は、心の中で安堵の息を吐いた。
「リーシェはどうしている?」
「皇太子妃宮の庭園にいらっしゃるそうです」
「そうか、会いに行くからお前たちはついてくるな」
「はい、殿下」
ステインはそれだけ言うと、一人で部屋を出て行った。
彼がいなくなってからしばらく、侍女たちは助かった、と抱き合った。
***
部屋を出たステインは、真っ先にアンリーシェの元へと向かった。
アンリーシェはこの国唯一の聖女であり、彼の婚約者である。
彼がこの世で最も愛する女性。
初めて見たときから彼女の聖母のような優しさに惹かれ、あっという間に虜になった。
どのようにアンリーシェを好きになったかはよく覚えていないところも多かったが、彼女への想いはたしかだ。
「――リーシェ」
皇太子妃宮にある美しい庭園。
白いドレスに身を包んだ彼女は一人、その場所で立ち尽くしていた。
普段は華やかな印象だが、今のアンリーシェは清楚可憐という言葉がよく似合っていた。
やっぱり、いつ見てもとても美しい。
ステインは彼女よりも綺麗な人を見たことがなかった。外見も、内面も。
「こんなところで何をしていたんだ?」
「皇太子妃宮にある花がとても綺麗だったので……思わず見惚れてしまって」
「そうか、この宮殿は気に入ったようだな」
ステインはまだ皇太子ではなかったが、アンリーシェを次期皇太子妃として宮殿に住まわせていた。
どちらにせよ皇太子は自分以外ありえないし、もう一人の皇子は排除するつもりだった。
アンリーシェの淑女教育が終わり次第、彼は彼女と婚約を結び、皇太子になる予定だ。
「殿下はどうしてこちらに?」
「君に会いたかったからここに来たんだ」
「まぁ、私にですか……?」
アンリーシェは嬉しそうに頬を染めた。
照れている姿がとても愛らしい。
「リーシェ、淑女教育は順調に進んでいるのか?」
「はい、まだ理解できないところもありますが……ステイン殿下のことを考えれば頑張れるんです」
「そうか、俺のことを……」
ステインの胸に、何とも言えない喜びが沸き上がった。
愛する女に気持ちを返してもらえるというのはこんなにも嬉しいことなのか。
彼は恋なんてしたことが無かったからわからなかったのだ。
「リーシェ……愛してる……」
「で、殿下……」
ステインはアンリーシェを胸に抱きしめた。
長年婚約者であったアルセリアには指一本触れなかった彼だが、アンリーシェとは人前でも堂々と愛を交わしていた。
ステインはいつものように、アンリーシェの髪の毛を耳にかけ、そのまま口付けをしようとした。
そのとき、突然激しい頭痛が彼を襲った。
「……ッ」
「殿下、どうなさったのですか!?」
「いや……何でもない」
彼は頭を手で押さえた。
この痛みは一体何なんだ。
ステインはアンリーシェから顔を背け、皇太子宮との間にある薔薇園に視線を移した。
真っ赤に咲き誇る薔薇を彩る緑の草が、誰かを思い起こさせた。
何か、とても大切なものを失ってしまったような気が――
第一章完結となります!
ここまで読んでくださりありがとうございました!
第二章はレイドとの正式な婚約、チェリシアの家族が深く絡んでくる予定です!




