38 面白い女 レイド視点
「――殿下、お加減は良くなりましたか?」
「……お前、もう帰ってきていたのか?」
チェリシアが公爵邸に帰った後、入れ替わるようにロイが彼の部屋を訪れた。
彼の姿を見たレイドは眉をひそめた。
彼を極寒の北部に行かせてからというもの、十日以上が過ぎている。
帰ってきたということは、任務を無事に遂行したのだろう。
ロイは昔から優秀で仕事が早かった。レイドは彼のそんなところを気に入り、部下にした。
「次は南部にでも送ってやろうか?」
「で、殿下!ご令嬢を守れなかったことは猛省していますからもう勘弁してください!」
ロイは目に涙を浮かべて訴えた。
極寒の北部の次は魔物だらけの南部に行かされるだなんて、いくら何でも残酷だ。
「ところで、ロクサーヌ令嬢が来ていらしたんですか?」
「ああ……ついさっきまでな」
レイドは窓の方を見ながら頷いた。
ちょうど第二皇子宮にある庭園がよく見えた。
「殿下、何だか今日はとても気分が良さそうですね」
「そう見えるのか?」
彼はロイの方を振り返った。
ロイは何故か口元に笑みを浮かべて彼を見ていた。
「――ロクサーヌ令嬢のことを、とても好いているように見えます」
「……」
その言葉で、レイドの脳裏にチェリシアの姿が浮かんだ。
最初は自分を見て怖がってばかりだったが、最近はよく笑いかけてくれるようになった。
俺はそんなことを嬉しく思っているのか。
レイドは自分でも驚いていた。
彼がチェリシア・ロクサーヌと出会ったのは僅か数ヵ月前のことだった。
レイドはその日、たまたま皇后の派閥の者から向けられた刺客と対峙していた。
彼の剣術の腕は騎士団長にも引けを取らない。いくら手練れの暗殺者であろうと、レイドに剣術で勝てる者はこの世にはほとんど存在しなかった。
彼の幼少期を思えばそうなるのは当然のことだった。
幼い頃から常に暗殺者をけしかけられ、その相手をするという毎日だった。死にかけたことは……正直数えきれないくらいある。
その過程で彼はこの世の誰よりも強くなっていった。
レイドは愛用する剣を片手に、男と向き合っていた。
刺客が剣を振り上げた一瞬の隙を突き、彼は男を難なく斬り捨てた。
「……ヤツらも飽きないな。大人しくしていればいいものを」
もう何度目かわからない、隙あらば暗殺しようとしてくるのだ。
今日も何事も無く処理をし終え、彼が第二皇子の宮に戻ろうとした、そのときだった――
レイドの背後でカツンッというピンヒールの歩く音が鳴った。
誰かに見られたのか。レイドはゆっくりと後ろを振り返った。
「……ヒッ」
そこにいたのは、見るからに力のなさそうな女だった。
女は返り血に染まるレイドの姿がよほど衝撃的だったのか、その場にへたり込んだ。
(……まずいな)
レイドにとっては予期せぬ状況だったが、彼は別に殺人現場を見られたからといって彼女を殺すつもりなんて無かった。
大体自分は今姿を変える魔道具を使っていて皇子であることは周囲から見えなくなっている。
レイドは彼女の喉元に剣を突き付け、脅迫した。
ここまで怖がらせればきっと口外なんてしないだろうと思ってのことだった。女の方は死を覚悟していたようだが、殺したところで何かメリットがあるわけでもない。
女は見るからにどこかの貴族の令嬢だし、いなくなったら騒ぎになるだろう。
そんな面倒なことを、レイドは絶対にしない。
この辺で女を解放しようと考えていたレイドに、彼女は衝撃の一言を放った。
「殿下……お願いします……やるならせめて一思いに……」
「……………何?」
――何故俺が皇族だと知っている?
レイドは驚きのあまり、剣を鞘に収めて女を問い詰めた。
すると女は、予想外のことを口にした。
「殿下は第二皇子ではありませんか……以前、舞踏会でお見掛けしたことがありますし……」
――何故、俺の姿が見えているんだ?
本日彼にとって二度目の衝撃だった。
レイドは今、たしかに魔道具で顔を変えていた。
そのため、他人からは全く別人の顔として見えているはずだ。
それなのに何故、この女には本当の姿が見えているというのか。
ここまで興味をそそられるのは初めてだった。
彼女は一体何者なのか。知りたかった。
そのような思いから、レイドはチェリシアを共犯者にした。
彼女がロクサーヌ公爵家の令嬢だということを知ったのは脅迫した後だった。
元々彼はあまり他人に興味が無く、ほとんど関わりの無い人の顔なんていちいち覚えちゃいない。
ロクサーヌ家の持つ権力なんてどうだってよかった。
ただ、彼女のことがとても気になったから傍に置いたというだけ。
「……俺がアイツを好きだなんて。似たような境遇だから同情しているだけだ」
「何かおっしゃいました?」
「いや、何でもない」
レイドはチェリシアが実家でどのような扱いを受けているのか、事前に調べて詳細を把握していた。
か弱い一人の少女が、よく耐えてこられたなと感心した。
レイドとの婚約が決まった今、彼女の家族たちはもう安易に手を出せなくなるだろう。
彼はそのことに安心した。
「それよりロクサーヌ令嬢は一体何者なのでしょうか、魔法が通じない人間だなんて」
「……さぁな」
ロイの言葉に、レイドは彼女に幻想魔法をかけたときのことを思い出した。
幻想の杖を手に入れたのは、つい先日のことだった。
幻想魔法がどれだけ危険極まりない魔法であるか、もちろんレイドは知っている。
あんなものを使うつもりは当然無いが、先にステインたちの手に渡ることを恐れて手に入れておいたのだ。
仮にチェリシアが術にかかったとしても、かけた本人であればその術を解くことができるから何の問題もなかった。
魔法を使えないロイはそのことを知らなかったからあんなにも慌てていたのだ。
(そういえば、ついさっきまで同じベッドで寝ていたな……)
今朝、目を開けたら何故かチェリシアがすぐ横で寝ていた。
すやすやと吐息を立てながら、彼の胸に顔をうずめていた。
春の日差しのように温かい彼女の身体、ベッドに広がる柔らかい髪の毛。眠っている間に服が乱れたのであろう胸元……。
「……」
レイドの顔がカァッと赤く染まった。彼は真っ赤になった顔を隠すように、ロイから背を向けた。




