37 縮まる距離
眠りに就いたチェリシアが最初に見た景色は、夕焼けに染まるレベニウム帝国の皇都だった。
どうやら彼女は首都から離れた小高い丘の上にいるようだ。
涼しい風が吹き抜け、チェリシアの長い髪をなびかせた。
遠くに見えるのは、ベレニウム帝国の象徴である皇宮だ。
皇帝陛下を始めとした皇族たちが暮らす場所で、首都の中心。
(なんかまた、不思議な夢を見ているみたいね……)
転生したときからたびたび、正体不明の謎の夢が寝ている彼女を襲うようになった。
誰かが話しかけてきたり、今のようにただ美しい景色を見ているだけだったり。
見る夢はいつも違うが、何故かその夢の中にいるときだけはとても穏やかな気持ちでいられた。
チェリシアはしばらく丘の上から、夕焼けに染まった皇宮を眺めていた。
向こう側にはレイドが住む第二皇子宮も見えた。
そのとき、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは見知らぬ男性だった。
(……誰だろう?)
顔の部分にモヤがかかっていて、誰かまではわからなかった。
背が高く、引き締まった身体をしている。
彼はゆっくりとチェリシアに近付くと、その手をギュッと握った。
(……急に何をするの?)
前世含めて男性経験の無いチェリシアは、突然の接触に困惑した。
顔が見えないため、どのような表情をしているのかはわからない。
彼は手を握ったかと思えば、その手を引っ張って彼女を胸に抱きしめた。
「キャッ!」
思わず声を上げてしまったが、彼はそんなこと気にも留めずにチェリシアを腕の中に閉じ込めた。
いきなり何てことをするのか、押し返そうとするが何故か体は動かなかった。
(自分が自分ではないみたい……体が言うことを聞かないわ)
しばらく抱きしめられていると、彼はゆっくりと体を離し、チェリシアの前に跪いた。
「たとえこの国が滅び、今ある地位と富と名誉を全て失ったとしても――俺は一生お前の傍にい続ける」
「……」
突然の真剣な愛の告白に、何故かチェリシアの胸は締め付けられた。
誰かもわからない男性に告白されているというのに、何故こんなにも切ない気持ちになるのか。
彼は立ち上がると、再びチェリシアを抱きしめようと手を伸ばした。
彼女は何かに導かれるように、自ら彼の腕の中に入って行った――
「――おい」
「……………………え?」
頭上から聞こえる不機嫌そうな声で、彼女は目を覚ました。
至近距離に、レイドの顔。
赤い瞳が不愉快そうにこちらを見つめていた。
「――お前、こんなところで何をしているんだ?」
「レ、レイド殿下……?キャアッ!」
彼に抱き着くような形で寝ていることに気が付いたチェリシアは、慌てて距離を取った。
その弾みでベッドから転落してしまう。
「い、いたた……」
「何してるんだ、お前は」
ベッドから上半身を起こしたレイドは、片方の眉を上げたままチェリシアを見下ろした。
チェリシアはその場に正座した。
「す、すみません……私、なんてことを……」
「……」
レイドはそんな彼女をじっと見つめていた。
その視線が恐ろしかった。
もしかしたら、スパイだと疑われてこの場で処刑されてしまうかもしれない。
最悪の事態が、チェリシアの脳裏をよぎった。
「――いつまでそんなところに座っている?」
「え……?」
いつも通りの声に顔を上げると、不思議そうに彼女を見下ろすレイドが視界に入った。
「椅子があるんだから、椅子に座ればいいだろう」
「あ、す、すみません!」
チェリシアは大慌てで立ち上がり、ベッドの傍の椅子に座った。
座った彼女の顔に、レイドが手を伸ばした。
「怪我してない?」
「な、何を……」
「さっきベッドから落ちて頭打ってただろ」
レイドは彼女の頭を確認するかのように、両手で顔を包み込んだ。
チェリシアはそんな彼の手を何とか押し返し、身を乗り出して尋ねた。
「レイド殿下、お身体はいかがですか?」
「身体?何の話だ?」
「……倒れる前のことを、覚えていらっしゃらないのですか?」
レイドは自分が体調不良で倒れてしまったことを全く覚えておらず、毒を飲まされていたことにすら気付いていないようだった。
「倒れる?俺が過労で倒れたのか?」
「ええ、どうやら記憶にないようですね……」
本当はラリサに毒を盛られたのだが、それは言わない約束だ。
「俺が倒れるなんて久しぶりだな……誰かに毒でも盛られたかな……」
「……!」
「ステインか……いや、皇后のほうか……?」
ラリサが毒を盛ったことがバレるのではないかと、チェリシアは肝が冷えた。
彼女が心配していることに気付いたのか、レイドは安心させるようにニヤリと笑った。
「まぁ、盛ったところで何の意味も無いけどな」
「……どういうことですか?」
「俺は毒の耐性があるから。この世にある大半の毒では死なないんだ」
毒で死ぬことは無い?
予想外の発言に、チェリシアはあ然とした。
な、何ですって――!?
彼女は身体から力が抜けたかのようにガクッと肩を落とした。
「そ、そうだったんですか……私、てっきり殿下が死んでしまうかと思って必死で看病していたのに……」
「……」
俯いたチェリシアが弱々しい声でそう呟くと、大きな手が彼女の頭に触れた。
「…………殿下?」
顔を上げると、レイドのずいぶん柔らかくなった赤い瞳と目が合った。
笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
彼はポンポンと、チェリシアの頭を軽く叩いた。
「そうだな、お前のおかげで早く回復できたみたいだ」
「……その通りですよ、感謝してください」
「俺のベッドに無断侵入したことは不問にしよう」
素直になれないレイドに、チェリシアは頬を膨らませた。
「……それだけですか?」
「……」
彼女が何を言いたいのか、聡明な彼が気付いていないはずがない。
彼はフゥと息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「――ありがとな、ロクサーヌ令嬢」
「……どういたしまして」
照れたように顔を背けながらそう口にしたレイドに、チェリシアはフフッと短く笑いながら言葉を返した。




