32 倒れたレイド
チェリシアはレイドを抱え、ちょうど近くにあった彼の部屋に運んだ。
レイドは成人男性の中でもかなり背が高く、体格も良い。チェリシアが一人で運べるとは到底思えないが、彼女は火事場の馬鹿力というやつで何とか彼をベッドに寝かせた。
「レイド殿下!しっかりしてください!」
「……」
チェリシアがいくら呼びかけても、彼は反応を示さなかった。
生気のない顔でベッドに横たわる彼を見ていると、今にもこの世からいなくなってしまうのではないかという不安に駆られた。
(私が帰っている間に、一体何があったというの……!?)
そういえば、今朝からレイドには会っていなかった。
ラリサからは仕事が忙しいのだと聞いていたが、もしかすると体調が悪くて会いに来なかったのではないのだろうか。
(私ったら、彼の不調に気付かなかったなんて……自分が情けないわ)
レイドは最近あまり寝れていないのか、いつも目の下に大きなクマを作っていた。
そんな彼を見るたびにチェリシアは心配になったが、彼自身が何の問題も無いと口にしていたためそのままにしていた。
「やっぱりあのとき、部屋に監禁してでも休ませておけばよかったわ……」
チェリシアは彼を見つめ、ポツリと悲し気に呟いた。
レイドがこのまま死んでしまったら――
醜い皇位争いは無くなり、第一皇子ステインが皇帝の座に就き、アンリーシェが皇后となる。
希望の星であるステインと慈愛に満ちた聖女アンリーシェの下で、帝国はさらなる発展を遂げるだろう。
悪役皇子であるレイドがいなくなれば、自然とチェリシアの死亡フラグも全て無くなるわけで。
少なくとも、彼女にとってはメリットが大きかった。
だけど――
「レイドをこのまま見捨てるくらいなら……悪役として処刑された方がずっとマシよ……」
レイドとチェリシア。出会いは最悪だった。
彼は彼女を脅迫するような形で、仲間として引き入れた。
チェリシアは生粋のサイコパスであるレイドに振り回されてばかりだった。
しかし、少なからず二人の間には情とも呼べる不思議な絆が芽生え始めていた。
「レイド……必ず私があなたを助けるから」
今度は私が、あなたを救い出してみせる。
そんな決意を胸に、チェリシアはレイドの看病を始めた。
しかし、看病をするとは言ってもチェリシアは医学的知識を何一つ持ち合わせていなかった。
「原因が何なのかもわからないし……今は熱を下げることしかできそうにないわね……」
チェリシアは冷やしたタオルをレイドの首筋に当てた。
太い血管を冷やすことで、早く熱を放出することができる。
彼女は何とか彼の熱を下げようと、体を冷やし続けた。
そのとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「――ロクサーヌ令嬢」
「…………ラリサ、さん?」
いつからそこにいたのか、ラリサがチェリシアの背後に立っていた。
彼女を見たチェリシアは、頼もしい人が来てくれたと心の中で喜んだ。
「ラリサさん!大変なんです!レイド殿下が熱を出してしまって……」
「……そのようですね」
ラリサは慌てる素振りも見せずに、ただ横たわるレイドをじっと見つめていた。
「……お願いします、どうか助けてください。このままでは、殿下が……」
「……」
目に涙を溜めるチェリシアを、ラリサは黙ったまま見つめた。
「ロクサーヌ令嬢は、そこまで殿下に思いを寄せていらしたのですね。てっきり殿下に振り回されていて彼を嫌っていると思っていたのに。全く知りませんでした」
「……突然、何の話をされているのですか?」
ラリサは一歩一歩、ゆっくりとした歩みでチェリシアに近付いた。
彼女は意識の無いレイドを一瞥すると、チェリシアに向き直った。
「令嬢は、レイド殿下のことをどう思っていらっしゃいますか?」
「……いきなり何を」
チェリシアはラリサの質問の意図がわからなかった。
誰よりもレイドを思い、誰よりも傍で彼を守り続けてきたはずのラリサが何故そのようなことを聞くのか。
「……どうしてそんなことを聞くんですか」
「答えられないようですね。やはり、私の考えは間違ってはいなかった」
「何を……」
チェリシアが口を開きかけたそのとき、ラリサが彼女の肩をガシッと掴んだ。
「――私は、レイド殿下はこの世に生まれてくるべきではなかったと、そう思っています」
その一言に、チェリシアはドキッとした。
他の誰でもない、彼女の口からそのような言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「何てことを……」




