28 夢と現実
目が覚めると、チェリシアは真っ暗闇の中にいた。
辺り一面、真っ黒で何も見えない。
「私、やっぱり死んじゃったんだなぁ……」
あんなに煙を吸い込んでたんだから、当たり前か。
てっきり今世では長生きできると思っていたのに、こうも呆気なく死ぬだなんて何だかショックだ。
(最後にレイドの顔が見えたような気がしたけど、気のせいだったのかな……)
やっぱりあれは幻覚だったのだろう。
大体、冷酷無慈悲な彼が私を助けるわけがない。
今回ばかりは、まんまとマリーナの罠に嵌まった私のせいだ。
今思えば、もっと警戒しておくべきだったな。
(危機感がないのは私の悪いところね……そのせいで運悪くレイドとも出会っちゃったわけだし)
チェリシアは一人考え事をしながら、真っ暗な道を歩き続けた。
どこに出口があるのだろうか。
しばらく歩いているが、全く見当たらない。
(このまま真っ暗な世界に取り残されるなんて死んでも御免よ……)
幻想魔法にかけられたわけでもないんだから、きっと出口はあるはずだ。
そういえば、原作のステインはどうやって幻想魔法から生きて帰ってこられたんだっけ。
たしか聖女の力を使って中に入ったアンリーシェが彼を……。
そのとき、突然誰かの声がした。
「――チェリシア」
「……」
最初はただの気のせいだと思った。
しかし、声は次第に大きくなっていく。
「……誰かが私を呼んでいる?」
ここまではっきりと聞こえてしまえば、流石に無視することはできない。
チェリシアは立ち止まって、どこから聞こえているかもわからない声に返事をした。
「そんなに何度も呼ばなくても聞こえているわ、あなたは一体誰なの?」
「私は――」
突然謎のノイズがかかり、大事なところがかき消されてしまった。
何て言ったのか、上手く聞き取れなかった。
「チェリシア……」
「どうして私をそんなに呼んでいるの?用があるならハッキリ言ってちょうだい」
チェリシアは正体不明の声と会話をしようと試みるが、なかなか上手くいかなかった。
お互いの声が聞き取りにくいのか、会話が成立しない。
そういえば、前も夢にこんな声が出てきたような気がする。
あのときと同一人物なのだろうか、ずいぶん似ていた。
「私、ここから出たくて出口を探しているの。どこへ行けば死後の世界へ行けるのかしら?」
「……死後の世界?」
ようやく言葉が通じたのか、やっとまともな返事が返ってきた。
チェリシアはここから出れるのか、と期待に胸を躍らせた。
しかし、返ってきたのは予想外な言葉だった。
「まだ――あなたがここへ来るのは早いわ――」
「……何を言っているの?」
その瞬間、チェリシアの目の前が眩い光に包まれた。
「……」
再び目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。
「ロクサーヌ令嬢!お目覚めになられましたか!」
「あなたは……ラリサさん……?」
心配そうにチェリシアの顔を覗き込んでいたのは、レイドの乳母ラリサだった。
チェリシアは慌てて上半身をベッドから起こそうとしたが、ラリサにそれを制止された。
「まだご無理はなさらないでください。令嬢は瀕死の状態だったのですから」
「瀕死……?」
そういえば私、誰かに拉致監禁されたんだっけ。
切羽詰まった顔でこちらを見下ろすレイドの顔を、チェリシアはハッキリと覚えていた。
(それに、何だかとても不思議な夢を見たような気が……)
誰かとても懐かしい人に会ったような気がするが、かなり記憶が曖昧でほとんど覚えていなかった。
チェリシアは考えても仕方ないと思い、一度夢のことを頭からかき消した。
「あの、ここは一体どこですか?」
「ここは第二皇子宮ですよ。前にご令嬢がいらした場所です」
「第二皇子宮……」
どうやらレイドが助けてくれたというのは幻覚ではなかったようだ。
「数日前、レイド殿下が慌てて生死の境を彷徨う令嬢を連れてこられたのです」
「……レイド殿下が」
彼がそのような行動を取っているところなんて、全く想像がつかなかった。
「殿下は今どちらにいらっしゃるのですか?」
「殿下は仕事が立て込んでいらっしゃるようで、今は外に出ています。夜には帰ってくるでしょう」
レイドに礼の一つでも言わなければと思ったが、彼は今宮殿にいないようだ。
「レイド殿下が首都から呼んだお医者様が来ております。一度診てもらいましょう」
「首都から……?皇医は……」
皇宮に勤務する医師を呼べばいいものを、どうしてわざわざ首都から呼ぶのか。チェリシアは疑問に思って尋ねた。
すると、ラリサは暗い顔をして答えた。
「皇医は信頼できません……――あの方たちは、皇后陛下とステイン殿下の息がかかっていますから」
「……!」
わざわざ説明を聞かずとも、チェリシアは理解した。
皇后とステイン。その二人についている医者なら、レイドが彼らを信頼できないのは至極当然のことだ。
「……お医者様がご到着されたようです」
「あ、あの……看病してくださってありがとうございます……」
チェリシアは、去り際のラリサに礼を言った。
医者が来るまで、彼女が自分の看病をしてくれたのだから礼を言うのは当然だった。
ラリサは黙ったまま、チェリシアをじっと見つめた。
「…………いえ、ご無事で何よりです」
彼女はそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。
「……」
最後に見せたラリサの悲しそうな笑顔を、チェリシアは見逃さなかった――




