27 救出
レイドは馬に乗ったまま森の中を猛スピードで駆け抜けた。
もはや周囲の光景など視界にすら入らない。
レイドは自分でも驚いていた。ここまで焦りを感じるのは久しぶりだったからだ。
日々ステインに仕向けられた暗殺者と対峙してやられそうになったときも、こんなには焦っていなかった。
その道中、彼はある物を発見した。
「あれは……」
彼の馬が突然止まり、それに続いてロイも慌てて馬を止めた。
「殿下、どうなさったのですか!?」
「……ロクサーヌ公爵家の馬車だ」
その声に顔を上げると、目の前にロクサーヌ家の家紋が刻まれた馬車がとまっていた。
彼はそっと馬から降り、放置された馬車に近付いた。
「……中は誰もいないようだな」
「……一歩、遅かったですね」
レイドはギュッと拳を握りしめた。
あと少し早ければ、チェリシアを助けられたかもしれない。
「……複数の足跡があるな」
「……ええ、おそらく何者かの襲撃を受けたのでしょう」
ロイは放置されたロクサーヌ家の馬車をじっと見つめた。
一体誰がこのようなことをしたのか。
「……公爵家の馬車を使っての犯行……ということは、ロクサーヌ家の者の仕業でしょうか。チェリシア嬢はマリーナ嬢や義理の母親と折りが悪いそうですし」
「……どうやらその可能性は無さそうだ」
レイドは馬車の反対側へ、ロイを手招きした。
「ロイ、見てみろ」
「……何でしょうか。って、これは……!」
レイドの指示で彼の傍まで行ったロイは驚いて声を上げた。
「――偽造……!?」
「……馬車の家紋は精巧に作られた偽物のようだ」
馬車に刻まれたロクサーヌ家の家紋がこすれて滲み、レイドの白い手袋に付着していた。
家紋は貴族にとって何よりも大切なもの。
こすっただけで滲むだなんてそんなことありえない。
「それにこの家紋、近くで見たら造りがかなり雑だ。手慣れた職人はこんなミスをしない」
「た、たしかに……」
ロクサーヌ公爵家の家紋の細部を、いちいち記憶しているというのか。
レイドの観察眼にはロイも驚かされてばかりだ。
「……ロクサーヌ公爵家の馬車を偽装するだなんて、少なくとも公爵家の人間の仕業ではないだろう」
「そのようですね……」
ロクサーヌ家の者であれば、わざわざ偽装の馬車を用意する必要なんてない。
彼らは公爵家の馬車を自由に使える立場にあるわけだし、いちいちこんな面倒なことはしないだろう。
レイドは馬車を置いたままにし、再び馬に乗った。
「行くぞ、足跡を辿ればきっとわかるはずだ」
「は、はい殿下!」
ロイは彼のあとをついて行くため、続けて馬に乗り込んだ。
すぐに出発すると思っていたロイだったが、レイドはすぐ傍で止まったままだった。
「殿下、どうかなさいました?」
「……」
疑問に思ったロイが尋ねても、彼が振り返ることはなかった。
空を見上げたまま、レイドはポツリと呟いた。
「……何だ、あれは」
「殿下……?」
ロイは彼の視線を追い、空を見上げた。
「…………………………………煙?」
――真っ黒な黒煙が、遠く離れた場所から空に上がっていた。
それを見たレイドは、猛スピードで再び馬を走らせた。
***
「ウッ……ケホッ……ケホッ……」
小屋に監禁されているチェリシアは、命の危機を感じていた。
室内に煙が立ち込め、火が燃え広がっていた。
彼女はそんな中で、火のない場所を何とか探し、かろうじて生き残っていた。
しかし煙を吸ってしまい、胸が苦しくなる。
どうやらさっきの暗殺者たちが、チェリシアを閉じ込めた小屋に外から火をつけたようだった。
火はついさっきつけられたばかりだが、あっという間に広がり、彼女のすぐ傍まで迫っていた。
いつ死ぬかわからない恐怖に、チェリシアは常に不安に襲われていた。
(だんだんと……意識が遠のいていく……)
彼女の体はもう限界だった。
誰かが助けに来るという期待はもう抱いてすらいなかった。
このまま誰からも気付かれず、ただ一人小屋の中で死んでいくだけ。
(せっかく生き残れたと思ったのに……)
チェリシアはこの世界に転生してからの日々を思い浮かべた。
何が何でも生き残ってやると決意してすぐ運悪くレイドと出会ってしまい、彼と協力関係を結んだ。
サイコパスだと思っていたレイドは思ったよりも優しくて、ステインから助けてくれた。
不幸な末路が待ち受けているチェリシアだったが、ここでの生活は辛くはなかった。
前世ではいなかったアルセリアという最高の友人もできた。
彼らの顔が脳裏によぎると、チェリシアの目から涙が零れた。
あともう少しだけ、この世界で生きてみたかったな……。
彼女は死後天国に行けるようにと、そっと目を閉じた。
「――殿下、危険です!」
「黙れ!誰のせいでこうなったと思ってるんだ!」
外から聞こえてくる声に、チェリシアはすぐに目を開けた。
その瞬間、閉ざされていたはずの扉が思いきり破られた。
チェリシアは誰かの腕に抱きかかえられた。
心配そうにこちらを見つめる赤い瞳。特徴的な目のおかげで、彼女はそれが誰だかすぐにわかった。
「れ、いど……?」
「ロクサーヌ令嬢!しっかりしろ!」
レイドはチェリシアを抱きかかえたまま揺さぶった。
自分は幻覚でも見ているのだろうか。目の前の光景をとても信じることができなかった。
「今、出してやるからな。もう少しの辛抱――」
「……」
心と体が限界を迎えていた彼女は、そのまま彼の腕の中で意識を手放した。




