20 初めての友達
聖女お披露目パーティーから数日後。
チェリシアは公爵邸の前である人物を出迎えていた。
ロクサーヌ公爵家の本邸の前には、一台の馬車がとまっている。
馬車に刻まれている大きな紋章は、少なくともロクサーヌ家のものではなかった。
中から降りて来たのは、華やかなドレスを身にまとった美しい令嬢だ。
チェリシアは彼女を見るなり、朗らかに笑った。
「ようこそ、ロクサーヌ公爵邸へ――エルンバッハ令嬢」
「お久しぶりです、ロクサーヌ令嬢」
アルセリアは目の前に広がる公爵邸を見上げた。
雲一つ無く晴れた空に、太陽が輝いている。
彼女は眩しさに目を細めた。
「今日は令嬢の好きな紅茶とお菓子を庭園に用意したんです」
「まぁ、お気遣いありがとうございます」
二人は横並びで公爵邸の中を歩いた。
チェリシアは傷心中のアルセリアを元気付けるため、彼女の好む茶葉や菓子を事前に調べていた。
「わぁ、とっても素敵な庭ですね。よく手入れがされています」
「でしょう?ロクサーヌ公爵家で最も美しい場所です!」
チェリシアは胸を張ってそう言った。
転生する前の原作のチェリシアは、庭の手入れをすることを唯一の趣味としていた。
(その背景はとっても悲しいんだけどね……)
チェリシアは幼い頃、公爵邸で実の母親と二人で暮らしていた。
父親は愛人宅に入り浸って家に帰ってこない。
母はそんなろくでもない父を愛していたのか、いつも泣いていた。
その過程で、チェリシアは放置されて育った。
愛人の元で過ごす父を待ち続けていた母は次第に弱っていき、寝込みがちになった。
幼いチェリシアは、看病のために何度も母の元へ通い続けた。
最初は娘と会うことを拒絶していた母だったが、粘り続けると部屋へ通されるようになった。
床に臥せった母は、何を話しても無反応で父の名を呟き続けていただけだった。
たった一人の娘のことなど眼中にも無い母に、彼女はショックを受けたがそれでもめげなかった。
『お母様、今日はお花を持ってきたんです』
自分で手入れをしたその花を持ってきたとき、母は生まれて初めて彼女の前で笑った。
『とっても綺麗……あの人から貰ったあの花みたい……』
母は無意識にチェリシアと夫を重ねていた。
後に知ったことだったが、百合はよく父が母にプレゼントしていた花なのだという。
それからチェリシアは毎日のように花を持って母親の元を訪れるようになった。
その花を見たときだけ、母が笑ってくれるから。
そうしてチェリシアの母は亡くなり、一ヵ月後には父が再婚した。
「もしかして、ロクサーヌ令嬢ご自身で手入れされているのですか?」
「え、ええ……そ、そうですね……最近は忙しくてあまりやれてないですけど」
チェリシアは何とか誤魔化し、アルセリアを庭園に用意した椅子に座らせた。
「美味しそうなクッキー!もしかして、皇都で有名なパティスリーのものではありませんか?」
「その通りです。やはりエルンバッハ令嬢は流行に敏感なのですね」
「もちろんですわ、次期皇太子妃としてサロンには頻繁に出入りしていましたし」
アルセリアは褒められたのが嬉しいのか、エヘヘッと照れたように笑った。
(舞踏会で見ると無愛想で冷たいイメージだったけれど……)
普段は年相応の普通の女の子って感じだなぁ。
チェリシアは前世を含めるとアルセリアよりも年上だ。
「ぜひ一つ召し上がってみてください。私もまだ食べたことはないので……令嬢のお口に合うかどうか心配なんです」
「ええ、いただきますね」
アルセリアはテーブルの上の皿に盛られていたクッキーを一つ手に取った。
皇太子妃として教育を受けてきたアルセリアの所作は、他の令嬢たちよりもワンランク上だった。
「あら、とっても美味しいですわ。やはり、令嬢たちの間で噂になっているだけありますね」
「エルンバッハ令嬢に喜んでもらえてよかったです」
チェリシアは嬉しそうにクッキーを頬張るアルセリアの姿に笑みを零した。
(笑顔が戻ったようで良かった……)
元気を取り戻したアルセリアに、チェリシアは安堵の息を吐いた。
「紅茶がとっても合いますね。私のために用意してくださったんですか?」
「もちろんです。令嬢にとって楽しい時間になるようにと……そう思って準備したんです」
「あら、まぁ……」
アルセリアは口元を手で押さえて頬を僅かに染めた。
「ありがとうございます、ロクサーヌ令嬢。おかげで何だか前に進めたような気がしますわ」
「いえいえ、こちらこそ」
嬉しそうなアルセリアに、何だかチェリシアまで明るい気持ちになる。
普段あまり表情を変えないアルセリアだが、笑った姿はとても愛らしかった。
「あの、よろしければアルセリア様とお呼びしてもよろしいですか?」
「様はいりません。リアでかまいませんよ。家族もそう呼んでいるんです」
「では……私のことはリシアと」
リシアとは、チェリシアが自分で考えた愛称だ。
そうやって呼んだことのある人は、現時点では誰もいない。
両親は彼女に無関心で、恋人や特別仲の良い友人もチェリシアにはいなかったから。
「これからよろしくお願いしますね――リシア」
「こちらこそよろしくお願いします、リア」
チェリシアとアルセリアは顔を見合わせて微笑んだ。
彼女にとって初めての友人ができた日だった。
***
「今日は楽しかったな……またリアと二人でお茶会できるといいな……」
アルセリアとのお茶会後、チェリシアは公爵邸の廊下を歩いていた。
そのとき、突然誰かに腕を引っ張られ、すぐ傍にあった部屋に引きずり込まれた。
「キャッ……」
叫び声を上げそうになったチェリシアの口元を、大きな手が覆った。
「だ、誰ですか!?」
「しっ、静かにしろ」
部屋の中でようやく腕から解放されたチェリシアは、振り返ってその人物を見上げた。
「………………殿下?」
そこには、レイドがしーっと人差し指を唇に当てて立っていた。




