19 前世と今世のチェリシア
「十二歳の誕生日に……殿下が私にくださったんです」
その瞬間、アルセリアは僅かに微笑んだ。
彼との関係性が一変したあの日の翌年の誕生日、ステインはアルセリアに薔薇園をプレゼントした。
それまで贈り物一つなかった彼女はとても喜んだ。
「そういえば、第二皇子宮と皇太子宮の間にあるこの別宮って……」
「――ええ、皇太子妃の宮殿ですわ」
そこでチェリシアはようやく気が付いた。
(ならここは、アンリーシェが近い将来住むことになる宮殿だったのね……)
ベレニウム帝国の次期皇帝は皇后から生まれた正当な嫡子ステインで確定だと言われているが、彼は二十歳になった今でも皇太子ではなく第一皇子という地位のままだった。
何故、皇帝の座が約束されている彼が未だに第一皇子なのか。
当然、父である皇帝がステインを皇太子にするのを渋っているからではない。
彼が未だに皇太子になれていない理由、それはベレニウム帝国独特の制度にあった。
「パーティーも終わりましたし……ステイン殿下は近いうちに皇太子になられるんですね」
「ええ、聖女様と正式に婚約を結ばれたら、確定するでしょう」
――婚約者の決まっていない皇子は、例外なく皇太子になることができない。
血筋を何よりも重んじるベレニウム帝国の独特な決まりだった。
ステインはアルセリアとの婚約が決まってはいたが、世間には公表されていなかった。
そのため、彼はレイドと同じく未婚約の皇子という扱いだった。
「この宮殿が……聖女様のものになる日も近いんですね……」
「……」
アルセリアは切なげに呟きながら、皇太子妃宮を見上げた。
皇太子宮にも引けを取らないであろう、大きな建物。
この宮に住めるのは皇太子の正妃となったものだけだ。
アルセリアが住むはずだった場所だが、今は主を変えた。
チェリシアはすぐ傍にある薔薇園に視線を移した。
ステインがアルセリアにプレゼントしたという、花園。
(アルセリアはそうは言うけれど、皇太子宮と皇太子妃宮の間の道に薔薇園を作ったということは……少なくともステインはアルセリアを婚約者として認めていたということよね?)
でなければわざわざあんな時間のかかるものを贈らないのではないか。
ステインの考えがどうしてもわからなかった。
「そうだ、エルンバッハ令嬢。近いうちにぜひロクサーヌ公爵家へいらしてください」
「きゅ、急に何ですか……?」
チェリシアは困惑するアルセリアの手をギュッと握った。
彼女を元気付ける方法は正直思い浮かばないが、とにかく何かやってみようと思ってのことだった。
「ロクサーヌ公爵家にも、ここに負けないくらい綺麗な庭園があるんですよ。絶対に気に入るはずです。そこで私とお茶でもしましょう!」
「ロクサーヌ令嬢……」
チェリシアの意図を掴んだのか、アルセリアはしばらくじっと彼女を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
***
公爵邸に戻ったチェリシアは、自室にこもった。
レイドからプレゼントされたドレスを脱ぎ、大の字でベッドに横になった。
「それにしても、ステインに婚約者がいたとは驚きだわ……」
アルセリアは原作でも名前すら出てこなかった。
でもこの世界にはたしかに存在しているわけだから、裏設定か何かで作者が決めたのだろうか。
どちらにせよいい迷惑だ。
ヒロインとヒーローの幸せのために不幸になれと言っているようなものではないか。
チェリシアもアルセリアも、何だか似たような立ち位置だなぁ。
(そういえば、私は前の世界で何をしていたっけ……)
会社員として働き、彼氏も友達もいない中で一人寂しく過ごしていた。
そんな私にとっては異世界ファンタジー系の恋愛漫画が唯一の娯楽だった。
『何て素敵なの……!私もこんな世界に入りたい……!』
非日常的な世界観にあっという間に虜になり、百を超える作品を読破した。
彼氏はいなかったけれど、幸せな毎日だった。
(私、本物のチェリシアとしてうまくやっていけるかな……)
この世界に転生してからというもの、そのような心配は尽きなかった。
考えているうちに何だか眠くなったチェリシアは、襲い掛かる睡魔に打ち勝つことができず、ゆっくりと目を閉じた。
薄れゆく意識の中、彼女の脳裏に映ったのは自分に語りかけるある人物の姿だった――




