15 危険な魔法
「え……?」
チェリシアは目を見開いたまま、微動だにしなかった。
「……殿下、どういう意味ですか?」
「……とにかく、俺が助けてやったんだから文句言うなってことだ」
レイドはそれ以上何も言わなかった。
さっきの何気ない一言が、彼女の頭から離れない。
「そんなことより、もっと面白いことをしよう」
「え」
そう言うと、レイドは座っていたチェリシアの腕を掴んだ。
ニヤリと上げられた彼の口元に、何だか嫌な予感を感じる。
部屋の中の空いたスペースに彼女を連れて来たレイドが、突然立ち止まって叫んだ。
「ロイ!いるか!」
「――はい、殿下」
その瞬間、窓の外から一人の男が中に侵入してきた。
動きは軽やかで、只者ではないことが伝わってきた。
「殿下に言われていたものをご用意しました」
「ご苦労だった」
ロイと呼ばれた彼はレイドの前で跪き、杖のようなものを手渡した。
(何をする気かしら?)
彼の手に渡った杖の先端が光り輝いた。
レイドはそれを握ったまま何か呪文のようなものを唱えた。
「殿下、気になっていたのですが……そんなものを一体何に使われるのですか?もしかして、我々の計画が一歩前進……」
「まぁ、見てろ」
杖をロイに返したレイドが、突然チェリシアの両肩に手を置いた。
唐突な行動に、彼女は思わず身体を固くした。
(ちょ、ちょっと!急に触らないでよ!)
こう見えても前世含めて男性経験が無いんだから。
レイドのような顔の良い男性には特に弱いんだ、こっちは。
そんなチェリシアの気持ちになど気付いていないのか、レイドはただじっと彼女の目を見つめていた。
額が合わさり、至近距離で視線がぶつかる。
付き合ってもいない男性とこのようなことをするのは何だか気が引ける。
それを見たロイが、焦ったように口を挟んだ。
「で、殿下!何してるんですか!無防備なご令嬢にそれはいくら何でも……」
「黙ってろ」
レイドは彼の言葉を一蹴した。
ロイは慌てふためき、顔を青くした。
(……いくら距離が近いとはいえ、そこまでいけないことかしら?)
チェリシアはそんな彼の反応を不自然に感じた。
たしかにこの世界は前世よりも男女交際に厳しくはあるが、それほど慌てることだろうか。
まるで一線を越えてしまったかのような反応ではないか。
一線、と考えるとチェリシアの顔がカァッと赤くなった。
額にかかる彼の髪の毛、肩に触れる手の感触、全てがあまりにも生々しかった。
(私今、間違いなくあのレイドといるんだわ……)
レイドは悪役ではあったが、端正な顔立ちと不幸な幼少期、そして持ち前の聡明さでかなりの読者人気を獲得していた。
男性キャラの中では、たしかステインの次……サブヒーローよりも人気があったはず。
妄想の世界に入り込んでしまった彼女を呼び戻すように、レイドが声をかけた。
「お前、何か変化はあるか?」
「……?い、いえ、特には……一体何なんですか?」
チェリシアがそう答えた瞬間、レイドはパッと彼女から手を離した。
「――やっぱり、お前には効かないようだな。ロイ、今のを見たか?」
「……はい、とても信じられません」
ロイは目を丸くしてチェリシアを見つめた。
刺すような二人の視線に、彼女は戸惑った。
「ちょっと、どういうことですか?今、私に一体何をしたんですか?」
「今、魔道具を使ってお前に魔法をかけたんだ」
「魔法?何のですか?」
どうやらさっきの杖は魔道具で、レイドが魔力を移していたようだ。
(魔道具を使用しなければ使えない魔法ということは……)
レイドの口から飛び出したのは、予想だにしないものだった。
「――幻想魔法だ」
「げ、んそう……」
その名に、チェリシアは聞き覚えがあった。
(そうだわ……レイドとチェリシア、ステインとアンリーシェの最終戦で彼がステインに使った魔法……!)
物語のクライマックスで、レイドは苦肉の策でステインに危険極まりない魔法をかける。
――幻想魔法
対象に幻覚を見せることで正気を失わせ、戦意を喪失させるというかつての戦争でよく使われた魔術だ。
しかし、この魔法の本当に恐ろしいところは、対象が迎える末路である。
時間が経つにつれ、かけられた者は狂い、現実と幻覚の見分けがつかなくなる。
最後、対象は戻ってくることもできないまま、永遠に幻想の中を彷徨い続けるのだ。
いくら心力の強いステインでも、レイドの強力な魔法を前になすすべもなかった。
そんな絶体絶命の彼を救ったのがアンリーシェだった。
アンリーシェはある物を使ってステインの幻想の中に入り込み、見事に彼を連れ戻すことに成功する。
二人の愛の力で成し遂げられた、前代未聞の奇跡だった。
(というか、そんな危険な魔法を私にかけようとしたと……?)
チェリシアの視線に、レイドは目を逸らした。
やっぱりコイツは生粋のサイコパスで最低最悪なヤツだ!
「もしかして、さっきのは幻想の杖ですか?」
「そうだ、魔力を込めれば誰にでも幻想魔法が使える」
この世界にはいくつか魔法の杖がある。
今回の幻想の杖を始め、時空の杖、魅了の杖、とかなかなか種類があった。全部は覚えてないけど、遠い昔に実在した神になぞらえて名前を付けられているそうだ。
どれも国を揺るがしかねない危険な魔法だったことだけはたしかだ。
その言葉を聞いたチェリシアは妙案を思いついた。
そうだ、もし何かあったらレイドに幻想魔法を使って逃げよう!
最悪幻想魔法のせいで正気を失っても、ヒロインたちと帝国は救われるわけだし?
チェリシアは目を輝かせてレイドを見上げた。
「誰にでも使えるって、私でもですか?」
「……いや、お前は無理だろうな。見るからに魔力弱そうだし」
「ガ、ガーン……!」
辛辣な言葉に、チェリシアはあからさまにショックを受けた。




