14 レイドと乳母の関係性
チェリシアはパーティーホールを出てレイドについて行った。
早足のレイドに、彼女は全くついていけなかった。
「殿下、どこに行くんですか!」
「遅いな」
「キャアッ!」
レイドは突然振り返ると、後ろからチェリシアの腰に手を回して彼女を持ち上げた。
いきなり脇に抱えられ、チェリシアは手足をバタバタさせた。
(誰かに見られたらどうするのよ!恥ずかしい!)
チェリシアは真っ赤になった顔を両手で隠すように覆った。
どうか誰にも出会いませんように。
そう願いながら、レイドに物のように抱えられていた。
しばらくして、彼はある場所の前で足を止めた。
目の前に広がったのは、皇宮から少し離れたところにある古びた宮殿。
遠くから見たときは気付かなかったが、建物のところどころが黒く劣化している。
「ここって……前に来た第二皇子宮ですよね……?」
「そうだ」
レイドはチェリシアを抱えたまま中へ入った。
(第二皇子が住んでるってのに、ほとんど使用人がいないのね……)
宮殿内はとても静かで、誰かがいるとは思えなかった。
そういえば、前に来たときもここから出るとき苦戦したっけ。
人がいなさすぎて、道を聞ける人を探すのに。
「――レイド殿下!!!」
「……?」
しばらく宮殿の中を歩いていると、一人の女性が血相を変えて走ってきた。
チェリシアやレイドよりもだいぶ年上、五十歳くらいだろうか。
服装を見るに、侍女のようだった。
彼女はレイドとチェリシアの前まで来ると、声を荒らげた。
「――殿下!今はパーティー中ではありませんか!どうしてこんなところに……って、そちらのご令嬢は……」
「あ、こ、こんばんは……」
チェリシアを見るなり、彼女の顔がみるみるうちに引きつっていった。
「まさか拉致してきたんですか!?令嬢をそんな物のように抱えるだなんて、何てはしたない!」
「……」
彼は不機嫌そうに黙ったまま彼女を見下ろしていた。
一方、チェリシアはこのとき全く別のことを考えていた。
(この人……どこかで見たことがあるような……?)
チェリシアはレイドに説教をする強かな侍女の顔をまじまじと凝視した。
しばらく眺めていると、あることに気が付いた。
(この人、もしかして……レイドの乳母……!?)
そのことに気付いたチェリシアは、背筋を凍らせた。
――レイドの乳母。
皇帝によって処刑されそうになった赤子のレイドを助けた張本人であり、傍で彼を支え、守り抜いてきた唯一の女性。
そんな彼女は皮肉にも、他でもないレイドの手によって最期を迎えることとなる。
二十一歳の誕生日、レイドは第二皇子宮で、育ての親である乳母を剣で切り捨てる。
詳しくは原作でも書かれていなかったが、何の迷いもなく母親も同然の彼女を手にかけてしまったのだという。
そして、レイドの大量殺戮が始まったのは彼女を殺してからだった。
チェリシアはレイドと乳母を交互に見て顔を青くした。
(マ、マズイ……)
彼女の頭に、レイドが乳母を殺した漫画のワンカットがよぎった。
このままいけば、彼女は一年以内に……
「殿下は昔からいつもそうです!人の話を一切聞かずに……」
や、やめて!それ以上言ったら、あなた死んじゃう!
そんなチェリシアの切なる願いが届くことはなかった。
そうしているうちにも、レイドの顔は険しくなっていく。
「殿下、聞いているんですか!?」
「あ、あの!わ、私……!」
見ていられなくなった彼女が口を開いたそのとき、レイドはチェリシアをゆっくりと地面に下ろした。
(きゅ、急に何よ!?)
チェリシアは驚いて彼の顔を見上げた。
レイドは面倒くさそうに頭をかくと、乳母から顔を背けた。
「――いつもいつも小言ばっかりでうるさいな、わかったよ。次からはこういう行動取らないようにするから」
「殿下はいつも口だけではありませんか!私の言いつけを守ったことが一度でもありますか!?」
「次はちゃんと守るから、静かにしろ」
それ以上は聞きたくないとでも言いたげにレイドが幼い子供のように頬を膨らませた。
それでも止まらない乳母の説教に、レイドはわざとらしく耳を塞いだ。
(あら……?……乳母の方が優位に立ってる……?)
チェリシアは二人の言い争いをただ眺めていることしかできなかった。
ひとしきり終えると、それまで怒鳴っていた乳母が彼女を視界に入れた。
「令嬢、殿下が無礼を働いたようで申し訳ございません。私は乳母のラリサといいます」
「あ……チェリシア・ロクサーヌです」
「ロクサーヌ……もしや、公爵家のご令嬢でしたか……?」
レイドの乳母――ラリサの顔がみるみるうちに青くなった。
「で、殿下――!」
第二皇子宮に、再びラリサの怒号が響き渡った。
***
「ケッ、今日はついてないな」
「殿下……大丈夫ですか?」
レイドが解放されたのは何と一時間後だった。
彼は不貞腐れたようにチェリシアの正面に座っている。
よほどラリサのお説教が効いたようだ。
(まぁ、将来暴君になるんだからこれくらいはしてもらわないと)
むしろいい気味だ。
初期のことも含めて一回くらいは誰かに叱られろ!
「お前、何でそんな安心してるんだ?」
「え、いえ、気のせいですよ……」
チェリシアは両手をぶんぶんと顔の前で振った。
(それにしても変ね……)
原作では乳母のラリサは、無惨にもレイドに殺されてしまった。
しかし、今日の二人の関係性を見る限り、とてもそのような未来が訪れるようには思えなかった。
ラリサはまるで彼の実の母親のようで、レイドも彼女には心を許しているように見えた。
(……それでも油断できないわ。レイドが本当の姿を隠しているという可能性も十分にあり得るわけだし……)
相手は帝国一のサイコパス。
警戒を怠るわけにはいかない。
チェリシアは人当たりの良い笑みを浮かべながらレイドに尋ねた。
「ところで、どうして私をここに連れて来たんですか?私、もうそろそろ会場に戻りたいんですけど」
「戻る?何言ってんだ?お前、命が惜しくないのか?」
「……命が惜しい、とは?」
その発言を疑問に感じたチェリシアは、首をかしげた。
次に彼から発せられたのは、衝撃的な言葉だった。
「――お前、あのままあそこにいたらステインに殺されてたぞ」




