119 悪役皇帝に溺愛されてます
レイドからのプロポーズを承諾したチェリシアは、すぐに皇后となる手続きを行うこととなった。
彼の計らいにより、プロポーズから数日も経たずに二人は籍を入れた。
元々チェリシアはレイドの婚約者だったため、特に面倒なこともなく、チェリシアはすぐに皇后となった。
「俺たちはもう夫婦だ。ってことで、今日から一緒に寝てもいいよな?」
「……結婚式が終わるまでそういうのは控えた方がよろしいのでは?」
その一言で、レイドの眉間にシワが寄った。
普通、貴族は結婚式より前に初夜は行わない。レイドも当然そのことを知っているだろうに、早く彼女と一緒になりたいという思いが強すぎるのだ。
(いや、前世でも男性経験とか一切ないんですけど!そんな私にそれはキツいって!)
チェリシアは適当に理由をつけて初夜を先延ばししていた。レイドも強要するようなことはせず、あくまでも彼女の気持ちが変わるのを待ち続けていた。
そんな中、レイドは疲労で熱を出してしまった。
皇帝となってからというもの、彼は寝る間も惜しんで働いていた。即位したばかりで、彼にはかなりの量の仕事が降りかかっていた。皇子だった頃よりも多忙を極めるその生活に、ストレスを感じて体調を崩してしまうのも無理はなかった。
「陛下、大丈夫ですか?」
「ああ……心配をかけたようだな」
数日間休息を取ったあと、レイドは政務に復帰した。
元々何事においても優秀だった彼は、病み上がりを感じさせないスピードで執務をこなしていく。
チェリシアはそんなレイドが心配で、彼の書斎を訪れた。
レイドは忙しい仕事の合間を縫って、チェリシアと食事をしたり茶会を開いたりしていた。
ただでさえ夜も眠れていないはずなのに、それでも自分との時間を作ってくれる彼に、チェリシアは胸が締め付けられた。
「陛下……」
チェリシアは手元の書類に視線を落とすレイドの横顔をじっと見つめた。
心の準備ができていないと言って夜の営みを断り続けているというのに、彼はチェリシアを一切責めなかった。かといって愛想を尽かして他の女に走るわけでもなく、ただただ彼女だけを愛し続けている。
どうしてそんなに優しいんだろう。思えば、彼は昔から優しい人だった。ただ、残酷な境遇が彼を暴君へと成り下がらせていただけだ。
チェリシアはこのときになってようやく、彼の思いに応えようという気持ちが強くなった。
レイドにゆっくりと近付くと、執務中の彼の耳元で囁いた。
「夫婦となって一ヵ月が経ったんだし……そろそろ一緒に寝てもいいかもしれませんね」
「……今、何て?」
聞き間違いだと思ったのか、彼が目を見開いてチェリシアに聞き返した。
絶対に聞こえているくせに、二度も言わせようとするなんて、意地悪な人だ。
「――今日から一緒に寝てもいいですよ、陛下」
今度はハッキリと、彼に告げた。
――その瞬間、チェリシアの体がフワリと宙に浮いた。
椅子から立ち上がったレイドによって、チェリシアは抱きかかえられていた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
彼に抱き上げられるのは初めてではなかったが、あのときと今では状況が違う。チェリシアは彼の首に腕を回しながら、一旦レイドを落ち着かせた。
「へ、陛下……ちょっと待ってください……」
「待てない、どれだけ待ったと思っているんだ」
レイドは有無を言わせないという様子で、彼女を抱いたまま歩き出した。
運が悪いことに、彼の寝室は書斎のすぐ隣だった。
寝室の扉を開けたレイドは、チェリシアをゆっくりとベッドに下ろした。
着ていた上着を脱ぎ捨てると、彼は彼女に覆いかぶさった。
「陛下、まだ昼ですよ?」
「構わない、夜まで愛し合おう」
レイドは恍惚の表情でそう返した。
その一言で、チェリシアは全てを悟った。
どうやら私、今日は彼の寝室から出られなさそうです。
チェリシアはようやく諦めがついたのか、彼の体にしがみついた。
***
チェリシアがレイドと初夜を終えてから数ヶ月後、皇都にある大聖堂にて、二人の結婚式が行われた。
「新婦チェリシア・ベレニウム皇后陛下はいかなるときも夫レイド・フォン・ベレニウム皇帝陛下を夫として尊重し、生涯愛し抜くと誓いますか?」
「誓います」
この日のために用意した真っ白なウエディングドレスに身を包んだチェリシアが、答えた。
「新郎レイド・フォン・ベレニウム皇帝陛下はいかなるときも妻チェリシア・ベレニウム皇后陛下を妻として尊重し、生涯愛し抜くと誓いますか?」
「誓おう」
そんなチェリシアから目を離せないでいるレイドが、神父の方を一度も見ることなく答えた。
今日はいつもの黒い軍服ではなく、白のタキシードを着用している。
レイドは返り血が目立つからという理由で白い服を嫌っていたが、今日は愛する妻との特別な日。
それにもう、血を見ることも少なくなるだろう。
「――それでは、誓いのキスを」
彼女のベールをゆっくりと持ち上げたレイドは、そのまま我慢できずに口付けをした。
ずいぶんと長いキスに、会場にいる招待客たちはあ然とした。
しばらくして、ようやく唇を離した彼にチェリシアが苦言を呈した。
「陛下、いくら何でも長いです。みんなビックリしてるじゃないですか」
「そうか?こっちはお前を今すぐに人の目が無いところへ連れ去りたいくらいなんだ、このくらいは我慢してくれ」
レイドは色気を感じさせる笑みでチェリシアに笑いかけた。そんな風にされたら、彼女は強く出ることができなかった。
誓いの言葉が終わり、式も終わりに近づいていた頃、チェリシアが横にいたレイドに耳打ちした。
「それより、あとで言いたいことがあります」
「何だ?今言え」
「貴族たちの目があるところでは言えません」
「なら、無いところに行けばいいな」
レイドはチェリシアの腕を引き、式が終わる前にもかかわらず、会場から抜け出した。
新皇帝の暴挙に、招待客たちは呆然としたまま会場に立ち尽くしていた。
レイドはそんなこと気にも留めず、彼女を連れて去って行った。
彼が彼女を連れてきたのは、大聖堂の外だった。突然出てきた皇帝夫妻に、衛兵たちは驚いた。
「皇帝陛下と皇后陛下よ!」
「何て美しいのかしら!」
ちょうど外で彼らが出てくるのを待っていた国民たちは、歓喜に沸き上がった。皇帝レイドの寵愛を一身に受ける皇后チェリシアの話題は、帝国中に広まっていたからだ。
レイドは人々の目を気にすることも無く、チェリシアに尋ねた。
「それで、話したいことって何だ?」
「陛下」
たしかに貴族たちの目は無いが、いくら何でも人がいすぎではないか。この状況では、すぐに噂が広まってしまいそうだ。
(……まぁ、そうなっても別にいいか)
どちらにせよ、おめでたいことだし。
チェリシアは背伸びをし、彼の耳元に唇を近づけた。そして、そのまま小声でレイドに囁いた。
「――私、できちゃったみたいなんです」
その一言に、レイドはポカンと口を開けて固まった。
状況を上手く把握できていないのか、無言のままチェリシアを見つめた。
「陛下、父親になるんですよ。どうですか、気分は」
チェリシアは彼の手を取り、まだ平らな自身の腹に当てた。
そこでようやく我に返ったのか、彼が口を開いた。
「……泣きたい」
「泣くのはまだ早いですよ、陛下!」
チェリシアは笑いながら、彼の目に滲んだ涙を拭い取った。
その手を掴んだ彼が、そのまま彼女に口付けた。
国民たちはキャーと歓声に近い悲鳴を上げた。大人たちは子供の目を手で覆い、年若い少女たちは突然のキスに頬を赤く染めた。
やっぱりあの噂は本当だったんだ!
唇が離れると、チェリシアは恨めしそうにレイドを見つめた。
人前ではやめてほしいって言ってもどうせ聞かないんだろうな。もちろん、彼の深すぎる愛が嬉しくわけではないけれど。
感極まったレイドは、目を潤ませながらチェリシアを抱きしめた。
「こんなにも喜ばしいことは無い、きっとお前にそっくりなんだろうな。今から楽しみだ」
「陛下ったら……」
とは言っても、レイドと同じくらいチェリシアも自身の妊娠を喜んでいた。
喜びを隠しきれない様子の彼に、チェリシアは笑みを溢した。
本当のことを言うと、子供は必要ない、お前さえいればいいと言っていた彼に妊娠の事実を伝えるのは少し不安だった。
しかし、レイドはそんなチェリシアの不安感を一瞬で払拭するかのように深い愛で包み込んだ。
彼は嬉しそうに彼女のお腹を撫でると、呟いた。
「名前は何にしよう……男の子かな……女の子かな……」
「どちらでも、私たちの子ならきっと可愛いでしょう」
「そうだな」
レイドは後ろからチェリシアをギュッと抱きしめた。
その腹には、まだ小さくはあるがたしかに命が宿っていた。二人の血を分けた、とても大切な我が子。そのことを思うと、彼女まで泣きそうになってしまった。
チェリシアはレイドの横顔を見つめながら、心の中で呟いた。
――私たち、きっともっと幸せになれるはずよ。
その瞬間、大聖堂の鐘が帝国中に鳴り響いた。
青空の下で、皇帝夫妻の結婚を祝うフラワーシャワーが辺り一帯に散らされた。
「わぁ、皇孫が生まれるんですね!」
「おめでとうございます!皇帝陛下!皇后陛下!」
その場にパチパチと拍手の音が響く。穏やかで温かい風が吹き抜け、空からは太陽の光が降り注ぐ。
それは私たちの未来と、帝国の未来の両方を明るく照らしていた――
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