118 プロポーズ
それから一週間後、晴れ渡る青空の下で第二皇子レイドの即位式が行われた。
あの会議から、色々なことがあった。
第一皇子ステインは皇位継承権を放棄し、辺境の地に一騎士として行くこととなった。
何でも、彼自らが望んだことなのだという。
それに伴い、ステインは皇子としての身分を剥奪されることとなった。
彼の両親である皇帝夫妻は反対していたそうだが、ステインは気にすることなく継承権放棄の手続きを行った。
下半身不随となってしまった皇帝陛下は療養のため、遠い北の離宮へ行くことが決まった。
皇后陛下もまた、レイドが皇帝になるところを見たくないのか、実家へ帰ることを決めたという。
とはいえ、二人にアンリーシェのような平穏な暮らしは望めないだろう。
北の離宮は極寒の地に位置し、冬は寒さに耐えながら過ごさなければならない。きっと皇帝はそこから二度と出ては来られないだろう。療養という名の幽閉であることは、誰から見ても明白だった。
そして皇后は実家と折り合いが悪く、最初は受け入れすら拒否されたそうだ。
寒い北の離宮なんて嫌!と駄々をこねた結果、居場所の無い実家行きが決まったというわけである。
二人がいなくなった皇宮は、平穏を取り戻した。
あの事件なんて最初から無かったかのように、全員が普段通りの日常を過ごしている。
そして今ちょうど、レイドの即位の儀が始まるところだった。参加者の貴族全員が、固唾を呑んで彼を見守っていた。
「――これより、皇帝の即位式を執り行う」
皇帝が不在のため、代わりに新しい神殿長がその役割を担うこととなった。前神殿長が捕まってからというもの、神殿はトップを変え改革を始めた。
腐敗しきった神官たちを排除し、本当の意味で光の道へと進もうとしている。
神殿長の一言で、黒い軍服に、赤いマントを肩から下ろしたレイドが入場してきた。
煌びやかな格好をしたレイドは、ゆっくりと赤いカーペットの上を歩き始めた。
彼の視線は真っ直ぐに固定され、周囲の視線を全く気にすることなく、ただ前だけを向いて歩いていた。
威厳溢れるその姿に、チェリシアを始めとした貴族たちは圧倒された。
壇上に上がったレイドは、神殿長の前に跪いた。長いマントがふわっと浮き上がったあと、地面に垂れ下がった。
神殿長の手で彼の頭に、皇帝の冠が乗せられる。
神殿長はしばらく聖書の一部を読み上げると、最後にこう締めくくった。
「――レイド・フォン・ベレニウム皇子殿下を第二十八代ベレニウム帝国皇帝とし、別名ルベール一世の名の下に、帝国はさらなる発展を遂げるでしょう」
冠をかぶった彼は立ち上がり、参加者の貴族たちの方を振り向いた。
そのまま貴族たちの間を通り抜けて外へ出ると、待っていた国民たちの前にその姿を現した。
先代皇帝によく似た赤い瞳を持ち合わせたレイドの姿に、民たちは歓声を上げた。
「皇帝陛下万歳!!!皇帝陛下万歳!!!」
帝国民の祝福を受けたレイドは、彼らに向かって軽く手を振った。
――ベレニウム帝国に、若き皇帝ルベール一世が誕生した。
***
即位式の夜、チェリシアはレイドに呼ばれてある場所へと訪れていた。
彼女がやって来たのは、第二皇子宮にある庭園。
長年ラリサが手入れをしていたせいか、庭園はいつ見ても美しさを保っていた。色とりどりの美しい花たちが咲き誇り、庭を鮮やかに飾っていた。
(ここで前、レイドとお茶会をしたことがあったっけ……)
最近は忙しくてなかなかそのような時間が取れずにいたが、レイドはチェリシアのために度々この場所で茶会を開いていた。
あの日の楽しかった記憶が脳裏によぎり、彼女の口元に自然と笑みが浮かんだ。
そのとき、背後でガサガサッという草が踏まれるような音がした。
「――チェリシア」
「……殿下」
振り返ると、手を振りながらこちらへ歩いてくるレイドの姿が目に入った。
羽織っていたマントを取り、今はお馴染みの黒い軍服だけを着用していた。
「急に呼び出してすまなかったな」
「あ、いえ……気にしないでください」
ついさっきまで即位を祝うパーティーが開かれていたとは思えないほど、彼は落ち着いていた。
チェリシアは何を言えばいいか迷ってしまい、ひとまず祝いの言葉を述べた。
「殿下……いえ、陛下。即位おめでとうございます」
「ああ」
彼は素っ気なく言葉を返した。
再び、二人の間に沈黙が流れる。気まずさを感じられずにはいられなかったが、何を話せば正解なのかもわからない。
何でもいいから言わないと、と思ったチェリシアは口を開いた。
「あ、あの……へ、陛下……!」
「――チェリシア」
彼はチェリシアの言葉を遮ると、彼女の目の前でゆっくりと跪いた。いくらチェリシアが公爵令嬢とはいえ、天下の皇帝が跪くなど前代未聞だった。
慌てふためく彼女をよそに、レイドは胸ポケットから取り出した小さな箱を両手で開いた。
「わぁ、とっても素敵……!」
中身を見たチェリシアは、思わず歓声を上げた。
それはリングボックスで、中にはシルバーの指輪が入っていた。中央には大きな赤い宝石が埋め込まれている。暗闇の中で一際輝きを放つその石に、チェリシアは釘付けになった。
「前のは婚約指輪で、こっちは結婚指輪だ」
「とっても綺麗です……真ん中の宝石が、陛下の瞳にそっくりで……」
「それはレッドダイヤモンドだ」
「レ、レッドダイヤモンドですか……!?」
レッドダイヤモンドとは、奇跡のダイヤとまで呼ばれるほど希少な宝石だ。
世界でも数十個しか存在せず、どんな大富豪でも手に入れられないことで有名だった。
「ほ、本物のレッドダイヤモンド……!」
「俺の目にそっくりだろ?この指輪を俺だと思って、肌身離さずに着けていてほしいんだ」
「陛下……」
愛に満ちた瞳に、柔らかい声。
つい数ヵ月前までは避けていた彼をこんなにも好きになるだなんて。愛する人に愛されるというのはこれほどに嬉しいのか。
彼女は何だか泣きそうになってしまった。
目に涙を浮かべるチェリシアを、レイドは優しい眼差しで見つめた。
「――俺と結婚してほしい、チェリシア」
「……はい、喜んで」
迷うことなく大きく頷いたチェリシアを、レイドは抱きしめた。
彼女は一瞬で、彼の香りに包まれた。
「陛下、指輪をはめてください。早く着けたいです、陛下が選んでくれたんですから」
「ああ、そうだな……」
レイドはケースから指輪を取り出し、チェリシアの左手の薬指にはめた。
気のせいか、指輪をはめる彼の手が僅かに震えていた。
即位式にすら平然としていたレイドがこんなときに緊張するだなんて、チェリシアはそんな彼が愛おしくてついつい笑ってしまった。
レイドはそんな彼女の頬を軽くつねった。
それでも笑い続けるチェリシアに、レイドは諦めがついたようで、額をコツンと合わせた。
おでこから感じられる彼の体温が、凍えるような夜の寒さを吹き飛ばしてくれるようだった。
二人は額を合わせたまま目を閉じ、夜空に光る星の下であることを願った。
――どうかこの幸せが、永遠に続きますように。
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