115 聖女候補の条件
アンリーシェとステインの選択に、チェリシアはもちろん、ギオバートでさえ驚きを隠しきれなかった。
原作では深くお互いを愛し合い、結ばれたはずのアンリーシェとステイン。
しかし、最後は共に歩むことは無く、円満に婚約を解消するという道を選んだ。
(まぁ、二人がきちんと話し合って決めたことなら私は反対したりしないけどね……)
「それで……ステイン殿下と婚約破棄をなさったと」
「ええ、幸いまだ婚約式を行ってはいなかったので……手続きはスムーズに済ませられるでしょう」
アンリーシェは未練など一切ないようで、悲しむ素振りすら見せずに淡々と答えた。
元々愛してすらいなかったのだから、そのような反応になるのも当然か。
前世ではなかなかの推しカプだったのに、悲しいような切ないような。
「何だかようやく、肩の荷が下りたような気がします。自由ってこういうことなんですね」
「リ、リーシェ……」
アンリーシェはむしろ、婚約破棄をされて嬉しそうだったのは内緒だ。国民の大半は、今でもなお彼女とステインのラブロマンスを支持しているのだから。
平民が皇子に見初められたのだから湧き上がるのも理解できなくはないが、当のアンリーシェからしたらいい迷惑だっただろう。
ヒロインであるアンリーシェに同情する日が来るとは、思いもしなかった。
そのとき、話を聞いているだけだったギオバートが突然立ち上がった。
「聖女様も大変なんだな。私はそろそろ仕事に戻るとする。あまり長居しすぎると部下たちがうるさいしな」
「師団長」
「あ、ありがとうございました!ギオバート師団長!」
ギオバートは礼を言うアンリーシェの方をを振り返ることは無く、ただ軽く手を振った。
年を取ってもなお、その立ち居振る舞いは乙女心をくすぐるものだった。
ギオバートが部屋を出て行き、しばらくアンリーシェとチェリシアは会話に花を咲かせた。
彼女とステインの婚約破棄が決まった今、いつまでここにいられるかはわからない。少なくとも、第一皇子妃にはならないのだから、いずれはここを出て行くだろう。
あの一件を経て、前よりもグッと距離が縮まった二人の間には、穏やかな時間が流れていた。
互いに剣を突き付け合うはずだったヒロインアンリーシェと悪役令嬢チェリシア。そのような蟠りもとうに消え、二人は親友となっていた。
今なら何でも聞けるような気がする。そう思ったチェリシアは、かなり踏み込んだことを尋ねた。
「ところで、結局聖女候補の条件って何だったんでしょう?リーシェは何か知っていますか?」
真実を知るためにわざわざ地下牢にまで足を運んだというのに、結局知ることのできなかった聖女候補の条件。彼女はその謎の答えを、未だに探し求めていた。候補として過ごし、聖女までなったアンリーシェなら何か知っているかと思い、尋ねたのだ。
「聖女候補の条件ですか?あぁ、それは……」
神殿が崩壊した今、もはや隠す必要も無いと思っているのか、アンリーシェは気にする様子も無く答えた。
「年齢が二十を超えていないことや、光の魔力を保有していることなど条件はいくつかありますが……」
「ありますが……?」
勿体ぶって一体何を言うつもりなのか。
アンリーシェはニヤリ、と口角を上げた。
「――一番大事なのは、やっぱり性格が悪いことですかね」
「せ、性格……?」
予想だにしていない彼女の回答に、チェリシアはあ然としたまま固まった。
てっきり重大な事実を言われると思って覚悟していたのに、性格だなんて。
「性格が悪いのが、最後の条件だとでもいうんですか……?」
「そうそう、聖女候補はみんな性格があまり良くないでしょう?私も含めて」
あのアンリーシェが自虐ネタを言うとは、誰が想像できただろうか。
まぁ、いくら心に余裕が無かったとはいえ短剣を突き付けて脅迫するのはあまりよろしくない行動ではあるが。
「まぁ、半分冗談ではありますが……」
「冗談だったんですか」
「だけど、メンタル面で選ばれているのは本当ですよ。気が強くないと聖女なんてやってられないですから」
「それはたしかに……」
聖女とは、穢れを知らない清い女性を指すものである。
しかし、聖女の職務には強い精神面が必要となるものもあるのだ。万が一戦争が起きたとき、次から次へとやってくる怪我人の治療でおかしくなってしまうようでは聖女は務まらない。
そのため、アンリーシェの言っていることは間違ってはいなかった。
「それより、リーシェは最後にステイン殿下に何を望んだんですか?」
チェリシアが尋ねると、アンリーシェは嬉しそうに語り始めた。
「フフフ、それはね――」
***
アンリーシェの部屋を出たチェリシアは、一人第二皇子宮へと足を運んでいた。その足取りは妙に軽い。ついさっきリーシェと話したからだろうか、気分が良かった。
(それにしても、リーシェがあんなことを望むだなんて意外だったわ……)
かなり驚いた望みではあったものの、他でもない彼女の選択だ。
当然、反対なんてしないしむしろ背中を押してあげたいとさえ思う。
第二皇子宮に到着したチェリシアは、ある人物の後ろ姿を視界に入れた。
その瞬間、パァッと彼女の顔が明るくなる。
ずっとずっと会いたいと思っていた人。毎日一緒にいても足りないくらい好きな人。
彼女は背後から、その名を呼んだ。
「――レイド!」
その声に反応した彼が、振り返った。
彼女を視界に入れるたびに、愛が溢れて柔らかくなる瞳にももう慣れた。
「チェリシア」
彼女は会いたかった!というようにレイドに向かって走り出した。
駆け寄るチェリシアを、レイドは軽々と抱き上げた。
背の高いレイドを、彼女が見下ろすような形になる。
「レイド、愛しているわ」
「俺も愛してる」
第二皇子宮の花園にて、二人は熱い口づけを交わした――
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




