113 ステインの来訪
ステインが、アンリーシェの目覚めの知らせを聞いて部屋までやって来た。
チェリシアとギオバートの視線が、アンリーシェに集中した。ステインを部屋に入れるか入れないかは、彼女が決めるべきことだった。
「……お通ししてさしあげてください」
アンリーシェは柔らかい微笑を浮かべ、侍女に命じた。
侍女は一礼すると、部屋を出て行った。
それからすぐに、入れ替わるような形でステインが部屋へと入ってきた。
白い軍服を着たステインが、アンリーシェの座るベッドまで迷うことなく歩いてきた。
心配そうに細められた赤色の瞳が、彼女を映した。
「……リーシェ、目が覚めたと聞いた」
「ギオバート師団長のおかげです。彼が手を尽くしてくださいました」
ステインから視線を向けられたギオバートが、臣下の礼を取った。
皇家に仕える皇立魔術師の彼らにとって、ステインやレイドは絶対的な主だった。
「そうか。師団長、礼を言うよ」
「当然のことをしたまでです」
ギオバートがいなければ、アンリーシェはここまで早く回復しなかった可能性が高い。
国の英雄となった聖女を救ったにもかかわらず、傲岸不遜に振舞うこともしない。
(謙虚な人ねぇ……エリートが集う魔術師団のトップにまでのし上がった理由がわかるような気がするわ)
アンリーシェもだが、最初から最後までギオバートには助けられてばかりだ。
「ところで、我が婚約者と話したいことがあるんだ。ロクサーヌ令嬢と師団長は外へ出てくれないか?」
「あ、はい……」
「承知致しました、殿下」
チェリシアはカーテシーを、ギオバートも礼を取って外へ出て行った。
部屋の中には、アンリーシェとステインの二人だけが取り残された。
「……」
――二人の間に、以前のような甘い空気は既に無かった。
***
ステインに言われて部屋を出て行ったチェリシアは、扉の傍で聞き耳を立てていた。
そんな彼女の服を、ギオバートが掴んで引っ張った。
「やめないか、みっともない」
「だって、気になるではありませんか!二人が何を話しているのか!」
チェリシアはアンリーシェがステインとどのような会話をしているのか、気になって仕方が無かった。
二人に出て行けと命じたということは、少なくとも人前でできるような話ではないということだから……
チェリシアの中で妄想が膨らんでいく。
前世でも恋愛系の漫画にドハマりしていた彼女にとって、この機会を逃すわけにはいかない。
再び扉に近づこうとしたチェリシアを、ギオバートが制止した。
「だからといって、人の会話を盗み聞きする気か?ステイン殿下が出て行けと言ったのを聞いただろう?私たちが聞いていいような内容ではないということだ」
「……それもそうですね」
ギオバートは先代の頃から皇家に仕えている。
そのため、皇族への忠誠心は他の誰よりも強いだろう。ステインの意思に反するチェリシアの行動を、見過ごすつもりは無いようだ。
チェリシアは諦め、扉から離れた場所で二人の話が終わるのを待った。五分、十分と時間が流れ、暇を持て余したチェリシアがギオバートに話しかけた。
「ところで、お二人は何を話しているんでしょうね」
「さぁな……だが、ステイン殿下と聖女アンリーシェは恋人同士だろう?愛の告白でもしているのではないか?」
「愛の告白……ステインならやりかねない!」
何度目か想像もつかない真摯な告白も、ステインならば平然とやってのけるだろう。彼は原作内でも、そういう人だった。
アンリーシェが聖女としての功績を挙げた今、彼が彼女に惚れ直すという展開もありそうだ。
「やっぱり、師団長様も話の内容が気になるのではありませんか?」
「……そんなわけがあるか」
ギオバートは即座に否定した。
それにしては、先ほどから落ち着きがない。チェリシアほどではないが、やっぱり本当は気になっているのだろう。
「ところで、やけに長くありませんか?もう二十分も経っていますよ」
「そうだな……こんなにも長く話し込むとは、よほど大事な話のようだな」
チェリシアたちが部屋を追い出されてからかなりの時間が経過した。
未だに扉が開く様子はない。
話が長いと感じるギオバートとは違い、チェリシアはあることを確信していた。
「師団長様ったら、わかっていませんね」
「……何がだ」
馬鹿にされたと感じたのか、ギオバートが眉をひそめた。
彼女はそんな彼の耳元に口を近づけ、小声で囁いた。
「ステイン殿下とアンリーシェはきっと、あの部屋の中で愛を確かめ合っているんですよ」
「……」
ギオバートの表情が一気に冷たくなった。
「何を言っている?いくら何でもそんなことするか?」
「いやいや、しますって!だってあのステイン殿下ですよ!?」
「あのステイン殿下なら余計にそんなことしないだろう。妄想も大概にしろ」
ギオバートはチェリシアと違って、当然原作の内容を知らない。
そのため、ステインの愛の深さをわかっていないのだ。
「妄想なんかじゃないですよ!ステイン殿下とアンリーシェはきっとあの部屋の中で……」
「――何を話している?」
突如として割り込んだ声に、二人は慌てて距離を取った。
気付けば部屋の扉が開き、ステインが出てきていた。
「な、何でもございません……!殿下、話は終わったのですか?」
「ああ、突然押しかけてすまなかったな」
彼はそれだけ言うと、そのまま気にすることもなく二人の前から立ち去って行った。
特に服が乱れている様子も無いし、来たときと変わらない姿のままだ。
「ほら、やっぱりステイン殿下に限ってそんなことはあり得ない」
「……私のあてが外れるだなんて」
チェリシアは納得いかないというような顔をしながらも、ギオバートと共にアンリーシェの部屋へ入った。
入って来た二人を、ベッドの上にいた彼女が視界に入れた。その表情は、婚約者と一緒にいたとは思えないほどに冷めきっていた。
(あ……そういえば、リーシェはステインをあまり好いてはいないんだったかしら……)
日記を見て知ったことだったが、アンリーシェとステインの恋は彼の一方通行のものだった。
アンリーシェは顔を上げ、チェリシアとギオバートの二人に向かってハッキリと告げた。
「――私、ステイン殿下とお別れしました」
「…………え!?」
衝撃で大声を出してしまったチェリシアに、彼女がクスクスと笑った。
そのままアンリーシェはステインと何を話したのかを、二人の前で語り始めた――
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




