111 聖女アンリーシェの力
それからすぐ、広場にレイドがやって来た。
「聖女!お前が言っていたものを持ってきたぞ!」
彼は地面に大き目のカバンを置き、チェリシアとアンリーシェの前で中を開けた。
中に入っていたのは、大量の魔力ポーションだった。小さめのガラス瓶には、青色の液体が入っている。おそらくそれが、アンリーシェの言っていた魔力ポーションだろう。
「ありがとうございます、レイド殿下。このご恩はいつか必ず……」
「いいや、気にしないでくれ。帝国の命運がお前に懸かっているんだろう?一人の帝国民として、協力しないわけにはいかないさ」
アンリーシェは早速瓶の蓋を開けて、中身を呷った。
水のような質感の青い液体が、彼女の小さな口に流し込まれていく。
アンリーシェはそのまま、十本近くの魔力ポーションを口に流し込んでいった。
最後の方はさすがに苦痛だったのか、彼女の顔が歪んだ。
途中口から青い液体を垂らしながらも、彼女は全てを飲み切った。
「知ってはいましたが……美味しくないですね。味が全くしません」
「ご愁傷様です」
アンリーシェは空になった最後の瓶を、地面に放り投げた。
ガラス瓶が、音を立てて足元で割れた。彼女はケホッケホッと咳き込みながらも、何とかその場に立ってみせた。あまりにも魔力を取り込みすぎたせいか、体が慣れていないのだろう。
チェリシアが慌てて駆け寄ろうとすると、口元を手で押さえたアンリーシェが振り返った。
「チェリシア、さっき私が言ったことをきちんと守ってくださいね?」
「ええ、もちろんです」
チェリシアは力強く首を縦に振った。
光魔法を使えない自分は、傍でアンリーシェの行動を見ていることしかできない。そんな自分が情けなくてたまらないが、アンリーシェがそれを強く望んでいるのだ。
(私が傍にいることで、彼女が心を強く保てるのなら……)
チェリシアは空を見上げる彼女の横顔に、声をかけた。
「――チェリシーが、アンリーシェのことを恋しがっていましたよ」
「……!」
辛そうにフラついていたアンリーシェの体がピタリと止まった。
彼女はしばらく理解が追い付かないというように視線を宙に彷徨わせたあと、口を開いた。
「今死んでも悔いはないです」
「いやいや、冗談でもそんなこと言わないでください」
死んでもいいだなんて、冗談でも言うべきではない。
しかし、アンリーシェを勇気づけるには、その一言はピッタリだったようだ。
俄然やる気を出したのか、彼女はらしくなく声を張り上げた。
「では、始めましょう。チェリシア、私のサポートをお願いします」
「はい!」
アンリーシェは両手のひらを胸の前で合わせ、祈りのポーズを取った。
先ほどから吹き続ける僅かな風に、彼女の長い髪が揺れ動いた。彼女は天を見上げ、力強い声で叫んだ。
「――かつて、帝国を光へと導いた女神ディアーナの名の下に。私の持つ全ての力を捧げる。どうか、この帝国を闇から救いたまえ!」
その言葉で、アンリーシェの体から白い光が放たれた。
まるで海を荒れ狂う波のように、大地を駆け抜けていく。
「す、すごい……!」
アンリーシェの技をすぐ傍で眺めていたチェリシアは圧倒されていた。
闇に汚染されかけていた国を、彼女の光魔法が浄化していく。
光は勢いを増し、帝国全土に広がっていく。広場をあっという間に埋め尽くし、すぐに皇都を包み込んだ。
「……ッ」
その衝撃は凄まじく、目を閉じた彼女の眉がピクリと動いた。常人ならば耐えられずに倒れているだろうが、アンリーシェは違う。魔力の多さも、意志の強さも全てが並大抵のものではなかった。
「リーシェ!!!」
チェリシアは見ていられなくて手を伸ばそうとしたが、それをレイドに阻止された。
「チェリシア、聖女の意図を汲んでやれ」
「レイド……!」
レイドの言う通り、アンリーシェは助けられることなど望んでいない。
チェリシアは大人しくするほかなかった。
(何もできない自分が……とても情けない……)
あまりにも魔力を多く使っているせいか、彼女の体は痙攣し始めた。重ねられた手がピクピクと震え、足元が不安定になる。
しかし、それでもアンリーシェは諦めなかった。
「光の女神ディアーナよ!どうか私に力を授けてください!」
彼女は天に見える銅像に向かって、声高らかに叫んだ。
もう十分すぎるくらいに届いているはずのその願い。
しかし、まだまだ彼女の力は帝国の全てには広がってはいない。
人一人の魔力では限界なのか、彼女の意識が遠のき始める。
アンリーシェはカハァッと苦しそうにうめき声を上げ、思わず組んでいた手を離した。
そのまま後ろに倒れそうになった彼女の手を、チェリシアが掴んだ。
「――アンリーシェ」
「……チェリシア?」
アンリーシェは目を見開き、自身に触れるチェリシアを見上げていた。
穏やかな表情でこちらを見下ろすチェリシアの顔は、アンリーシェの愛する彼女を連想させた。
「――私ね、時空間の中であの子に会ってきたの。あの子の温もり……あなたも感じるかしら……」
「……」
チェリシアの手から、何故かあの子の体温が感じられた。
今も目を閉じれば思い出す、彼女と過ごした日々。とても幸せで、何度戻りたいと思ったことか。
結局、あとになって残ったのは彼女を救えなかったことに対する後悔だけだったが。
「チェリ、シー……」
アンリーシェの目から、一筋の涙が零れた――
床に落ちた涙の雫は光となり、帝国中へと広がっていった。
(私には、このくらいのことしかできないけれど……)
チェリシアはアンリーシェの手を握り続けた。
体勢を立て直したアンリーシェは、光魔法を広範囲に拡大させていった。
――――「どうか、帝国を闇から救いたまえ!」
彼女は声が枯れるまで、そう叫び続けた。
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