109 協力
ロクサーヌ公爵邸の崩壊した壁から見える空は、真っ黒だった。
曇り空にしてはあまりにも暗く淀んでいて、今すぐ雷雨でも落ちてきそうな勢いである。
それだけではなく、瘴気のような何かが空中でうごめいている。
――それはまるで、空が闇魔法に染まったかのようだった。
「こ、これは一体どういうことですか……!?」
「……何だあれは」
レイドですら初めて見る光景のようで、驚愕に染まった顔で空を見上げている。
「デボラがやったのでしょう、闇魔法で帝国を支配するつもりだと言っていましたが……私たちを生かしておくつもりなんて最初から無かったようですね」
「……アンリーシェ」
アンリーシェは寝ている状態から立ち上がった。
窓があったであろう場所まで近づくと、天を見上げた。
「デボラの目的は、帝国のトップに立ち、闇の力でこの国を支配すること。既に計画は始まっていたようですね」
「なら、あれは闇魔法だと……?」
「ええ、その通りです」
空を真っ黒に染める黒い物質の正体は、何と闇魔法だった。
彼女の強大な闇の魔力は、何とベレニウム帝国を丸ごと包み込んでしまった。
「ですが、デボラはもういないのに……」
「デボラがいない今、あの闇を止めることもできなくなったというわけです。まぁ、彼女が生きていたところでそんなことしないでしょうけど」
アンリーシェは落ちそうなギリギリに立ち、黒く染まった空をじっと見つめていた。
背を向けているため、何を考えているかはわからない。
突如吹き抜けた風が、彼女の羽織っていた黒いローブを揺らした。
「チェリシア、レイド殿下……最後に頼みがあるんです」
そこで、アンリーシェは二人の方を振り返った。
恐れなど一切見えない、力強い瞳がチェリシアとレイドを捉えた。
この状況になってまで、毅然とした態度でいられる女性は彼女くらいではないだろうか。
アンリーシェは二人に一歩近付き、口を開いた。
「――私に、協力してくれませんか?」
***
「……チェリシアもレイド殿下も、生きているかしら」
エルンバッハ侯爵邸では、アルセリアが親友の身を案じていた。
あの場で、チェリシアだけを残してきたことだけは後悔している。
彼女が助けを呼んで戻った頃には、既にチェリシアと魔女デボラの姿は見えなくなっていた。
レイドとステインの一騎打ちが始まり、彼は邪魔だと近衛騎士たちを追い出した。
親友の姿が見えないアルセリアは、不安感を抱きながらも侯爵邸へと帰った。
そして、何の連絡も無いまま時間が過ぎ、今に至る。
「それにしても……聖女アンリーシェの中身が魔女デボラだったとは驚いたわね」
アルセリアにとってアンリーシェは、愛する男を奪った憎き女だった。
しかし、アンリーシェもまた、自分からそのようなことをしていたわけではなかった。全て、魔女デボラに体を乗っ取られていたせいだったのだ。
そのため、今は複雑な気持ちだった。
彼女の目の前には、真っ黒な空が広がっていた。
デボラの闇の魔力は既に帝国全体を呑み込み始めており、どこに行っても似たような景色が見える。
「果てしなく続く空が……黒く染まっているわ」
突然の出来事に市民たちは困惑し、貴族たちも皇家に説明を求める書簡を送っているところだった。
アルセリアの父親もまた、そのうちの一人である。
皇帝の暗殺未遂騒動で皇太子就任式は中止となり、多くの貴族がそのまま邸へ帰った。
暗殺の犯人が聖女アンリーシェだとは、誰も予想していないに違いない。
「もし、あの女が勝利してしまったら……」
帝国はどうなってしまうのだろうか。
アルセリアはまだ、デボラの魂が消滅したことを知らなかった。
それと、もう一つ。
「ステイン殿下は……今、どこにいるのかしら」
――あの場でレイドと戦っていた、ステインのことがやけに気にかかった。
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