108 魔女デボラの最期
チェリシアが水晶玉を破壊した頃、デボラは時空間から抜け出そうと躍起になっていた。
時空間の中をしばらく彷徨い歩いていた彼女の視線の先には、一筋の光。
真っ暗闇の中で、久々に見えた外の光だった。
「さっきの出口は外れだったけど……でも次のはきっと当たりよ!」
――あぁ、ようやく外へ出られるのね。
デボラの顔がパァッと明るくなり、彼女はそのまま光の中へ向かって駆け出した。
「地上へ戻ったら、次は真っ先にアンリーシェを殺してやるわ!あの女、勝手な行動ばっかりしちゃって!思い通りに動かない駒なんていらないのよ!」
その次にチェリシア、二人を殺ったあとにはレイドとステインも始末しよう。
そうして皇族を全て皆殺しにし、帝国を恐怖で支配することで、彼女の復讐は終わりを迎える。
元々、そのような計画を昔から練っていたのだ。
アルベルトとリーナは呆気なく死んだから、アイツらは私を楽しませてくれるといいな、なんてそんなことを思いながら。
「さぁ、次は誰の体に入り込もうかしら?どうせならアンリーシェなんかよりずっと力を持つ人間……」
そう言いかけた瞬間、彼女は思わず足を止めた。
「……」
出口に辿り着く直前、彼女の体に異変が現れたのだ。
体が、内側から燃えるように熱い。胸を熱い杭で打たれているかのように、まるで彼女の心臓を蝕んでいるかのようだった。
「な、何かしら……この感じは……ま、まさか……」
デボラは最悪の事態を想定した。
いや、そんなことあるはずがない。水晶玉の周囲にはしっかりとトラップを仕掛けておいたし、そもそもあの水晶は自分以外触れることなどできない仕様になっている。
「な、ならこの痛みは一体……」
ケホッ――とデボラの口から血が吐き出された。人間の血を見るのには慣れているが、自分の体から出された血液を見るのは久しぶりだった。
彼女は動くこともできないまま、そのまま床に膝をついた。
脈打つ心臓が、ズキズキと痛む。その間にも、口からはとめどなく血が溢れ出た。何が起きているのか、彼女には全く理解できなかった。
床についた両手が小刻みに震えている。激しく咳き込む音と共に、辺り一面に血が飛び散る。
大量の血を吐き出したデボラは、崩れるようにしてその場に倒れ込んだ。
もはや命の灯火が消えかかっていることは、誰の目から見ても明らかだった。当然、彼女自身もそのことを悟っていた。しかし、どうしても認めたくなかったのだ。
「あ、あぁ……そんな……ウソよ……ウソって言ってよ……お願い……」
――私、こんなところで終わりだというの?
まだアイツらに対する復讐を終えていないのに。
死にたくなかったデボラは何とか生きようと、床を這いつくばるが限界だった。
数メートル動いた末に、彼女はガクリとうつ伏せで力尽きた。
最期の最期、彼女の脳裏に浮かんだのはかつて熱烈に愛した一人の男の顔だった。
『デボラ、君が私の傍にいてくれるならどんなことも乗り越えてゆける。ずっと二人で生きて行こう、デボラ』
顔を見るだけで、憎たらしくて殺してやりたい。自分を利用したあの男を、今すぐにでも――
でも、結局そうすることはできなかった。
『死にたい?』
『……あぁ』
『……そう、なら一人で勝手に死になさい』
――デボラは実は、アルベルトをその手にかけてはいなかったのだ。
周囲に殺してやったと豪語していただけで、実際には殺すことができなかった。
彼にぶつけることのできなかった恨みを、関係の無い人たちに向けていたのだ。
(私……あの男の言った通り、とんでもない悪女だったと思うわ……でもね……)
――あなたを愛したその気持ちだけは、紛れもなく本物だったのよ。
地獄に行ったら、もう一度私に会ってくれるかな。
最期にデボラの頭に流れたのは、アルベルトと過ごした幸せな日々だった。
その記憶を最後に、彼女は息絶え、邪悪な魂は消滅していった――
***
「デボラ、さよなら……」
水晶玉を割り終えたチェリシアは、粉々になった破片に向かって呟いた。
デボラの魂は消滅し、二度と彼女がアンリーシェの体に戻ることはない。
水晶玉を破壊したことで、部屋のトラップは全て消えていた。
彼女は一仕事終え、来た道を戻った。
懐から取り出した魔石を発動させ、ある場所へと転移する。
「戻りましょう――レイドの元へ」
反応した魔石が光を放ち、チェリシアを包み込んだ。
それからすぐに、彼女はロクサーヌ公爵邸へと転移した。
崩壊し尽くした壁、床に散乱する瓦礫。
壮絶な戦いが繰り広げられていた公爵邸は既に半壊状態だった。
ちょうど当主は不在、使用人たちも既に避難したあとだったため、邸に残っている人物は二人だけだった。
「――レイド!」
「チェリシア……!?」
彼女は公爵邸の一室で座っていたレイドに抱き着いた。
彼はチェリシアを受け止め、強く抱きしめた。
「チェリシア、無事だったんだな……」
「もちろん――デボラの魂を消滅させたわ」
その言葉に、レイドはかなり驚いたようで目を見開いた。
「……よくやったな、チェリシア」
「あなたに褒められる日が来るなんてね」
チェリシアはレイドの首に腕を回し、彼の体温に包まれていた。
できることならずっとこうしていたい、と思っていた彼女だったが、すぐ傍から呆れたような声が割り込んだ。
「――お楽しみのところ悪いけれど、今はそんなことしている場合ではないみたいよ」
「ア、アンリーシェ……!?」
すぐ隣で、床に仰向けで寝転んでいたのはアンリーシェだった。
最初からそこにいたようだ、全く気付かなかった。
「そんなことをしてる場合じゃないって、どういうこと?」
「あれを見なさい」
アンリーシェが視線を向けた先を、レイドとチェリシアが目で追った。
その先に広がっていた光景に、二人は愕然とした。
――「……闇が、空を吞み込んでる……!?」
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