107 魂の消滅
チェリシアが水晶玉に触れそうになった途端、彼女の体を電流が走り、部屋中にトラップのようなものが現れた。
後方に弾き飛ばされたチェリシアは、尻餅をついたまま目の前に広がる奇異な光景を見上げていた。
「な、何よこれ……」
水晶玉を取り囲むように電流が流れ、いたるところに電線のようなものが張り巡らされている。
空いたスペースはほとんど無く、電線に当たらずに水晶まで到達するというのは不可能に近い。
「もしかして……デボラが仕掛けた魔法のトラップ……?」
今思えば、最初から全てが変だったのだ。
魂の維持装置だなんて、そんなに大切なものを何の警備も無く部屋に置いておくわけがない。
チェリシアにこのときになってようやく、そのことに気が付いた。
「大変だわ……早くあの水晶を壊さないといけないのに……」
獲物を目の前に、チェリシアは頭を抱えた。
ようやく見つけたと思ったのに、やはり一筋縄ではいかないようだ。
チェリシアは長い棒を手に、遠くから水晶をつつくが、やはりその程度の力では壊すことができない。
「ええい、悩んでも仕方が無い!行ってしまえ!」
彼女は勇気を振り絞って一歩踏み出した。
しかし、案の定チェリシアの体はすぐにトラップに当たってしまった。
「マ、マズイ……」
そう思った次の瞬間、彼女の顔のすぐ横を短剣がすり抜けた。
刃が掠めた頬から血が流れ、すぐ後ろの壁に短剣が刺さった。
「……………………え」
頬から流れた血に手を触れ、チェリシアはギャーと叫び声を上げて部屋から出た。
ゼェゼェと膝に手をつき、何とか呼吸を整える。本気で死ぬかと思った。あとちょっと横にズレていたら顔面直撃で間違いなく死んでいただろう。
「あ、ありえないわ!いくら自分の身を守るためとはいえ、そこまでする!?」
デボラの用心深さには驚かされた。
トラップが何重にも重なっているせいで、水晶玉に近づくことすらできない。
「水晶に到達する頃には私、死んでるかも……」
しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
あの水晶玉を破壊しなければ、デボラはまた復活する。
もし、復活したデボラがレイドに勝利でもしてしまえば大変なことになる。
闇の皇帝として帝国を支配し、国民たちを苦しめるだろう。
そんな未来が目に見えていて、背を向けるなんてありえない。
「ここで私がやらなかったら、誰が帝国を救うのよ……!」
チェリシアはこれまで、常に誰かに助けられてきた。
誘拐されたときにはレイドが、神殿長と対峙するときはアンリーシェが。
それぞれ窮地に陥っていた彼女を救ってくれたのだ。
「――今度は私が……みんなを救う番よ……!」
チェリシアは、部屋中に仕掛けられたトラップに向き合った。
一見隙間なく張られているように見えるものの、人一人が通れるスペースはきちんと確保されている。
つまり、当たることなく通ればいいというだけだ。
「考えてみればラッキーじゃない!今こそ、チェリシアの細い体を生かせるときよ!」
成人男性ならまず間違いなく通れなかっただろう。チェリシアは女性の中でも、体の線が細い部類である。
彼女は覚悟を決め、地面に膝をついた状態で一本目のトラップを潜り抜けた。
背中が当たってしまえば終わりだと思いながらも、彼女は何とか一本目をクリアした。体が痛くなり、明日には筋肉痛でもなりそうな体勢だが、そんなことは言ってられない。
「この調子で次も行けば……」
チェリシアは、今度は足を高く上げて電線を飛び越えた。それと同時に腰を曲げ、上にあるトラップにも注意を払いながら。
上げた足を地面に着けようとしたそのとき、彼女はあることに気が付いた。
「おっと!危ないわ……床が光っている箇所があるわね……きっとそこもトラップになっているんだわ」
トラップは部屋中に仕掛けられている。
ついさっきなんて短剣が飛び出してきたところだ。あのときは運良く外したからよかったものの、一度でも発動させてしまえば命は無いだろう。
「気を引き締めないと……触れるものすべてに注意しなければ生きては帰れないわ……」
チェリシアは床にあるトラップにも注意を払いながら、水晶までの道を進み続けた。
当然、何度も線に体が触れそうになった。トラップが発動してしまったことも一度や二度ではなかった。そのたびに、彼女の柔らかい肌から赤い血が流れる。
しかし、それでも彼女は諦めない。
怖気づくことも無く、前へ前へと進んでいく。
途中で邪魔だと感じたフレアスカートの裾は破って捨てた。
貴族令嬢にあるまじき姿だが、そんなこと気にしてなどいられない。今彼女の頭にあるのは、何が何でもやり遂げなければという強い思い。
その決意の前では、今まで学んできた全てのことなど何の意味も感じられなくなった。
――そしてようやく、チェリシアは水晶まで辿り着くことができた。
「やっと……やっとだわ……!」
チェリシアは目の前でバチバチと電流を散らす紫色の玉を見下ろした。
まるで占い師が使っていそうなその魔道具は、紛れもなくデボラの魂の維持装置だった。
――これを破壊すれば、デボラの魂は消滅する。
彼女は水晶に向けて叫んだ。
「デボラ、アンタの企みも……ここで終わりよ……!」
チェリシアはそのまま水晶に手をかざすが、その瞬間強い衝撃で手が弾かれてしまう。
「ッ……」
手に鈍い痛みが走り、それが全身を駆け巡るまでそう時間はかからなかった。
ビリビリッと電流を流されたかのように体が震え上がった。思考が一瞬飛び、彼女の体はよろめいた。
「すごい威力……」
常人ならば、まず持つことなど到底不可能だろう。
しかし、今日の彼女は違う。意志の強さも、その小さな背に背負っているものも、全てが生半可なものではなかった。
チェリシアは電流に耐えながら、何とか玉に手を触れた。
その物体に触れた途端、より強い衝撃と痛みで意識が飛んでしまいそうになった。
体が痙攣を始めてしまい、頭が真っ白になる。
しかし、倒れるわけにはいかないと、何とか心を強く保った。
「こんなもの……レイドやチェリシーが受けた痛みに比べたら大したことないわ……!」
水晶玉を両手で掴んだ彼女は、腕を高く上げた。
そして、そのまま地面に強く叩きつけた――
パリィンッ――という音と共に、水晶が彼女の足元で粉々に砕け散った。
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