105 魂を消滅させる方法
アンリーシェの体には、今二つの魂が共存している状態だ。
本物のアンリーシェの魂と、魔女デボラの魂。
心が不安定だったデボラの魂は、幻想の杖の中に吸収されていった。その一方で、アンリーシェは――
「……やっぱり、お前は残ったか」
視界が完全に開けた頃、いち早く状況を把握したレイドが呟いた。
座り込んだ彼の視線の先には、アンリーシェが床に倒れてうめき声を上げていた。
久しぶりに自身の体に戻れたのか、彼女は上手く立ち上がることができずにいた。
しかし、レイドをしっかり見つめて動かしづらい口を開けて何とか言葉を紡いだ。
「……当たり前じゃない、私の心が不安定だとでもいいたいの?」
「いや、そんなことは……」
「私はね……この世界に来てからずっと……彼女に会うためだけに生きていたのよ……今になってその気持ちが揺らぐはずがないわ」
「そうか、お前は並々ならぬ覚悟を持って生きているんだな」
アンリーシェの言う彼女が誰なのかはわからなかったが、その決意だけはしっかり伝わった。
彼女は大の字で寝転がったまま、レイドに尋ねた。
「ねぇ、チェリシアはどこにいるの……?」
「チェリシアは……デボラを倒す手がかりを得るために、今皇宮へいるはずだ」
「そう……彼女に伝えないといけないことがあるの――ちょっとだけ、手を貸してくれないかしら?」
レイドは何をするつもりなのかと疑問に思ったが、チェリシアのためだと言われれば断れるはずがない。
彼はゆっくりと頷き、アンリーシェへの協力を承諾した。
***
その頃、チェリシアは皇宮内を駆け回っていた。
「魔女デボラが聖女だったなんて!ビッグニュースよビッグニュース!」
ついさっき、彼女はデボラの正体を本で知ったばかりだった。
歴史から名を抹消された伝説の聖女――それがデボラだったのだ。
本の中に書かれた聖女の特徴。闇のような真っ黒に染まった魔法を使用するという点。
紛れもなく、魔女デボラそのものだった。
「デボラは何をするかわからない!レイドの安全のためにも、急がないと!」
いくらレイドが最強と呼ばれる騎士だとはいえ、魔女を相手にするのは初めてだろう。急がなければ彼の身が危うい。
そのとき、走り回っていた彼女の耳によく知る人物の声が入った。
『――チェリシア、聞こえてるかしら?』
「その声は……もしや、アンリーシェ!?」
チェリシアは皇宮の廊下で立ち止まった。
チェリシーが時空間から話しかけているときのように、どこからかアンリーシェの声が聞こえたのだ。
最初は聞き間違いかと思ったが、続けざまに彼女の声はハッキリと耳に入ってきた。
『チェリシア、よく聞いて。今私は、聖女の力を使ってあなたに話しかけているの。この魔法は膨大な魔力を消費してしまうから、長く話せたとしても一分よ。重要なことを今から全て話すから、聞き逃さないで』
「アンリーシェ!どこにいるの!?」
チェリシアは空中に向かって叫んだ。
魔女デボラに長い間体を支配されていたアンリーシェ。
もしかして、自分の体を取り戻すことができたのか。彼女はチェリシアの質問に答えることはなく、話し続けた。
『チェリシア、あなたは今魔女デボラの魂を消滅させる術を模索している頃でしょう』
「そ、その通りよ!だけど全く手がかりが得られなくて困っているの」
『魔女デボラの魂は今、幻想の杖の中に取り込まれているわ。だけどあの女はきっと、自力で現実世界へ戻ってくるはずよ』
「幻想の杖!?その中にデボラがいるということ!?」
時間が限られているため、順を追って説明というわけにはいかないものの、何とかレイドはデボラに勝ったということだけはチェリシアにも伝わった。
(幻想に杖の中にデボラがいるとは、衝撃だわ……)
『チェリシア、魔女デボラの魂を消滅させるにはあるものを壊さなければならないわ』
「あるもの……?それって一体……」
そのとき、アンリーシェの声が一際大きくなった。
『――紫色の水晶玉。それが魔女デボラの魂の維持装置になっているのよ。あの水晶玉無しでは、あの女は生きられない』
「紫……水晶……」
そこでチェリシアは、ちょうどさっき読んだアンリーシェの日記に書かれていたことを思い出した。
そういえば、似たようなものを神殿でも見たような気がする。神殿長が話している水晶玉の形をした魔道具。あれがデボラの魂の維持装置だったとは驚きだ。
『水晶がどこにあるのかは私にもわからない。でもそれを探し出して破壊すれば、あの女は終わりよ』
「アンリーシェ……わかった、絶対に水晶玉を見つける!私、やり遂げるよ!」
天に向かって決意表明をしたその瞬間、アンリーシェの声は聞こえなくなった。
どうやら魔力が尽きて、魔法が強制終了したようだ。
水晶玉の場所はアンリーシェですら知らないのだから、ここからは自力で探さなければならない。
彼女は頭の中で思考を巡らせた。
「少なくとも、さっき見た部屋には無かった……ということは……」
そのときのチェリシアの脳裏によぎったのは、ある場所だった。
「―――神殿。おそらくあそこに、水晶玉はある」
***
チェリシアが皇宮を出ようと走り出したとき、ちょうどデボラが幻想の中で目覚めた。
「あの赤い瞳の男!私をこんなところに閉じ込めおって!」
デボラは真っ暗闇の中に、一人立ち尽くしていた。
常人ならば正気を失ってしまうような状況だったが、彼女は違う。
今までどんな修羅場だって潜り抜けてきた歴戦の猛者だ。
この程度で、気がおかしくなるなどあり得ない。
「こんなところで終わりはしないわ……私は必ずアイツらの元へ戻ってくるんだから……」
デボラは動き出し、現実世界へと戻る出口を探し始めた。
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