104 レイドvs魔女デボラ
その頃、レイドはデボラの闇魔法を剣で受け続けていた。
デボラは一切の容赦なく、魔法で作った闇の弾丸を彼に浴びせた。
レイドは避ける、受け流すの繰り返しで公爵邸にあるチェリシアの部屋は半壊状態だった。
ちょうど公爵は不在で、使用人たちは全て外へ避難している。そのため、流れ弾が誰かに当たる心配はない。
しかし、いつまでもこうしていると体力の限界を迎えてしまう。
「アハハ!人間ってのは弱いわねぇ、こんなのが帝国最強ですって?さっきから私の攻撃を受けてばかりで、全く攻撃できていないじゃない!」
「……」
彼女の挑発に、レイドはギリ……と奥歯を噛んだ。
レイドは絶え間なく続くデボラの攻撃を受け止めるだけで精一杯――というわけではなかった。
そう、レイドはアンリーシェの体に傷を付けないでほしいというチェリシアの言いつけを守っていたのだ。
(チェリシアがこの女をそこまで守る理由がわからないが……)
以前のレイドならば、迷わずアンリーシェを殺していただろう。
彼は元々、他人の命なんてどうでもいいタイプの人間で、そこに一抹の迷いすら無かったはずだ。
しかし、今は違う。
脳裏にチェリシアの笑顔が浮かび、彼は無意識に口元を緩ませた。
自分が死ぬかもしれないというのに、それでもいいと思えるだなんて。
(愛する女がいると変われるというのは、どうやら本当だったようだな)
「――反撃しないといつまで経っても終わらないわよ?」
「……ッ」
一瞬の隙を突いて背後を取ったデボラが、レイドの耳元で囁いた。
その瞬間、彼の足元から黒い影が伸び、彼を拘束しようと動いた。
レイドは即時に反応し、その影たちを全て斬り伏せ、何とか事なきを得た。
そんな彼に、デボラが感心したように口を開いた。
「あなた、反射速度は今まで見た人間たちの中で一番良いわね……まぁ、それも私の前では意味がないけれど」
「……そう言っていられるのも今だけだぞ」
レイドはチェリシアを信じていた。
彼女ならばきっと、デボラの魂をアンリーシェの体から出すことに成功すると。
自分はそれまで彼女の足止めをしていればいい。
言葉にせずとも、チェリシアのやりたいことが彼には伝わっていた。
「……なぁ、魔女よ。一つだけ教えてくれないか」
「なぁに?あなたもあの女と同じで死ぬ前に聞くのが好きなのね」
デボラは一度攻撃の手を止め、積み重なった瓦礫の上からレイドを見下ろした。
どちらにせよ、手を出せない彼に勝機は無い。最後の願いくらい聞いてやろう、と彼女は彼を甘く見ていた。
「デボラ……俺はその名前をどこかで見たことがあるんだ」
「……」
彼女は黙ったまま、レイドの話を聞いていた。
デボラという名前は、帝国ではなかなかに珍しいものだった。少なくとも、貴族のご婦人や令嬢たちの中ではその名前の者はいない。
レイドは初めてデボラを見たときから、ある疑念を抱いていた。
「――遠い昔、ベレニウム帝国が建国される前に実在した歴代最強の聖女……たしかデボラって名前だったな」
「……」
レイドが指している歴代最強の聖女とは、帝国民さえも知らない秘匿された人物だった。
歴史から名を消去された人物であり、国民どころか貴族ですらその名を知っている者はいない。
そのことをレイドが知っていたのは、以前聖女のことを調べたときに聖女関連の本を読んだからだった。
デボラは重苦しい空気の中で、ニヤッと口角を上げた。
真っ赤な唇が、醜く歪んでいた。
「――えぇ、そうよ。その歴代最強の聖女は私なの」
よくわかったわね、とでも言いたげに彼女は嬉しそうに笑っていた。
レイドはそんな彼女に質問を続けた。
「何故、闇魔法を持っているお前が聖女と言われていたんだ?」
「質問は一つのはずでしょう?まぁいいわ、特別に教えてあげる」
そこでデボラは瓦礫の山から下りた。
「昔はね、魔女が闇魔法で聖女が光魔法なんていう定義は存在しなかったのよ。ただ他人より強かったから聖女と呼ばれたってだけのこと。今みたいに認定式もなーんにも無かったわ。当時村を牛耳っていた犯罪組織のアジトを丸ごと吹き飛ばしたら、村人たちに救いの聖女様って言われるようになったのよ」
おかしな話よねと、デボラは堪えきれないというように声を上げて笑った。
何がそんなに笑えるのか、レイドは不気味なデボラをただじっと見上げていた。
「あのときのことを思うと気持ちがいいわ……誰もが私をチヤホヤして……聖女様聖女様って何もしなくても神様のように扱われていたんだから。あぁ、もう一度あの日に戻りたいなぁ……」
「……狂っているとしか思えないな、お前のような女を神だなんて」
その一言で、妄想の世界に入り込んでいたデボラが我に返ったように突然真顔になった。
「でもね、調子に乗っちゃって悪事を重ねすぎたのよ……私を聖女として崇めていた人たちが手のひらを返して魔女だ魔女だって言い始めたの」
「あのようなことをしたのだから、当然だろう」
それは、レイドも既に知っている内容だった。
聖女デボラが歴史から名を消された理由はまさにそこにある。
――あまりにも罪を犯しすぎたから。
そのせいで、本来ならば語り継がれるはずである彼女の名が抹消されたのだ。
「私を魔女って言ってきたやつら全員皆殺しにしてたんだけど……そのせいで神に目を付けられるようになっちゃったのよね」
「お前……」
「あのときは私も焦ったわ……神は全く別の存在で、私が敵うようなものではなかったから」
いくら彼女が最強種の魔女だったとはいえ、神相手には歯が立たなかった。
結局デボラは聖女としての地位をはく奪されたあと、辺境にある小さな村で隠遁生活を送る羽目になったのだ。
「アルベルトに出会ったのは、隠遁生活を始めてからかなり経ったあとだったわね。長い間一人ぼっちで寂しかったから……つい心を抱いちゃったのよ」
「……」
レイドは冷めた目で、アルベルトへの憎しみを露わにするデボラを見ていた。
何故、自分だけが被害者であるかのように振舞っているのか。彼にはそのことが到底理解できなかったのだ。
(俺はこれまで高潔に生きてきたわけではないからな……多少は毒を盛られたり、暗殺者をけしかけられても仕方が無いと思っている)
――そう、悪人は人並みの幸せなんて望んではいけない。
少なくとも、レイドはそのような考えの下で生きていた。
「初代皇帝のことを未だに恨んでいるのか?」
「当然でしょう?私があの男に何をされたか知っているはずよね」
名前を聞くことすら不快なのか、デボラの目から一切の光が消えた。
たしかに彼女がアルベルトにされたことを思えば、彼を恨むのは当然だった。
しかし、レイドはそんなデボラに冷静に尋ねた。
「……だが、お前も過去に遊び感覚で多くの命を奪ってきたではないか。そのことに関してはどう思っているんだ?」
「……」
その質問に、デボラが眉をひそめて黙り込んだ。
彼はそんな彼女を煽るように続けた。
「お前は身勝手な女だ。自分の行いを正当化し、いざ自分が辛い目に遭うと周囲に当たる。お前が今やっているこの行為も、復讐という名を掲げているだけの逆恨みに過ぎない」
「私の痛みもわからないくせに、勝手なこと言わないで……!」
彼女の手元が急に光ったと思いきや、光の玉が銃弾のようにレイドに向けて放たれた。
「おっと」
彼は瞬時に横へ移動し、攻撃を回避した。
今のは明らかに光魔法だ。光魔法と闇魔法を同時に操れるのは、おそらくこの世で彼女だけだろう。
光魔法を使用したデボラの周辺には、金色の粒子が浮遊していた。
その粒子は、数秒間空中を彷徨った後彼女に吸い込まれていく。それは、完全に聖女の持つ魔力の特徴だ。
「驚いた?私、光魔法も使えるのよね。ただの小娘が、なかなかに素敵な魔法を持ってたのよ。運が良いわ」
「運が良いだなんて……どうせその女の体を選んだのも、聖女時代の名声を忘れられなかったからだろ?」
「ご名答」
次にデボラは頭上で光の矢を作り出し、それをレイドに向けて放った。
全てを避けきることはできず、彼の肩を矢が掠めた。鋭い痛みが走り、肩の部分を覆っていた服が切れて血が流れた。
「アハハ!そうやってゆっくりいたぶってから殺してあげるわ!」
彼が傷口に気を取られたその隙を、彼女は見逃さなかった。
デボラは拳を光の魔力で纏うと、渾身の力で彼の顔面を殴った。
その攻撃をもろに受けたレイドの口から、真っ赤な鮮血が吐き出された。
しかし、彼は劣勢を強いられても動揺する素振りを全く見せなかった。
それどころか、彼女を挑発したのだった。
「お前はこの世の誰よりも愚かだ。自らの犯した罪に永遠に気付かず……自分勝手なところが俺の嫌いなアイツにそっくりだな」
「……何ですって?」
それがステインを指していることに、デボラは気付かなかった。
レイドは彼女を嘲笑うように口角を上げた。そして、決定的な一言を放った。
「――今のお前は、アルベルトやリーナ以下の存在だ」
「……何ですって?アンタ……」
最も嫌悪するあの二人を一緒にされたことに、デボラは顔を真っ赤にした。
もう一度レイドを殴ろうと、振り上げた拳は彼によってガッチリと掴まれた。
「ウッ……アァッ!」
手首を強い力で掴まれ、彼女は痛みに顔を歪ませた。
何とか逃れようともがくが、彼の手はビクともしなかった。
彼は空いた方の手で、胸元から何かを取り出した。
杖のような形をしたその物体に、デボラは見覚えがあった。
そう、それはたしかにあの日デボラが初めて敗北を喫した神の一人が持っていたものと同じ。
因縁とも言えるその魔道具を、忘れられるはずがない。
――幻想の杖。
どうしてこの男が、それを持っているのか。デボラの顔が真っ青になった。
レイドは彼女の体に向かって叫び声を上げた。
「聖女アンリーシェ、聞こえているか!」
「何……するつもりよ……」
急に何を言い出すのか。
デボラは嫌な予感がした。
彼は彼女の腕をガッチリと掴んだまま、杖の先端をデボラに向けた。
「――俺はお前の、心力を信じるぞ」
「な、何を言っているのよ……やめて……!」
レイドは幻想の杖に自身のありったけの魔力を込め、デボラに向けて発動させた。
魔力を取り込んだ杖が光を放ち、レイドとデボラ、そして彼女の中で眠るアンリーシェを呑み込んだ。
「キャアアアアアアアアアアア!!!」
心が不安定だったデボラは、瞬く間に幻想の中に取り込まれていった――
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