103 アンリーシェの日記
チェリシアはアンリーシェの部屋に手がかりが無いかを探した。
ここはアンリーシェに加え、魔女デボラが暮らしていた場所でもある。
そのせいか、本棚に並んでいたのは不吉な本ばかりだ。
禁断の魔術や人体解剖学など。表紙を見るだけでもゾワッとする。
「こんな本を読んで何をしたかったのかしら……」
黒魔術はどの国でも禁忌とされ、使用した者は身分関係なく終身刑か死刑だ。
(禁忌を犯してまで……チェリシアを生き返らせたかったのね……)
アンリーシェの本物チェリシアに対する愛は計り知れないことを改めて認識した。
チェリシアは本棚の前を通り過ぎ、奥にある机へと向かった。
いくつかある引き出しを開けると、一番下の三段目の中に一冊の分厚いノートが入っていた。
厳重にロックがかけられているそれを、チェリシアは手に取った。
「これってもしかして……アンリーシェの日記……?」
表紙に名前が書いてあったわけではない。
しかし、手に取った瞬間にそれがアンリーシェのものだとわかる。
日記から感じられる、光のような温もり。
(前に、彼女の手を握ったときと似たような感じ……)
おそらく、アンリーシェの光の魔力が日記に込められているのだろう。
間接的ではあるが、彼女と触れ合っているかのようだった。
「これを読めば、何か手がかりが得られるかもしれない……」
人の日記を勝手に読むだなんて罪悪感が湧く行為だが、今はそんなことを言ってられなかった。
帝国の命運がかかっているのだ。悩んでいる暇はない。
後ろめたさを感じながらもチェリシアは日記を開こうとした。しかし、日記には錠がかけられていて開きそうになかった。
「どうやら鍵ではなく、暗証番号で解除する仕組みのようね……」
ロックを解除するには四桁の暗証番号が必要だった。
チェリシアは当然、その番号が何か知らない。
しかし、いくつか心当たりがあった。
「あのアンリーシェなら……きっとこんな番号にするわよね」
チェリシアは迷うことなく、1021と番号を入れた。
彼女の予感は的中、ロックは解除され、錠が音を立てて開いた。
「やっぱり!アンリーシェったら、チェリシアの誕生日を暗証番号にするだなんて!どんだけチェリシアのこと好きなのよ!」
アンリーシェの設定した暗証番号はまさに、チェリシアの誕生日だった。
自分や恋人、子供の誕生日を暗証番号にする人は珍しくはないが、友人の誕生日を設定するとは。何て愛らしいのだろう。
チェリシアは日記を開き、一ページ目から内容を読み進めた。
どうやら日記は、アンリーシェが聖女候補になった日からのようだ。
『五月五日。
神殿の人が迎えに来た。正直、あまり行きたくはなかったけれど、我慢するほかない。
私が聖女にならなければ、あの子とは出会えないのだから。あの子のためにも、
私が我慢しないと。彼女はもっと痛くて苦しい思いをしたはずだから』
あの子とは、チェリシアのことだろう。
アンリーシェには前の世界での記憶があり、その世界線で彼女を無惨にも目の前で処刑されている。
そのような凄惨な状況の中でも心を強く保つだなんて、自分なら到底不可能だとチェリシアは思った。
『六月十五日。
私が聖女候補になって一ヵ月ちょっとが経過した。ステイン殿下がお忍びで神殿へ
やってきた。彼は仕事を押し付けられている私を可哀相だと思ったのか、話しかけてきた。
同情でもしているのだろうか。可哀相だと思うなら、あの子に会わせてほしい』
『十月二十二日。
最近、ステイン殿下が頻繫に私に会いに来る。前と似たような展開だ。
婚約者がいるのにもかかわらず、このような不貞行為を平然とする男なんて御免だ。
身分を盾にされたら断れるわけがないのに、受け入れたら略奪女だと言われてしまうから
やめてほしい。そう思っていたのに、デボラは彼をすんなりと受け入れた。
彼女が何を考えているのか、想像もつかない。私は彼女に危害さえ加えられなければそれでいいけど』
いや、ステインビックリするくらい好かれてないじゃん。
原作では相思相愛であるかのように見えた二人だったが、実際に愛していたのはステインだけだったようだ。
(結局アイツが一人で勝手に舞い上がっていたってわけね……)
たしかに皇族の身分を前面に出されたら平民が断れるわけがない。
このときばかりはリーシェに同情した。
『一月三日。
年が変わった。最近デボラと神殿長が何やら変な話をしている。
元々コソコソと何かを企んでいた二人だったけれど、最近はとくに物騒な話を聞くようになった。
皇位を簒奪するだとか、帝国を自分たちのものにするだとか。
神殿長は裏で悪事に手を染めている。私だけがそのことを知っている』
『四月十日。
デボラが勝手にステイン殿下のプロポーズを受け入れた。
殿下のことは好きではなかったが、聖女になることであの子に会えるかもしれない』
日記の内容は、だんだんと短いものになっていく。
そして丁寧だった文字も、強い筆圧で書き殴られたようなものへと変わって行った。
彼女は一体、何を思いながら日記を書いていたのだろうか。
『六月二十五日。
私が待ち望んでいた彼女は、彼女ではなかった。そのことを知って落胆した』
『七月三日。
デボラが神殿から持ってきたあの紫色の水晶。あれは一体何だろう?何かの魔道具のように見える』
『七月十八日。
デボラが、私の体で好き勝手しているようだ。このままでは壊れてしまうかもしれない。それに最近、私がアンリーシェでいられる時間が短くなった』
『七月二十一日。
デボラが、■□だったとは――驚きだ』
最後のページに至っては、一部が何て書いてあるか読み取ることができなかった。
よほど慌てて書いたようだった。しかし、その一文からある程度状況を読み取ることができる。
「わざわざこうやって文字にして残しておくということは……」
――よっぽど、重要な意味を持っているのではないか。
チェリシアはそのように推測した。アンリーシェの性格からして、何の理由もなくそんなことを残すような行動は絶対にしないからだ。
彼女は日記を一度机に置き、再び部屋の中を歩いた。
何が何でも手がかりを見つけなければならなかった。本棚の前に差し掛かると、チェリシアは並んでいる本を一冊ずつじっくりと眺めた。
「あら、この本は……」
黒魔術やら解剖学やら不穏な本ばかりが並ぶ中で、チェリシアはある一冊に目を留めた。
彼女は何かに導かれるかのように、その本に釘付けになった。
「聖女に関する本……?」
真っ白な表紙に、聖女とだけ書かれている。
聖女に関する書物は、現在ベレニウム帝国では一般人は閲覧することができなくなっている。
詳しい理由はわからないが、きっと皇家や神殿が隠したい何かがあるのだろうというのが社交界で囁かれている噂だった。
そのため、チェリシアも実際に聖女関連の本を読むのは初めてだった。
チェリシアはページを開き、内容を読み進めた。
本の途中、ちょうど半分くらいのところだろうか。何回も開いて読んだのか、跡がつき、そこだけ開きやすくなっていた。
チェリシアは先にそのページを開いた。
そこに書いてあった内容に、彼女は驚愕した。
「ど、どういうこと……!?」
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