100 この世界の真相
レイドは私利私欲のためではなく、自身が生き残るため、そして大切なものを守るために皇帝にならなければならなかった。
そんな彼の選択を、反対することなどチェリシーにはできなかった。
「私たちの計画は失敗に終わりました……最後の最後、レイド殿下が異母兄であるステイン殿下に負けてしまったのです。私とレイド殿下は……斬首刑が確定しました」
原作内で、チェリシアとレイドが迎えた末路だった。
何度も読み込んで知っていたはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのか。
「レイド殿下は私だけは助かるようにとあらゆる手を尽くしましたが、どう足掻いても私の斬首刑は覆りませんでした。貴族全員が私の極刑を望んでいたのですからそうなるのも当然です――しかし、そんな中で立ち上がった者たちがいました」
「……もしかしてそれって、アンリーシェですか?」
チェリシーは半分正解、とでも言いたげに微笑んだ。
「ええ、彼女と……――ロクサーヌ公爵、私の父です」
「……お父様が?」
チェリシーを愛しているアンリーシェはともかく、父まで……?
チェリシアは予想外の人物の登場に、驚きを隠せなかった。
「アンリーシェとお父様は手を組み、私の減刑をステイン殿下や皇帝陛下に要求しました。聖女と公爵閣下からの直訴にステイン殿下は心を動かされたのか、終身刑に減刑するように陛下に掛け合いました」
「な、なら……!」
「――ですが、私はそれを断りました」
チェリシーはハッキリとそう言い放った。
「ど、どうしてですか……せっかく助かれるというのに……!」
彼女は理解できないというような顔のチェリシアの前で、悲しそうに笑った。
チェリシーが何故自ら死を望んだのか。そこには、他者には到底理解できないような深い理由が存在した。
「――私には、彼のいない世界で生きていける自信がなかったんです」
「チェリシー……」
そう口にした彼女の瞳からは、心から愛した男と一緒に終えたいという気持ちが見て取れた。
チェリシーがどれだけレイドを愛していたか、彼女はそのときになってようやく知った。
原作内でのチェリシアとレイドは主従関係などではない。
―――紛れもなく心から愛し合う、恋人同士だったのだ。
「リーシェにそのことを伝えたら、泣いていました……私を置いて行かないでほしいと、縋り付く彼女から目を背けたまま私は断頭台へ行きました」
「やっぱり、アンリーシェは、」
嘘偽りなく、心の底からチェリシーを愛していたんだ。
彼女もきっと、親友と最愛の男性の間で複雑な気持ちを抱いていたに違いない。それでも愛する男を選び、彼女の元から去って行った。そのことに罪悪感を抱いているのか、チェリシーは目を伏せた。
「死刑が執行され、私は死ぬことなくこの世界へやってきました――神としての記憶を取り戻した状態で」
――死んだはずのチェリシーは時空間の中で、再び目覚めた。
「神は本来、死ぬことはありません。私は神の身分をはく奪されたはずですが……まだ神力が残っていたのでしょう。気付けばこの世界にいました」
「では、ずっとここで暮らしていたと?」
「ええ、チェリシアとレイドのことは時空間からずっと見ていました。彼を幸せにしてほしいと言ったのも私です」
やはり、転生した頃から彼女に呼び掛ける謎の声の正体はチェリシーだったようだ。
先ほどから衝撃的な内容が次々と出てくるこの状況に、チェリシアの頭はこんがらがっていた。
「すみません、理解が追い付かなくて。私は本物のチェリシアではありませんから……」
「いえ、あなたは本物のチェリシアですよ」
「ど、どういう意味ですか……?私は転生者で……」
私が本物のチェリシア?そんなことあるはずがない。
だって、私には――
「私には前世の記憶があって……」
間違いなく、かつては日本に住んでいた。
チェリシーはニッコリ笑いながらその疑問に答えた。
「ええ、そうですね。たしかにあなたには前世がありました。前世を経験し、今世にやって来た。私が途中であなたに前世の夢を見せたんです。今は長い長い夢のおかげで混乱しているだけですよ。ですから、あなたは正真正銘、本物のチェリシアなのですよ」
チェリシーの話によると、チェリシアは元々この世界の本物のチェリシアだった。
十七歳になり、死に近付いていることを察したチェリシーが神の魔法を使って彼女に前世の夢を見せたのだ。
チェリシーは神ではあるが、閉鎖されている時空間から出ることができなかった。
そのため、彼女が眠りについた夢の中でしか話しかけることができなかったのだ。
チェリシアが時空の杖を使ってからは起きた状態の彼女にも声を送ることが可能になったが、その場所へ行くことだけはできなかったのだという。
しかし、そういうことならいくつか謎が残る。
「デボラは、アンリーシェの願いで時を戻したはずでは……?」
「魔女デボラが使用した黒魔術は時を戻す魔法ではありません。正確には、別の世界へ転移する魔術なのです」
チェリシーは魔法を発動させ、チェリシアの前にわかりやすく図を展開させた。
「世界には、パラレルワールドがいくつも存在するんです。デボラが転移先に選んだのはその中の一つ。私とリーシェが元いた世界と全く変わらない世界線。そこにすればバレないと思ったんでしょう、彼女の魔力では時戻しの魔法なんて使えませんから」
時戻しは神の領域であり、一介の魔女ができることではない。
魔法に疎かったアンリーシェはデボラに騙され、別のチェリシアがいるこの世界へ来てしまったようだ。
「チェリシアのことは私が守っていました。魔法が効かないように私の加護を授けていたんです。時空間からだと限界があって、全ての魔法は防御できませんでしたが……気付きましたか?」
「あれはチェリシーの魔法だったんですね、初めて知りました」
「まぁ、私がわざわざ守る必要も無いくらいレイド殿下に守られていましたけどね」
その言葉にチェリシアは顔を真っ赤にした。
自分でもわかっているけれど、他人にそうやって言われると何だか恥ずかしい。
チェリシーは気にすることなく言葉を続けた。
「私が今日、ここへあなたを呼んだのは一度この世界のチェリシアと話をしてみたかったからです。そっちにはリーシェもいるんでしょう?」
「ええ、アンリーシェがチェリシーに会いたがっていましたよ……」
そのことを伝えると、チェリシーが意味深に視線を宙に彷徨わせた。
「……そうですか」
昔を懐かしむような彼女の瞳に、チェリシアは彼女もまたアンリーシェを恋しく思っていることを察した。
彼女もアンリーシェに会いたがっている。ならば話は早い。
「私を連れてきたときのように……一度会うのはいかがですか?」
「いえ……今は早いと思います。彼女はまだこちらに来るべきではありませんので」
チェリシーはニコリと笑い、首を横に振った。
「まだ話していたいところですが……ちょうどもうすぐデボラが目覚めそうです」
「デボラが……!?」
デボラは現在、自身の跳ね返った闇魔法で気絶している。
その間にチェリシアは時空間へ入り込み、こうして原作のチェリシアと話をしているのだ。
(一刻も早くデボラを倒して帝国を救わないと……)
そう考えていたチェリシアは、ふとあることに気が付いた。
「……私が彼女にトドメを刺したら……彼女と共存しているアンリーシェは……」
――デボラの魂は今、アンリーシェの体の中に入り、彼女と共存している。
つまり、チェリシアがデボラを倒したとしてもその体の持ち主であるアンリーシェは助からないのだ。
(デボラを倒したら、アンリーシェまでも死んでしまう……!)
最悪の事態を想像し、背筋が凍った。
チェリシーは顔色の悪くなった彼女をじっと見つめ、口を開いた。
「チェリシア、一つだけ言っておかなければならないことがあります」
「チェリシー……?」
真剣な声に、チェリシアは顔を上げた。
目を合わせると、チェリシーの菫色の瞳が、仄かに光を宿していた。
「――魔女は人間の攻撃では死ぬことはありません」
「そ、そんな……」
いくら攻撃を与えたところで死なないなら、勝てないではないか。
そんなチェリシアの疑問を読んだのか、チェリシーが付け加えた。
「肉体に打撃を与えたところで意味がありません――魂を消滅させる必要があるのです」
「魂を……?」
それはどういう意味かと聞きかけたチェリシアの言葉を、チェリシーは遮った。
「――私が教えてあげられるのはここまでです、チェリシア」
そう言うと、チェリシーはチェリシアをギュッと抱きしめた。
彼女の温もりが、体の隅々まで伝わってくる。
何だか不思議な気分だ、さっきよりも心が軽くなったような……
体を離したチェリシーは、彼女の肩に手を置いて、囁いた。
「――帝国の未来は、あなたに懸かっているのですよ」
「チェリシー……私……」
彼女が返事をする前に、チェリシーは自身の右腕を高く上げた。
その瞬間、周囲に突如として強風が吹き荒れた。
「キャアッ!」
チェリシアは吹き荒れる風に包まれながら、そのままどこかへと飛ばされていった。
風が収まった頃には、既にチェリシアの姿は消えていた。
今頃、現実世界へ帰っている頃だろう。時空の神である彼女が、チェリシアを元の世界へ戻したのだ。
「……」
チェリシーはついさっきまで彼女がいた場所をじっと見つめていた。
ずっと会いたがっていたチェリシアは、初めて会ったとは思えず、まるで姉妹のようだとチェリシーは思った。
「また……いつか会えるかしら……」
自分にそっくりな、双子の片割れみたいな少女。彼女を思うと、自然と胸が温かくなった。
そんなチェリシーの背後から、そっと近づく人物がいた。
チェリシアと会った余韻に浸っていた彼女は、そのことに気が付かなかった。
「――チェリシア、話は終わったのか?」
「……!」
聞き覚えのある声に、彼女は後ろを振り返った。
自分が背後を取られるだなんて、一体どこの猛者か。
応戦体勢で振り返った彼女は、そこにいた人物に思わず動きを止めた。
「……あなた、どうしてここに……?」
驚愕で見開かれたチェリシーの目から、涙が零れ落ちた――
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