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【連載版】私の死を待つ皆様へ  作者: Lihito


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1話:私が死ぬと、誰が儲かるのかしら

「——お労しいことですが、ご令嬢のお身体は、もって半年にございます」




 王宮医務局、第三診察室。白髭の侍医モルガン先生は、それはもう沈痛な面持ちでそう言った。




 隣で椅子の倒れる音がした。父が立ち上がって、何かを叫んでいる。




 私はと言えば、診察台の上で、まったく別のことを考えていた。




(——は?)




(ふざけないで。私の二度目を、何だと思ってるの)




 前世の話をすると、私は医者だった。




 36時間の予定だった連続勤務が42時間目に入った夜、当直室の固いソファで横になって、そのまま起きなかった。死因はたぶん過労。享年29。人の命を守る仕事をして、自分の命の管理だけ、最後まで杜撰だった。




 だから今世は決めている。




 生き切る。絶対に。お茶会もドレスも恋も美食も、前世で「いつか」の箱に放り込んだまま腐らせたもの全部、今度は期限内に消化する。侯爵令嬢という当たり枠に生まれた幸運を、一日だって無駄にしない。




 それが、余命半年?




 冗談でしょう。




「心臓の音に、濁りがございました」




 モルガン先生は白髭を撫でながら、重々しく頷いた。自分の言葉の重みに、自分で感じ入っているような手つきだった。




「長く王宮に仕えたこの耳が申すのです。まず間違いはございますまい」




(耳が申す。所見ではなく、ご自分の経歴で診断なさるのね)




 前世で、こういう医者を何人か見た。検査結果ではなく肩書きで語る人。たいてい、よく当たる名医として通っていて、たいてい、患者をよく見ていなかった。




「病名は、なんと?」




 私が尋ねると、白髭が一瞬だけ止まった。




「……ご令嬢が気に病まれぬよう、難しい名は伏せておきましょう。心の臓の、稀なる病とだけ」




(伏せたんじゃない。出てこなかったのね)




 私は静かに、自分の身体へ意識を向けた。




 ——何も、視えない。




 私には妙な力がある。身体のどこかが正常から外れると、頼んでもいないのに視界へ報せてくるのだ。16の熱の夜は【肺——炎症。軽微】と浮かんだし、夜会で飲みすぎた朝は肝臓が小言を言ってくる。異常だけは必ず報告してくる、生真面目で口の悪い同僚みたいな力。




 その同僚が今、完全に沈黙している。




(半年で止まる心臓が、無音なわけないでしょう)




 異常がないから、何も視えない。沈黙こそが、健康の証明。




 つまり。




(この人は、嘘をついている)




「……先生」




 父の悲嘆の隙間に、私は声を差し込んだ。




「もう一度、聴いていただけますか。心音」




 白髭が、ぴくりと動いた。




「お辛いでしょうが、何度聴いても結果は同じこと」




「私は構いません。どうぞ」




「————このモルガンの診立てに、二度手間は要りませぬ」




 胸を反らして、先生はそう言った。誇らしげに。




(出たわ)




 誤診を恐れる医者は、何度でも聴く。聴かないのは、よほど自分を信じている医者か——結果がもう決まっている医者よ。




 そしてこの先生は、たぶん両方を兼ねている。自分は名医だと信じていて、なおかつ、答えを先に渡されている。だから聴く必要がない。聴いてしまったら、渡された答えと食い違うかもしれないもの。




 怒りが、すっと温度を変えた。沸騰から、冷たい方へ。




 いいわ。あなたが嘘をつくのは、あなたの事情。




 でも、私の二度目の人生を経費で落とそうとしたこと。それは診察代より、ずっと高くつくと知るべきよ。




「セレナ」




 ずっと叫んでいた父が、ふいに静かになった。私の肩に大きな手が置かれる。




「すまない。お前の前で、取り乱した」




 娘の前では崩れまいと、声を絞り出している。その手がわずかに震えていた。




「明日、別の医者を呼ぶ。王宮侍医の診立てに異を唱えるのは不敬にあたる。だが構わん。何人でも呼ぶ」




「ありがとう、お父様」




 これは、本心から言った。




  *




 医務局の長い廊下は、消毒草の匂いがした。




 泣き腫らした父を先に馬車へ向かわせて、私は一人、ゆっくり歩いた。考え事には歩幅が要る。




「——失礼」




 低い声に呼び止められた。




 振り返ると、軍服の男が立っていた。背が高い。さっき診察室の隅で書類仕事をしていた男だ。国境から戻った軍医が医務局に出向していると誰かが噂していた。




 男は一拍黙って、それから迷いを置き去りにした顔で言った。




「さっきの診断ですが。心音の濁り——そこまでは、聴診の所見としてあり得る。だが、濁りひとつを根拠に、病名も告げず、進行も止められず、余命半年と断定できる病を、私は寡聞にして知らない」




 社交辞令でも慰めでもない。ただ、間違っているものを間違っていると言う声だった。




(あら)




 王宮で、二人目の正気を見つけた。




「あなた、それを私に言って、何の得があるの?」




「得はありません。間違った所見を聞き流すと、夜眠れないだけです」




 言うだけ言って、男は一礼し、去っていった。引き止めはしなかった。名前も聞かなかった。




 でも、覚えておくことにした。




 王宮中が私の葬式の支度を始めている中で、たった一人、診断の方を疑った男。




 使えるかもしれない。




  *




 馬車に揺られて屋敷へ帰る道々、私はようやく、考えることを自分に許した。




 わかっていることだけ、並べてみる。




 診断は、嘘。これは私の身体が保証している。その嘘に、王宮侍医が乗った。病名も言えないのに、再診も拒んで、半年という期限まで添えて。




 あの先生一人の出来心にしては、手が込みすぎている。誰かが台本を書いて、先生はそれを誇らしげに読み上げただけ。




 では、台本を書いたのは誰か。




 動機のない殺人は、ない。前世でも今世でも、それだけは同じはず。これだけの手間をかけて、私を半年で消したい人間が、どこかにいる。その人は、私の死から、何かを取り戻そうとしている。




 ——さて。




 私が死ぬと、誰が儲かるのかしら。


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