第42話 知らないお菓子ばかり
ルビアと別れてから、
ディムローが完全に普段の調子へ戻るまで、店を1軒分ほど要した。
次の店へ入るなり、棚へ並ぶ接続具を見比べ、
紙へ寸法を書き込み、店員へ合金の性質を尋ねていく。
俺にはほとんど同じ金具に見えるが、ディムローに言わせれば、
わずかな厚みの差だけで、熱の逃げ方も耐えられる負荷も変わるらしい。
「これと、こっちだな」
ディムローは、形の異なる2つの接続具を紙へ描き写した。
片方は細身で、内部へ魔力を通しやすい代わりに耐久性が低い。
もう片方は一回り厚く、重くなるものの、急激な負荷には強いという。
「買わないのか?」
「今はまだ。学院工房に近い物があるか確認する。なければ、どっちかを使う」
「工房にあるといいな」
「金のことしか考えてないだろ」
「必要なことだろ」
「そういう時だけ、もっともらしいことを言うなよ」
ディムローは呆れたように言いながらも、
接続具を購入せず、記録した紙だけを丁寧に畳んだ。
今日の目的は、設計を決めることではない。
使える部品の種類と、それぞれの性質を把握することだ。
候補を2つまで絞れただけでも、来た意味はあったらしい。
その後も何軒か店を回り、
柄の内部へ組み込めそうな緩衝材や、熱を逃がすための細い金属管を確認した。
学院工房の在庫で代用できそうな物には印をつけ、
外でしか手に入らない物だけを別の紙へ書き出していく。
すべて買う必要はない。
少なくとも、ディムローの頭の中では、
少しずつ双剣の次の形が見え始めているようだった。
店を出ると、昼を少し過ぎていた。
朝から歩き回っていたせいで、さすがに腹が減っている。
ディムローも同じだったらしく、次に向かう予定だった素材店ではなく、
飲食店が並ぶ通りへ足を向けた。
通りには、焼いた肉と香辛料、砂糖を焦がした甘い香りが入り混じっている。
露店では串焼きや薄い生地に具材を包んだ料理が売られ、店先の長椅子には学院生たちが並んで座っていた。
「何か食べてから戻るか」
「ああ。できれば、手が汚れないやつがいい」
「まだ部品を見るのか?」
「紙に触るからだよ」
休日くらい休めばいいのに、と言いかけてやめた。
俺も剣のために街へ来ている。人のことは言えない。
どの店に入るか決めかねていると、通りの向こうから聞き慣れた声がした。
「それ、絶対に1人じゃ食べ切れないって!」
「大丈夫だよ。みんなで分ければ!」
振り向くと、人混みの中にピンク色の髪が見えた。
ミリアス・セレネ。
その両手には、焼き菓子の入った紙袋がいくつも抱えられている。
彼女の周りには、同年代の少女が3人いた。
全員が学院の制服を着ており、そのうち2人は、
ミリアスから預かったらしい紙袋を抱えている。
背丈がミリアスより少し高い少女は、
淡い茶色の髪を肩のあたりで結び、片腕に紙袋をいくつも提げていた。
彼女が呆れたように、ミリアスの腕の中へ残った袋を見る。
「分けるって言っても、さっきも別の店で買ったでしょう」
「ルンベルがここのお菓子もおいしいって言ったんだよ!」
「1種類だけ勧めたの。全種類買えとは言ってないわよ」
どうやら、茶髪の少女がルンベルらしい。
言葉はやや強いが、ミリアスに遠慮している様子はない。
ミリアスも気にした様子なく、紙袋の中を覗き込んでいる。
「でも、どれが一番おいしいかは、食べ比べないと分からないよ?」
「そうやって、さっきから全部買ってるじゃない」
「研究には比較が必要だから」
「お菓子を研究扱いしないで」
隣にいた少女たちが笑った。
1人は両腕で紙袋を抱えながら声を上げ、もう1人は焼き菓子を少しずつ齧りながら、2人の言い合いを楽しそうに眺めている。
ミリアスも一緒になって笑っていた。
授業中や演習場で見る時とは、少し違って見える。
紙袋を抱えすぎて友人に叱られ、その本人も一緒になって笑っている。
そんな姿は、これまで学院で見てきたミリアスよりも、ずっと年相応だった。
「あ」
ミリアスがこちらに気づいた。
顔がぱっと明るくなる。
「ユアンくん! ディムローくんも!」
友人たちとの会話を止め、迷いなくこちらへ手を振った。
紙袋を抱えたまま大きく動いたため、上に載っていた小さな包みが傾く。
ルンベルが素早く手を伸ばし、落ちる寸前で受け止めた。
「危ないでしょう」
「ありがと、ルンベル!」
「もう少し反省して」
「次から気をつけるね」
返事だけは素直だった。
ルンベルの表情を見る限り、あまり信用していないらしい。
俺たちが近づくと、ミリアスの友人たちが少しだけ姿勢を正した。
ルンベルは比較的自然だったが、残る2人は俺の顔と腰の剣を交互に見ている。
片方は小さく会釈し、
菓子を食べていた少女も慌てて口元を押さえてから頭を下げた。
顔と噂くらいは知られているのだろう。
「2人も買い物?」
ミリアスが尋ねる。
「ああ。双剣に使う部品を見てた」
「休日まで?」
「君に言われたくない気がする」
俺は、彼女たちが抱えている大量の紙袋を見る。
ミリアスも自分の両腕へ視線を落とした。
「これは遊びだからいいの」
「その量は訓練に近くないか?」
「持つのはちょっと大変だけど、食べるのは楽しいよ」
「全部食べるつもりなのか?」
「みんなで分けるの」
「その予定だったの」
ルンベルが小さく訂正した。
「ミリアスが、店へ入るたびに種類を増やすまでは」
「だって、知らないお菓子ばかりなんだもん。せっかく学院都市に来たんだから、試したいでしょ?」
「ミリアスの領地には、こういう店はなかったのか?」
「こんなにいっぱいはないよ。お菓子屋さんはあったけど、同じ店にずっと通ってたし」
小貴族の領地で育ったミリアスにとって、
学院都市の店は珍しいものばかりなのだろう。
魔法については何でも知っていそうに見えるのに、
流行の菓子を前にした顔は、学院都市へ来たばかりの少女そのものだった。
「そうだ」
ミリアスは、抱えた紙袋の1つを開いた。
中には、丸く焼かれた小さな菓子が並んでいる。
表面には蜂蜜らしい艶があり、香ばしい匂いがした。
「これ、食べる?」
「いいのか?」
「うん。いっぱいあるから」
ルンベルが何か言いたそうな顔をしたが、結局黙っていた。
俺が1つ受け取ると、ミリアスはディムローにも別の包みを差し出す。
「ディムローくんには、こっち」
「なんで俺だけ違うんだ?」
「粉が落ちないやつ。まだ紙とか部品、触るんでしょ?」
ディムローは一瞬、ミリアスと菓子を見比べた。
「……よく分かったな」
「さっきから紙、大事そうに持ってるから」
明るく笑いながらも、見ているところは細かい。
ディムローは短く礼を言い、包みを受け取った。
俺も菓子を口に入れる。
外側は薄く焼かれ、中には果実を煮た甘い餡が入っていた。
「うまいな」
「でしょ?」
ミリアスは、自分が作ったわけでもないのに得意そうだった。
そのまま俺の顔を見て、何かを思い出したように首を傾げる。
「今日は、お腹空いてないの?」
以前のように、何皿食べても足りないほどではないのか。そう聞いているのだろう。
「前ほどじゃない。腕の傷が落ち着いて、身体が使う分も減ってきたんだと思う」
「じゃあ、いらなかった?」
ミリアスが、俺の手元の菓子を見る。
「食べないとは言ってない」
「やっぱり食べるんだ」
「甘い物は別だろ」
「そういう人だったんだ」
なぜか少し嬉しそうに言われた。
俺自身、特別甘党だと思ったことはない。
だが、甘い物を食べる機会があれば、わざわざ断ろうとも思わなかった。
ルンベルが、俺の隣にいるディムローへ視線を向ける。
「その紙、剣の設計図?」
「まだ設計図ってほどじゃない。使える部品の候補を書いただけ」
「ディムローって、本当に魔導具が好きなのね」
「悪いか?」
「悪いとは言ってないでしょう。授業でも、ずっと教官の触媒を見ていたから」
別のクラスでも知られる程度には、ディムローの行動は目立っているらしい。
本人は気づいていなかったのか、少し居心地悪そうに紙を持ち直した。
「ミリアスとは、どこで知り合ったんだ?」
俺が尋ねると、ルンベルは記憶をたどるように、わずかに視線を上げた。
「入学式の後よ。食堂で、ミリアスが他人の席へ勝手に座ろうとしていたのを止めたのが最初」
「空いてると思ったんだもん」
「料理が置いてあったでしょう」
「場所取りだと思わなくて」
「普通は分かるわよ」
ミリアスは悪びれずに笑っている。
「ちなみに、私はAクラスよ」
ルンベルが付け加える。
「うん。知ってるよ」
それになぜかミリアスが答えた。
ルンベルは一度だけ目を閉じ、呆れたように息を吐く。
「あんたには言ってないわよ」
「そうなの?」
そんな2人のやり取りには、知り合って数日とは思えない気安さがあった。
「そういえば、次の学年実習」
菓子を食べていた少女が口元を拭いながら言った。
「班を自由に組めるなら、ミリアスと一緒がいいな」
「あ、私も」
紙袋を抱えていたもう1人の少女も頷く。
「ミリアスがいたら、何が起きても何とかなりそうだし」
悪意はなかった。
むしろ、信頼から出た言葉なのだろう。
ミリアスもすぐに笑った。
「何とかできるようには頑張るけど、2人ともちゃんと動いてね?」
「もちろん。でも、安心感が全然違うよ」
「大演習迷宮でも3位だったし」
焼き菓子へ伸びかけていたミリアスの指が、ほんの一瞬だけ止まった。
摘まみかけた菓子の表面から、蜂蜜が一滴だけ指先へつく。
ミリアスはそれを見てから、何事もなかったように菓子を持ち上げた。
「次はどうなるか分からないよ。すごい人、いっぱいいるから」
声は、いつもと同じ明るさだった。
「ルビアちゃんもいるし、ダルタスくんもいるし。ユアンくんだって、順位だけじゃ分からないことするしね」
「俺をそこに並べるのか?」
「大演習迷宮で5位だったじゃん」
「あれは時間をかなり使った結果だ」
「それでも5位は5位だよ。それに、ユアンくんって何するか読めないし」
ミリアスはそう言って、菓子を口へ運んだ。
表情は変わらない。
ただ、次の菓子へ手を伸ばすまでに、ほんの少しだけ間があった。
それが何を意味するのか、俺にはまだ分からない。
ルンベルが、ミリアスの抱えた袋をさらに1つ受け取った。
「そろそろ行きましょう。次の店も見るんでしょう?」
「うん。今度は冷たいお菓子があるんだって」
「まだ食べるの?」
「みんなで分ければ大丈夫!」
先ほどと同じ理屈だった。
ルンベルは呆れながらも、袋を返そうとはしない。
ミリアスは俺たちへ手を振った。
「じゃあ、また学院でね!」
「ああ」
「食べすぎるなよ」
「ユアンくんには言われたくないよ」
今度は、俺が言い返せなかった。
ミリアスたちは、人の流れの中へ戻っていく。
ルンベルは数歩進んだところで一度だけ振り返った。
俺たちを見たのか。
それとも、隣を歩くミリアスを気にしたのか。
すぐに前へ向き直ったため、分からなかった。
少し先まで進んだところで、また彼女たちの笑い声が聞こえた。
あの輪の中で笑うミリアスは、確かに楽しそうだった。
ただ、「何とかしてくれそう」と言われた瞬間に止まった指だけが、
なぜか頭に残った。
「行くぞ」
ディムローに呼ばれ、俺は視線を戻す。
ミリアスたちの笑い声は、しばらく人混みの向こうから聞こえていた。




