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第38話 修復では足りない

魔導工房の作業台には、2本の剣が並べられていた。


左の短剣。

右の長剣。


どちらも、原形を失うほど壊れてはいない。


刃には細かな傷が増え、長剣の背には熱を受けた痕跡が残っているものの、

折れてもいなければ、大きく曲がってもいなかった。


外側から見ただけなら、まだ使えると思う者もいるかもしれない。


だが、作業台の上へ浮かべた検査術式は、

表面からは見えない異常を映し出していた。


青白い光が、刃から芯材、柄との接合部を順番になぞっていく。


最後に、内部へ部分的に組み込まれた虚環銀の周囲へ差しかかると、

光の一部が赤へ変わった。


ディムローは記録を最初まで戻し、もう一度再生する。


青白い光が刀身を走り、同じ場所で赤く染まる。

何度繰り返しても、結果は変わらなかった。


第一段階の改修で虚環銀を組み込んだ時、ディムローが想定していたのは、

魔力へ一瞬だけ干渉し、その流れを刀身の外へ逃がす使い方だった。


吸い上げる量は少なく、留める時間も短い。

剣の内部へ、できる限り負荷を残さない。


あくまで魔法を斬るためではなく、逸らすための補助材として組み込んだ。

だが、目の前の双剣には、想定を超える負荷へ何度も触れた痕跡が残っている。


ユアンから聞いた使い方と照らし合わせるなら、

短剣には魔力の端へ触れた瞬間の負荷が、根元付近へ集中しているように見えた。


長剣には、乱れた本流を外へ逃がそうとした際の熱と圧力が、

刀身の広い範囲へ残っている。


最も問題なのは、虚環銀と通常金属の境界だった。


表面には現れていない。

だが内部では、素材同士の接合部へ、細い亀裂に似た歪みが生じている。


魔力へ触れた際の熱が抜けきらなかったのか。

逃がしきれなかった圧力が、境界へ集まったのか。


それとも、虚環銀にまだ分かっていない性質があるのか。


断定はできない。


それでも、1つだけ分かった。

このまま表面を修復して返せば、また同じ場所が壊れる。


次は、今回よりも早く。


「……やっぱり、おかしい」


ディムローは小さく呟き、長剣の背へ視線を落とした。


大演習迷宮で、ユアンが何をしたのか。

本人から聞いた説明は、簡潔すぎた。


複数の生徒と戦った。

ダルタス・エルヴェイグの魔法へ触れた。

鎧砕鬼の攻撃を逸らした。

最後には、双剣で魔力へ触れられなくなった。


それだけだった。


どの程度の魔力へ触れたのか。

何度使ったのか。

どの角度で、どれほどの時間、刀身へ力を流したのか。


詳しく聞こうとしても、ユアンは、


「戦っていたから、正確には分からない」


と答えた。


分からないまま使うな、と言いたかった。


だが、剣がどこまで耐えられるのかを事前に示せなかったのは、

改修に関わった自分も同じだった。


戦闘中のユアンに、剣の内部状態まで正確に判断しろというのも無理な話だ。


分かっている。

分かっているからこそ、腹が立った。


使う側が限界を知らず、作る側も戦場を知らないまま、道具を渡して終わる。


その形に。


ディムローの指が、作業台の縁で止まった。


もし、このまま元へ戻したら、ユアンはまた使うだろう。


同じような場面になれば、剣へ異常を感じていても、

必要だと判断すれば最後まで使う。


そして次に壊れるのが、剣だけとは限らない。


「……直すだけじゃ駄目だ」


口に出した瞬間、工房の扉が開いた。

ディムローは反射的に顔を上げる。


「入るぞ」


返事を待たず、ユアンが中へ入ってきた。


薬学・医療研究棟での経過観察を終え、

工房へ現れたのは、それからしばらく後のことだった。


黒紺の制服。

腰には、学院から借りた短剣と長剣が下げられている。


歩き方に大きな異常はない。


ただ、昨日の実習で傷めた脇腹を庇っているのか、

上体の動きがほんの少しだけ硬かった。


ユアンの視線は、工房へ入った瞬間から作業台の双剣へ向いている。


右手が長剣へ伸びかけた。


「触るな」


ディムローが言うと、その手はすぐに止まった。

ユアンは何も言わず、伸ばしかけた手を下ろす。


素直に引いたことが、かえって双剣の状態を気にしているように見えた。


「経過観察は終わったのか?」


「ああ。今日は激しい鍛錬をするなと言われた」


「アトラス根を飲んだ直後に、真っ先に工房へ来たのか?」


「剣の状態を聞きたかった」


ユアンは迷いなく尋ねた。


「使えるか?」


ディムローは数秒、黙った。

それから、大きく息を吸う。


「お前はまず、自分が使える状態かを聞け!」


工房に声が響いた。

ユアンが目を瞬かせる。


「俺は動ける」


「動けるかどうかを聞いてるんじゃない! 昨日あれだけ戦って、今日アトラス根まで飲んだんだろ!」


「経過観察では問題ないと言われた」


「激しい鍛錬は禁止されたんだろ!」


「ああ。だから今日は使わない。それで、剣は?」


ディムローは額を押さえた。

怒鳴ったところで、この男の優先順位は変わらない。

分かっていたはずなのに、実際に話すと腹が立つ。


「……形だけなら戻せる」


ユアンの目が双剣へ向いた。


「でも、それじゃまた壊れる」


ユアンの視線が、ディムローへ戻る。


ディムローは作業台の術式へ触れた。

双剣の上へ、青白い立体図が浮かび上がる。


通常金属の間を通る細い導線。

そこへ部分的に組み込まれた、銀色の箇所。

いくつかの部分が赤く表示されていた。


「虚環銀そのものが壊れたわけじゃない。少なくとも、今の検査ではそう見える」


ディムローは、短剣の根元付近を示す。


「短剣はここ。同じ場所に負荷が集まりすぎてる。魔力の端へ触れるたび、ここへ負担がかかった可能性が高い」


次に、長剣の背へ指を移した。


「長剣はもっと広い。刀身全体へ力を逃がそうとした痕跡はある。でも、途中で流れが詰まったみたいに歪んでる」


「直せるのか?」


「刃の傷を埋めて、歪みを直し、虚環銀の位置を調整する。それだけならできる」


ディムローは、赤く表示された接合部へ触れた。


「でも、このまま元に戻しても、次に同じ規模の魔法へ触れれば、また同じ場所から歪む」


ユアンは立体図を見つめた。


「同じ使い方をしたら、次はどれくらい持つ?」


「その回数を数えて使うつもりなら、答えない」


「目安は必要だ」


「使い切るための目安じゃない!」


ディムローの拳が、作業台へ落ちかけて止まった。

代わりに、指が台の縁を強くつかむ。


「お前は次も、必要なら同じことをするつもりだろ」


ユアンは否定しなかった。

その沈黙が答えだった。


ディムローは一度目を閉じ、ゆっくり息を吐く。


「方法がないわけじゃない」


ユアンの視線が上がる。


「今の構造は、虚環銀が触れた魔力を刀身へ流して外へ逃がしてる。でも、その道が細すぎる。同じ場所へ負荷が集まらないよう、分散させる経路を増やせば、今回より長く耐えられるかもしれない」


「虚環銀を増やすのか?」


「単純に増やせばいいわけじゃない。増やしすぎれば、必要のない魔力まで引き込む可能性がある。だから量は大きく変えず、流す道を作り直す」


「なら、そうしてくれ」


「簡単に言うな。刀身の芯材から見直すことになる」


「できないのか?」


ディムローは言葉に詰まった。


できない。

そう答えれば、楽だった。


危険だからやらない。

学生の装備へそこまで手を入れるべきではない。

学院の許可や、工房設備の使用申請も必要になる。


断る理由はいくつもある。

それでも、作業台に置かれた双剣から目を離せなかった。


短剣で魔力の流れを崩し、長剣で外へ逃がす。

魔力を持たない人間が、魔法へ届くために作らせた道具。


最初に見た時から、完成しているとは思っていなかった。


まだ先がある。

使用者の動きと、実際に受けた負荷を知れば、もっと良くできるかもしれない。


「……できる可能性はある」


声が、自然と小さくなった。


「でも、対応できる魔力の規模を上げれば、今までより大きな力へ触れられるようになる。その分、逃がしきれなかった力が柄側へ返る危険も増える」


ディムローはユアンの左腕を見る。


「剣が耐えても、お前の腕まで耐えられるとは限らない。流す方向を誤れば、近くにいる人間を巻き込む可能性もある」


「なら、それも含めて調整する」


「どうやって」


「使った結果を持ち帰る」


ディムローが顔を上げる。


ユアンは、当然のことのように続けた。


「最初から完成させる必要はない。使った後に状態を確認して、問題があれば変える。俺の動きと合わないなら、また直す」


「戦いの途中で壊れたらどうする」


「次は、壊れる前に限界を見極める」


「戦いながら簡単に見極められると思うな!」


「だから、お前にも見てもらう」


ディムローは口を閉じた。


ユアンは、作業台の双剣を見る。


「一度だけ、大きな魔法へ触れられる剣が欲しいわけじゃない」


ディムローは黙って聞く。


「必要な時まで、何度でも立っていられる剣にしてほしい」


一度だけ届いて、壊れる剣ではない。

折れないことだけを優先して、必要な魔法へ触れられなくなった剣でもない。

触れるための形を残したまま、何度でも使えるもの。


無茶な注文だった。


けれど、何を求めているのかは分かる。


用途がある。

使う人間がいる。

そして、使った後に何が起きたのかを持ち帰ると言っている。


ディムローの胸の奥で、何かがわずかに動いた。


作ったものは、完成すれば自分の手を離れる。

その先で誰が使い、どんな結果を生むのか、

作り手が、最後まで見届けられるとは限らない。


その当たり前のことを考えるだけで、ディムローの指が動かなくなる時があった。


だが、ユアンは使った結果を持ち帰り、またここへ来ると言っている。


完成品を受け取って終わるのではない。

問題が起きれば戻す。

壊れる前に知らせる。

それを繰り返しながら、一緒に形を変えていく。


そう言っている。



ユアンが、ディムローの手元へ視線を落とした。


「お前は、作れるかどうかより、作った後のことばかり気にしてる」


ディムローの指が止まった。


「作った後まで責任を持ちたいなら、俺がどう使うのかを見ていてくれ」


ディムローは、すぐには返事ができなかった。


責任という言葉は、ずっと重かった。

何も作らなければ、間違った使われ方をすることもない。

誰かへ渡さなければ、何かを傷つけることもない。

そう考える方が、ずっと簡単だった。


けれど、目の前の男は作るなとは言っていない。


使われる先まで見ろ。

一緒に考えろ。

壊れそうなら止めろ。

壊れたなら、次は壊れないように直せ。


そんな形があることを、ディムローは初めて知った。

それを自分が望んでいたのかは、まだ分からない。


ただ、差し出された手を拒みたいとは思わなかった。


「……分かった」


喉の奥から、ようやく声が出た。


ユアンがこちらを見る。


「引き受ける」


「本当か?」


「ただし、俺の言うことも聞け」


ディムローは術式板を引き寄せる。


「使った後は、必ず剣を持ってこい。異常を感じたら止めろ。勝手に限界を決めるな」


「分かった」


「それと、戦った相手のクラスや、触れた魔法の規模。何回くらい受けたか。剣から変な音がしたか、手や腕にどんな反動が残ったか。覚えている範囲で全部教えろ」


「剣の状態だけじゃ足りないのか?」


「足りない。検査で分かるのは、剣に何が残ったかだけだ。どんな使い方をして、どこで異常を感じたのかは、お前にしか分からない」


ユアンは少し考えてから、頷いた。


「分かった。戦った後に、俺が感じたことも含めて伝える」


「絶対だぞ」


「ああ」


「あと、何か変な音がしたら、その場で使用を止めろ」


「戦闘中でも?」


「戦闘中でもだ!」


「状況による」


「今、分かったって言っただろ!」


ユアンがわずかに目を逸らした。

完全に従う気はないらしい。


ディムローは深く息を吐く。

それでも、以前ほど何もできない気分にはならなかった。


この男が無茶をするなら、その無茶へどこまで耐えられるのかを調べる。

危険なら止める方法を考える。

止められなければ、戻ってきた剣から次の形を探す。

少なくとも、何が起きたのかも知らないまま終わることはない。


「数日くれ」


ディムローが言う。


「長いな」


「今すぐ返してほしいなら、分解した部品を袋に詰めて渡してやる」


「数日待つ」


「最初からそう言え」


ディムローは、短剣と長剣を作業台の中央へ並べ直した。


修理すべき箇所は多い。

設計から見直すなら、さらに時間がかかる。


虚環銀の配置。

魔力を逃がす導線。

熱と圧力を分散させる素材。

ユアンの握りと、短剣から長剣へ繋ぐ動作。


調べることは山ほどあった。

それでも、不思議と手は止まらなかった。


元の形へ戻すためではない。

次に、もっと大きな何かへ触れても、戻ってこられる形にするために。


ユアンの双剣は、初めて修復ではなく、再設計へ入った。


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