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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第23話 大演習迷宮・狩場

最初の岩甲獣を倒してから、ユアンは森の中を走り続けていた。


所持ポイントは、まだ10。

狙う順位を考えれば、あまりにも少ない。


だが、序盤から目についた魔獣を片端から倒すつもりはなかった。


簡易地図に表示されるのは、自分が通った範囲と、その周辺だけ。

遠くに魔獣らしい反応が見えていても、種類までは分からない。


低得点の魔獣を追い回し、体力と時間を失えば意味がない。


必要なのは、数ではない。

どれだけ短い時間で、どれだけ効率よく点へ変えられるか。


ユアンは地面に残る足跡を見つけ、速度を落とした。

岩甲獣のものではない。


爪跡が細い。

歩幅は広い。

群れで動いた痕跡もある。


少なくとも3体。

進行方向は、水辺。


足跡の深さから見て、岩甲獣より身体は軽い。

その代わり、移動速度は速いはずだ。


簡易地図に浮かぶ反応と一致する。


ユアンは森の奥へそのまま向かわず、少し右へ進路を変えた。


水辺へ直線で進めば、正面から遭遇する。

だが、あの足跡の間隔なら、群れは獲物を囲うように動く。


こちらが先に側面を取れば、1体ずつ切り離せる。


魔獣を相手にするうえで、単純な強さだけを比べる必要はない。


何を狙っているか。

どう動くか。

どこへ追い込めば、最も楽に倒せるか。


前の世界では、それを読み違えた者から死んだ。


今の魔獣が、前世で見てきたものと同じ種類である必要はない。

少なくとも、こうした低危険度の獣型魔獣には、行動の癖がある。

癖があるなら、利用できる。


ユアンは木々の隙間を抜け、音を殺して水辺へ近づいた。


やがて、低い唸り声が聞こえてくる。


予想どおり。


水を飲む1体。

その周囲を警戒する2体。


灰青色の毛皮。

細長い四肢。

口元から伸びる牙。


風裂狼。

獲物の周囲を走りながら、圧縮した風を飛ばす群れの魔獣。


事前資料では、1体10点。

3体で合計30点。

時間をかける価値はある。


ユアンは腰を落とした。


最初に狙うのは、水を飲んでいる個体ではない。

周囲を見張っている右側。


群れの中で、最もこちらに近い。


短剣を抜く。


一歩。


音を立てずに距離を詰める。


あと数歩というところで、風裂狼の耳が動いた。


気づかれた。

だが、遅い。


狼が振り向くより先に、ユアンは地面を蹴った。


短剣の柄で顎を跳ね上げる。


首が露出する。


長剣を抜き、その隙間へ滑らせた。


青い光。

1体目が消える。


残った2体が同時に動いた。


一方が正面から飛びかかり。

もう一方が側面へ走る。


挟むつもりだ。


ユアンは下がらない。


正面から来た個体へ向かって踏み込んだ。

狼の予想より、さらに内側へ。


爪が届く前に肩をぶつけ、身体をずらす。

そのまま、狼を盾にするように位置を変えた。


側面から放たれた風の刃が、仲間の背をかすめる。


体勢が崩れた。


ユアンは長剣を振り抜かない。


刃の腹で風裂狼の身体を押し、放った側へぶつける。


2体の動きが重なる。


短剣。

長剣。

順に、致命傷判定へ届かせる。


青い光が、続けて2つ弾けた。


視界の端に表示が浮かぶ。

所持ポイント、40。


「悪くない」


双剣へ残った熱は、まだほとんどない。

今回は魔法を受けなかった。

避けられる攻撃まで、虚環銀で処理する必要はない。


ユアンは水辺へ視線を向ける。


次の反応を探そうとした、その時。


迷宮内のどこかで、重い破裂音が響いた。


空気が震える。

木々の葉が一斉に揺れた。


ユアンは音の方向を見る。


赤ではない。

淡い青と白。


別の誰かが、大きな魔法を使ったらしい。


大演習迷宮の至るところで、すでに戦いが始まっていた。



森林区画から離れた、崩れた街並み。


半壊した石造建築の間を、魔獣の群れが走っていた。

数は6体。


黒い外皮。

異様に長い前脚。


壁面を這いながら獲物へ迫る、爬走鬼。


1体あたりの得点は高くない。

だが、狭い廃墟で囲まれれば厄介な魔獣だった。


ルビア・フォルテアは、逃げなかった。


灰白色の長杖を片手で構える。

銀髪が、吹き抜ける風に揺れた。


正面から2体。

左右の壁から、それぞれ2体。

完全に囲まれている。


爬走鬼の1体が壁を蹴り、頭上から飛びかかった。


ルビアは顔すら上げなかった。


長杖の先端に、赤い光が灯る。


速い。


術式を組んだと認識するより早く、炎が形を得る。

細い火線が空中を走った。


頭上の爬走鬼を貫き、そのまま背後の壁へ達する。


青い光へ変わるのを待たず、ルビアは杖を横へ払った。


火線が弧を描く。


左。右。

地面。

壁。


飛びかかってきた魔獣たちが、次々に赤い炎へ呑まれていく。


破壊音。

熱風。


崩れた石壁が、炎の色に照らされた。


数秒後。


その場に残っていたのは、舞い上がる灰と、消えていく青い光だけだった。


6体。

全滅。


ルビアの前に、ポイント加算の表示が連続して浮かぶ。

彼女は一度だけ数字を確認し、すぐに消した。


まだ足りない。

この程度の魔獣を何体倒したところで、1位を取れる保証にはならない。


姉から届いた書簡が、脳裏をよぎる。


停滞は許されません。

必要な疲労回復薬を追加で送ります。

次の報告では、より明確な成果を示してください。


長杖を握る指へ、力が入る。


初撃は問題ない。

炎の立ち上がりも。

威力も。

精度も。


触媒庫で選んだ長杖は、ルビアの魔力へ素直に応えている。

むしろ、以前より出力は上がっている。


それでも。


これで十分だとは思えなかった。


ルビアは再び歩き始める。


前方。


廃墟の奥から、さらに複数の反応が近づいていた。


彼女は杖を上げる。

休む必要はない。


まだ、何も始まっていない。



岩場では、雷鳴が響いていた。


「そこ!」


ミリアスが杖を振る。


高い岩の上にいた鳥型魔獣へ、雷が落ちた。


直撃。


魔獣の翼が硬直し、地面へ落下する。

だが、落ちるより先に別の魔獣が横から迫った。


石の牙を持つ地走獣。


ミリアスは驚くでもなく、左手を地面へ向ける。

足元の土が盛り上がった。


即席の壁。

地走獣がぶつかり、動きが止まる。


「よいしょっ」


気の抜けるような声と同時に、横から水の槍が突き刺さった。


青い光。

討伐判定。


ミリアスは楽しそうに笑った。


「やっぱり、こういうの面白いなあ」


誰に聞かせるでもなく呟く。


雷。

土。

水。


3つの属性を、ほとんど間を置かずに使った。

属性を切り替えるたびに術式を組み直しているようには見えない。

必要な魔法が、必要な瞬間にそのまま出てくる。


次の反応が背後へ現れる。


今度は風。

空気が渦を巻き、飛びかかってきた魔獣の身体を上へ吹き飛ばす。


そのまま水弾を重ね、地面へ叩き落とした。


魔獣が青い光へ変わる。

ミリアスは杖を肩へ担ぎ、増えたポイントを見る。


いい感じ。


けれど、彼女が笑っている理由は順位だけではなかった。

自分の魔法が、昨日より自由に動く。


以前なら、4つの属性を続けて使えば、回路の流れが少し乱れた。


今は違う。


属性同士が邪魔をしない。


水の後に雷を使っても。

土の後に風を使っても。

魔力が引っかからない。


まるで、今まで狭かった道が一気に広がったようだった。


「もう少し、試せるかも」


ミリアスの周囲に、4色の光が薄く浮かぶ。


水。

風。

雷。

土。


まだ本人は、それがどれほど異常なことなのかを深く考えていなかった。


ただ。


今までより強い魔法が使える。

もっと自由に組み合わせられる。


それが、嬉しかった。


岩場の奥から、大型魔獣の咆哮が聞こえる。


ミリアスは目を輝かせた。


「今度は、あっち」


迷うことなく、音の方向へ走り出した。



地下通路には、光がほとんどなかった。

壁に埋め込まれた魔石が、一定間隔で淡く輝いている。


その薄明かりの中を、メルディ・トリステアは1人で進んでいた。


柔らかな金髪。

青い瞳。

黒紺の戦闘服。


胸元には、触媒庫で選んだ首飾りが淡い光を放っている。


前方から、苦しげな声が聞こえた。


「誰か……!」


メルディは足を速める。


通路の曲がり角。

そこには、2人の生徒が倒れていた。


片方は壁へ背を預け、足を押さえている。

もう1人は杖を構えているが、呼吸が乱れていた。


その正面。


腐食した水のような身体を持つ魔獣が、通路を塞いでいる。


泥濁鬼。


物理攻撃を受け流し。

触れた場所へ、魔力を鈍らせる濁りを残す。


倒すには属性魔法で核を探る必要がある。


「下がってください」


メルディが前へ出た。


杖を持っていた生徒が振り返る。


「トリステア? でも、君は治癒――」


最後まで言わせない。


泥濁鬼が腕を伸ばした。


濁った水の塊が、鞭のように通路を薙ぐ。


メルディは右手を上げる。

首飾りが光った。


淡い水の膜が、3人の前へ広がる。


泥の鞭が衝突する。


通常の水なら、濁りへ呑まれて終わる。

だが、メルディの水は違った。


内側から、白い光が滲んでいる。

水へ光属性の性質を重ねた防護膜。


濁りが触れた瞬間、白い光がその性質を薄めていく。


完全には止められない。


水膜が大きく揺れた。

それでも、攻撃は3人へ届かなかった。


メルディは左手を握る。

防護膜の一部が細い水の帯へ変わった。


泥濁鬼の腕へ巻きつく。


引く。


魔獣の身体が、わずかに崩れた。


中心部。


濁りの奥に、黒い核が見える。


「そこですね」


水の帯へ、光が集まる。


白く輝く水刃が核を貫いた。

泥濁鬼の身体が激しく波打つ。


青い光。

消滅。


倒れていた生徒たちが、言葉を失っている。


メルディは討伐ポイントを確認するより先に、2人のもとへしゃがみ込んだ。


「足を見せてください」


「いや、ポイントは……」


「後です」


柔らかな声。


だが、有無を言わせない響きがあった。


怪我をした生徒が、反射的に足を差し出す。

メルディは傷へ手を添える。


骨折ではない。

強く捻り、筋を痛めている。


治癒魔法を薄く流す。


ユアンの時とは違い、患者自身の魔力回路が道になる。

青白い光が、傷の周囲へ滑らかに広がった。


「これで歩けます。ただし、走り続ければ再発します」


「ありがとう……」


「無理はしないでくださいね」


メルディは微笑む。


治療を終え、立ち上がる。

2人を助けたことで、戦闘時間は失った。


その間に、他の生徒は魔獣を倒している。

順位だけを考えれば、効率のいい行動ではない。


それでも、メルディは迷わなかった。


人が倒れている。

治せる。


なら、治す。


そこに順位を持ち込む理由はない。


ただし。


守るだけでは、救える場所まで辿り着けない。

先ほどの魔獣を倒せなければ、治療もできなかった。


守るためには、力が必要だ。


聖女としてではなく。

メルディ自身が選んだこととして。


彼女は地下通路の奥へ目を向けた。


「先へ進みます」


「1人で?」


「はい」


首飾りの光が、胸元で静かに揺れる。


「まだ、助けを必要としている方がいるかもしれませんから」


メルディは再び歩き出した。


その背中を、2人の生徒はしばらく見送っていた。



廃城区画。


崩れた城壁の上に、ダルタス・エルヴェイグは立っていた。


茶色の髪。

黒い瞳。

長身の身体へ、黒紺の戦闘服を纏っている。


眼下では、3体の大型魔獣が青い光へ変わっていた。


彼自身の戦闘は、すでに終わっている。

長い時間はかからなかった。


必要な術式だけを使い。

必要な場所だけを破壊し。

最小限の魔力で、最大限の得点を得る。


派手さはない。

だが、無駄もない。


ダルタスは増えたポイントを確認し、すぐに表示を消した。


城壁の下から、1人の男子生徒が近づいてくる。


Sクラスではない。

Aクラス。


ダルタスを見つけると、安心したように表情を緩めた。


「ダルタス!」


「どうした?」


ダルタスは穏やかに振り返る。


「北側の森に、高得点の魔獣が出たらしい。俺たちは今から向かうけど、君も――」


「教えてくれてありがとう」


柔らかな声。


それだけで、男子生徒は嬉しそうに笑った。


「いや、君なら知っておいた方がいいと思って」


「助かるよ。ただ、僕はもう少しこの周辺を見ていく」


「そうか。分かった」


男子生徒は頷く。

そのまま仲間のもとへ戻ろうとして、足を止めた。


「そういえば、例の推薦枠の剣士も森にいるらしい」


「ユアンか」


「ああ。魔力もないのにソロで入ったらしい。何を考えてるんだろうな」


ダルタスは、わずかに目を細めた。

笑みは変わらない。


「彼は面白いと思うよ」


「面白い?」


「試験場で見ただろう。普通の人間には、あんな動きはできない」


男子生徒が少し不満そうな顔をする。

ダルタスは、その反応を見逃さなかった。


「一度、近くで見てみたいとは思っている」


ただ、それだけ。


倒せとも。

邪魔をしろとも。

何も言っていない。


男子生徒は、しばらく考えるような顔をした。


やがて、


「もし見かけたら、後で教えるよ」


と答えた。


「ありがとう」


ダルタスは微笑む。


男子生徒は満足そうに頷き、少し離れた場所で待つ2人の仲間のもとへ戻っていった。


その背中が見えなくなってから、ダルタスは廃城の向こうへ視線を向けた。


ユアン。


魔力を持たない剣士。


ルビア・フォルテアのために、明らかに自身の手に余る反撃へ飛び込んだ男。


あの時の行動。

判断。

そして、王国側の推薦枠。


まだ分からないことが多い。

だからこそ、興味がある。


最初から、自分で確かめに行く必要はない。


少し言葉を置けば、人は勝手に意味を見つける。


好意。

忠誠。

競争心。

劣等感。

それらを、自分の意思だと思ったまま動いてくれる。


ダルタスは城壁から降りた。


遠くから、岩を砕くような音が響く。

次の獲物がいる。


ユアンのことは、もう少し後でいい。

その頃には。


彼がどれだけ動ける人間なのか、誰かが教えてくれるだろう。



実習開始から、最初の順位更新時刻が訪れた。

迷宮内の空へ、鐘の音が響く。


同時に。


各生徒の前へ、上位10人の名前が光となって浮かび上がった。


ユアンも足を止める。


現在の所持ポイントは、110。


岩甲獣。

風裂狼。

その後に倒した魔獣数体。


効率は悪くない。

だが、上位へ届くにはまだ足りない。


光の一覧が、上から順に表示される。


暫定1位。

ルビア・フォルテア。


2位。

ダルタス・エルヴェイグ。


3位。

ミリアス・セレネ。


4位には、見覚えのないAクラスの生徒。


5位。

メルディ・トリステア。


以下にも、SクラスとAクラスの名前が並んでいる。


ユアンの名前はない。


10位圏外。


当然だった。


まだ、始まったばかりだ。


ルビアの1位にも驚きはない。

最初の討伐速度なら、彼女の炎は圧倒的に有利だ。


ダルタスも予想どおり。


ミリアスは、思っていたより速い。


そしてメルディ。


治癒を中心に動く彼女が、すでに5位へ入っている。

戦闘力まで低いわけではないと、頭では分かっていた。

だが、想像以上だった。


ユアンは表示を見上げながら、次の動きを考える。


現在の所持ポイント。

5位が、どれほど先にいるのか。

残り時間。

地形。

魔獣の分布。

対人戦が本格化するタイミング。


具体的な点差は分からない。

だからこそ、現時点で5位へ合わせようとしても意味はなかった。



序盤の順位など、1度の対人戦で簡単に入れ替わる。

必要なのは、最後にそこへいること。


ユアンは光の一覧が消えるのを待たずに走り出した。


まだ、5位を狙う時間ではない。


今はそこへ届くための点を、できる限り積み上げる。


森の奥から、新たな咆哮が響く。

同時に、別方向から魔法の破裂音が聞こえた。


魔獣か。

生徒か。


どちらでもいい。


大演習迷宮は、少しずつ狩場へ変わり始めていた。


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