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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第15話 薔薇色の炎、借り物の正解

「ルビア・フォルテア」


カルゼン教官の声が、演習場に響いた。


その瞬間、空気が変わった。


かが大きな声を出したわけではない。ざわめきが完全に消えたわけでもない。

ただ、周囲の視線が自然と1か所へ集まった。


ルビア・フォルテアは、静かに前へ出る。


黒紺の制服に、銀白の縁取り。腰まで届く銀髪。

その手には、昨日登録したばかりの長杖があった。


灰白色の木肌。先端には薄紫の魔石。まだ炎は灯っていない。


それなのに、彼女が決闘円へ入っただけで、周囲の魔力が熱を帯びた気がした。


カルゼン教官が軽い調子で言う。


「出力は抑えろよ。ここを焼いたら、俺が始末書を書くことになる」


「分かっています」


ルビアは短く答えた。


必要以上にへりくだる声ではない。

言われなくても分かっているという響きが、ほんの少しだけ混じっていた。


感情の揺れはない。

少なくとも、外からはそう見える。


長杖の先が、決闘円中央の魔導標的へ向き、

ルビアの指先が、ほんのわずかに動く。


次の瞬間、炎が生まれた。

大きくはない。爆発でも、火柱でもない。


細い線だった。


薔薇色を帯びた炎の線が、空気を裂くように走る。


標的の胸元へ吸い込まれるように突き刺さり、

判定陣を中心とした掌ほどの範囲だけを赤く焼いた。


決闘円の外へ炎は漏れない。床も焼けず、結界にも触れない。

周囲の空気だけが、一瞬遅れて熱を思い出したように揺れた。


炎が標的から離れた瞬間、腰まで流れる銀髪の先が、

わずかに色を変えた気がした。


だが、確かめるより早く元へ戻っていた。


判定陣が淡く光る。威力を示す文字が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。


派手ではない。


それでも、演習場全体が一瞬で静まり返った。


アルトス・サランの表情が、わずかに硬くなる。


何を思ったのかまでは分からない。

ただ、ルビアを見る目は、先ほどより明らかに鋭くなっていた。


ミリアスも、笑顔のまま目だけを見開いている。


ダルタスは笑みを崩さなかった。

ただ、ルビアの杖先から目を離していなかった。


俺は炎の跡ではなく、ルビアの手元を見た。

長杖を握る白い指先に、ほんの一瞬だけ赤みが差した気がした。


だが、ルビアが杖を下ろした時には、もう見えなくなっていた。


自然に引いたのか。

それとも、見えないように隠したのか。

今の俺には、まだ分からない。


カルゼン教官は標的を見て、それからルビアへ視線を戻した。


「……抑えてそれか」


「はい」


「いい返事だな。怖いくらいに」


軽口だった。

だが、その声には少しだけ本音が混ざっていた。


カルゼン教官は指揮杖で標的を軽く示す。


「制御はできている。標的以外を焼かない判断も悪くない。決闘円の外へ熱を漏らさなかったのも評価する」


そこで一度、言葉を切った。


「それに、出力の立ち上がりが速い」


ルビアは黙って聞いている。


「決闘ではかなりの強みだ。相手が防御を組む前に届く。今の一撃も、見てから防ぐには遅い」


演習場が、少しだけ静かになる。


ルビアの炎は美しい。


そして、

強く、正確で、速かった。


「ただし、速いからこそ、撃つ前の判断を間違えるな。味方が一歩前に出ただけで、焼く対象が変わる」


カルゼン教官は、軽い口調を崩さずに続ける。


「覚えておけ。お前の炎は、撃つ前に勝負が決まりかねない」


「はい」


ルビアは表情を変えずに頷いた。

反論もせず、誇ることもなく、ただ教官の言葉を受け取る。


そして、静かに決闘円を下がった。

その所作まで、美しかった。


「別格……」


誰かが、小さく呟いた。

その言葉に、誰も反論しなかった。


俺も、反論できなかった。

けれど、胸の奥に残ったのは、美しさだけではない。


誰の目にも、ルビア・フォルテアは炎を完全に支配しているように見えただろう。


それでも俺には、あの一瞬の赤みが引っかかっていた。


本当に炎を従えているのか。

それとも、炎が彼女へ残すものまで隠し通しているのか。

今は、まだ分からない。


分からないまま、カルゼン教官の視線が次の名簿へ落ちた。


「ユアン」


一瞬、周囲の視線がこちらを向く。


魔力を持たないSクラス。

試験場で、ルビア・フォルテアを庇って倒れた男。

いくつもの噂が、混ざっているのだろう。


俺は短く息を吐き、前へ出た。

腰には、借り物の短剣と長剣がある。


いつもの重さではない。

いつもの角度でもない。


それでも、剣は剣だ。


決闘円へ入ると、カルゼン教官が俺の腰を見た。それから、俺の左腕へ視線を移す。


「お前は今日は、生徒同士の実戦確認には入れない」


カルゼン教官は、噛み砕くように言った。


「この後、適性確認が終わった奴から2人組で基礎の組手をやらせる。だが、お前はそこには混ぜない。怪我が残っていると聞いている。剣も借り物。しかも魔法は撃てない。初回から無茶をさせる理由がない」


予想していた。

それでも、胸の奥に小さく刺さるものがある。


「……はい」


「不満そうだな」


「少しだけ」


「正直でよろしい」


カルゼン教官は笑った。


「だが、見学だけでもつまらんだろう。反応を見る」


「反応、ですか」


「そうだ。決闘で最初に崩れる奴は、自分が何に反応できて、何に反応できないのかを知らない奴だ」


カルゼン教官が指揮杖を軽く振る。


標的が消え、代わりに俺の正面へ小さな魔力弾が浮かんだ。


白く淡い球。

威力は低い。


それでも、身体が勝手に警戒する。


「まずはクラス1相当。受けるな。避けるか、流せ」


周囲が少しざわついた。


魔法を撃てない相手に、魔力弾を流せと言う。

普通なら、意味が分からないだろう。


だが、俺は知っている。


できる。

本来の剣なら。


いや、クラス1程度なら、借り物でもやれる。


カルゼン教官の指揮杖が下がった。


魔力弾が飛ぶ。

速くはなく、軌道も素直だった。


俺は短剣の腹で端を軽く叩き、ずれた本流を長剣の背へ乗せる。

正面から押し返さず、そのまま肩の外へ滑らせた。


魔力弾は俺の横を抜け、決闘円の端で結界に吸われる。

手首に軽い衝撃が残ったが、痛みはない。構えも崩れていなかった。


演習場が、妙に静かになった。


派手なことはしていない。

標的を壊したわけでも、魔法を撃ったわけでもない。


ただ、クラス1相当の魔力弾を逸らしただけだ。


分からない者には、避けただけに見えただろう。

けれど、カルゼン教官の目が少し変わった。


「ほう」


その一言だけで、いくつかの視線がこちらへ向く。

ディムローも、端の方で目を見開いていた。


「もう一段、上げる」


カルゼン教官が言った。


「次はクラス2相当だ」


空気が、少しだけ変わった。


クラス1とクラス2。

数字だけなら1つの差だが、魔法の圧は別物だ。


俺は息を整える。


クラス2程度。

本来の双剣なら、ほぼ無傷で流せる。


だが、今の剣で同じことができるかは別だった。


分かっていた。

頭では、分かっていた。


借り物の剣だ。

いつもの角度では受けるな。

深く噛ませるな。


そう意識していたはずだった。


だが、クラス2相当と聞いた瞬間、身体の奥が少しだけ硬くなった。


さっきより重い。

さっきより速い。


その圧を前にした時、俺は一瞬だけ、借り物の剣を使っていることを忘れた。


いや、忘れたわけではない。

もっと悪い。


身体が、慣れた正解へ逃げた。


カルゼン教官の指揮杖が動く。

先ほどより濃い魔力弾が浮かんだ。白い球の輪郭が、少し硬い。


飛んだ。


速さも、重さも、さっきとは違う。


俺は動く。

身体が、いつもの正解を選ぶ。


左の短剣が出た。


魔力弾の端へ触れる。


その瞬間、分かった。


角度が浅い。

本来の短剣なら、魔力弾は刃の傾斜に沿って外へ滑る。


だが、借り物の刃は薄く、受ける面も狭い。

逃がしきれなかった圧が、短剣を通して左手首へ食い込んだ。


刃が、聞き慣れない高い音を立てる。

俺の短剣なら出ない音だった。


重心も違う。

外へ逃げるはずの力が、手首へ残る。


まずい。


次の瞬間、カルゼン教官の指揮杖が光った。


魔力弾が空中でほどける。


「止めだ」


演習場が静まった。


俺は左手を下げる。


手首に、嫌な痺れが残っていた。

痛いほどではないが、止められていなければ確実に構えを崩されていた。


「今のは駄目だ」


カルゼン教官が言う。


「剣に身体を合わせていない。借り物の重心に対して、手首の角度だけが妙に完成されすぎている」


カルゼン教官は、俺の左手にある短剣を指した。


「その剣ではなく、別の剣で覚えた動きだろう。身体が、いつもの武器での正解を選んだ」


俺は歯を食いしばる。

知っていたというより、見抜かれた。


今の一瞬だけで。


クラス6。


決闘魔法の教官。

軽い口調でも、その目は誤魔化せない。


「武器が違えば、できることも違う。昨日までできたことを、今日もできると思うな」


正論だった。

痛いほどに。


周囲から、小さなざわめきが聞こえた。

何を言われているのかは、どうでもよかった。


それよりも、自分では分かっていたはずの違いへ、

身体が対応できなかったことが悔しい。


思っていたよりも、ずっと。


「ただし」


カルゼン教官が言った。


「反応は悪くない」


俺は顔を上げる。


「今のは判断が遅れたんじゃない。身体が、いつもの武器での正解を選んだだけだ」


演習場の空気が少し変わった。


「つまり、今日はその正解を捨てろ」


「捨てる、ですか」


「借り物には、借り物の使い方がある。お前が今日学ぶのは、決闘魔法以前にそこだ」


カルゼン教官は軽く笑った。


「授業料は高いぞ。腕1本で済むうちに覚えろ」


笑えない冗談だった。

だが、教官の言う通りだった。


武器が違う。

身体が違う。

状況が違う。


それなのに、俺は昨日までの正解を使おうとした。


それでは駄目だ。


分かっている。

分かっているからこそ、悔しかった。


「もう一度、やるか?」


カルゼン教官が聞いた。


「お願いします」


答えは、すでに口から出ていた。

カルゼン教官の口元が、わずかに上がる。


「いい返事だ」


今度は、正面ではなく斜めから魔力弾が浮かんだ。


先ほどと同じ、クラス2相当。


速くはない。

だが、重い。


そして、角度が違う。


俺は短剣に手をかける。


いつもの動きを捨てろ。

借り物の短剣で、できる範囲を選べ。


受け流すな。

深く触れるな。

端を叩く。

ほんの少しだけ、軌道をずらす。


魔力弾が飛んだ。


俺は踏み込まず、半歩だけ横へずれる。


短剣の腹で受けるのではなく、柄に近い部分で軽く弾く。

そのまま長剣は出さず、無理に流そうとしない。


避ける。


弾く。


通す。


鈍い衝撃が手首へ残る。

それでも、さっきよりは軽かった。


魔力弾は俺の肩をかすめるように外れ、決闘円の端で結界に吸われる。


「止め」


カルゼン教官が言った。

今度は、魔力弾を消さなかった。


俺は短く息を吐く。


成功とは、言いづらい。


本来の動きではなく、綺麗でもない。

ただ、借り物の剣で、今できる範囲を選んだだけだ。


そして、腕は残っている。


「今の方がいい。少なくとも、腕を差し出すよりはな」


「……はい」


周囲の反応は微妙だった。


すごい、という空気ではない。

むしろ、何が評価されたのか分からないという顔が多い。


当然だ。


今のは派手な魔法でも、華麗な剣技でもない。

ただ、クラス2相当の魔力弾を、不格好に避けただけだ。


分かる者でも、評価に迷うだろう。


避けたのか。

逸らしたのか。

失敗を誤魔化したのか。

最低限だけ成功したのか。


たぶん、その全部だった。


けれど、カルゼン教官は俺を見ていた。


ディムローも見ていた。


そして、ルビアも。

赤い瞳が、こちらへ向けられている。


俺が視線を返した瞬間、ルビアは何事もなかったように決闘円へ目を戻した。

その右手が、長杖の柄をほんのわずかに握り直す。


何を意味するのかは、分からなかった。


今朝の廊下が、一瞬だけ頭をよぎる。


避けられているのか。

それとも、ただ俺が意識しすぎているだけなのか。


分からない。

分からないことが、思った以上に胸へ残った。


「戻れ」


カルゼン教官が言う。


「今日はそこまでだ。無茶をしたいなら、まず自分の剣を取り戻してからにしろ」


「はい」


俺は決闘円を下がった。


借り物の短剣が、腰でかすかに揺れる。


重さはある。

だが、やはり俺の剣ではない。


適性確認が一通り終わると、カルゼン教官は生徒たちを2人組に分けた。


本格的な決闘ではない。

低出力の魔法を撃ち、受け、防ぎ、降参すべき距離を覚えるための基礎組手だった。


俺は、そこには入らなかった。

カルゼン教官に止められたからだ。


仕方がない。


そう分かっていても、決闘円の外に残されれば、嫌でも思い知らされる。

今の身体と借り物の剣では、生徒同士の組手に混ざることさえできない。


資格がないわけではない。

ただ、今の俺には、まだ足りない。


Aクラスの生徒が防壁を張る。


Bクラスの生徒が、結界内で水弾を飛ばす。


Sクラスの何人かは、当然のようにその上を行く。


ダルタスは、最後まで余力を残したように見えた。

ディムローは相変わらず、決闘円そのものを観察している。


俺は、そのすべてを決闘円の外から見ていた。


アルトスの堅実な術式。

ミリアスの柔らかな多属性。


ルビアの、別格の炎。


そして、自分の手の中に残る、さっきの感覚。


見ているだけでは足りない。

けれど、今は見るしかない。


カルゼン教官の言葉が、頭の奥に残っていた。

昨日までできたことを、今日もできると思うな。


その通りだ。


足りないものを数え始めれば、きりがない。

だが今日、少なくとも1つは分かった。


過去に覚えた正解へ縋るだけでは、次の一撃には間に合わない。


俺は、もう一度決闘円の光を見る。

白い線が、静かに床を走っていた。


まずは見る。


覚える。


そして、次に動けるようにする。


最初の決闘魔法は、華々しい始まりではなかった。


けれど、今の自分が何を捨て、何を覚え直さなければならないのか、

それを知るには、十分すぎる授業だった。


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