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死の運命の弾き方  作者: タカツキビヨン


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第14話 最初の決闘魔法

翌朝。


目を覚まして最初に感じたのは、腰の違和感だった。


寝ている間に剣を身につけていたわけではない。

それでも起き上がった瞬間、身体は右と左にあるはずの重さを探した。


昨日借りた学院備品の短剣と長剣は、机の横に立てかけてある。

よく整備され、普通に使うなら十分すぎる剣だ。


けれど、俺の剣ではない。


「……慣れるしかないか」


小さく呟き、借り物の剣を腰へ下げる。

重さは戻った。それでも、身体の中には薄いズレが残っている。


いや、切り替えよう。


俺は自分の頬を軽く叩き、カーテンを開けた。

朝日が部屋に差し込む。白い光を浴びると、少しだけ頭が冷えた。


今日の最初の授業は、決闘魔法。


魔法を撃てない俺が取るには、あまりにも場違いな科目だった。


しかも、怪我は完全には治っていない。

治癒魔法で動ける程度には戻り、痛みもかなり引いているが、

左腕の奥にはまだ鈍い重さが残っていた。


本来の双剣もなく、身体も万全ではない。

普通に考えれば、今日は大人しくしているべきだ。


それでも、俺はこの授業を選んだ。


魔法使いがどう戦うのか。

ルビアがどう戦うのか。


それを知らないままでは、また間に合わないかもしれない。


そんなことを考えながら、俺は部屋を出た。


1年生寮の中央ホールは、朝から賑わっていた。

食堂へ向かう生徒。講義棟へ急ぐ生徒。まだ眠そうな顔で掲示板を見上げる生徒。


Sクラスの一人部屋とは違い、

下位クラスの相部屋組は、すでに小さな集団を作っている。


学院生活は、もう始まっていた。


俺はホールを抜け、講義棟へ向かう。

途中で、ミリアスの明るい声が聞こえた。


「おはよ、ユアンくん!」


振り向くと、ピンク色の髪が朝の光を弾いていた。

ミリアス・セレネは、昨日の疲れなどなかったかのように笑っている。


「おはよう」


「今日、決闘魔法だよね? ユアンくんも取ってたよね」


「ああ」


「怪我、大丈夫なの?」


「動けるくらいには」


「それ、大丈夫って言わない気がするけど」


ミリアスは少し眉を下げ、すぐに俺の腰へ視線を移した。


「あれ、剣、変わった?」


「借り物だ」


「昨日の虚環銀のやつ?」


「それで預けた」


「そっか……」


すぐに別の話へ移るかと思ったが、

ミリアスは腰の借り物へ、もう一度だけ視線を落とした。


そうしているうちに、廊下の向こうに銀色が見えた。


ルビア・フォルテア。

黒紺の制服に銀白の縁取り。腰まで届く銀髪は、朝の光を受けて冷たく輝いている。


ルビアは食堂から来た様子ではなかった。

おそらく、朝食は自室で済ませたのだろう。


大公家の令嬢が、朝の食堂で列に並ぶ姿はあまり想像できない。


俺は一瞬、足を止めた。

昨日、彼女は俺の名前を呼んだ。


この前の続きだけれど、と言いかけた。


今なら、少しは話せるかもしれない。

そう思った。


ルビアもこちらに気づいた。

赤い瞳が、まっすぐ俺を見る。


睨んでいるわけではない。

怒っているわけでもない。


ただ、じっと見ていた。


その視線が、俺の隣にいるミリアスへ移る。

それから、もう一度だけ俺へ戻った。

ほんの一瞬のことだった。


俺は口を開きかける。


だが、その前に、ルビアの右手が制服の裾をほんのわずかにつまんだ。

それも一瞬だった。


彼女は何も言わず、静かに視線を逸らして歩いていく。


俺は廊下の中央で、数秒だけ固まった。


「……避けられたか?」


思わず漏れた声に、ミリアスが気まずそうに笑う。


「え、えっと……たまたまじゃない?」


たぶん、慰めだった。

つまり、たまたまではないと思われたということだ。


胸の奥が少しだけ沈む。


嫌われた。

そう決めつけるには早い。


それでも、今のは避けられたようにしか見えなかった。


「行こう」


俺はそう言って歩き出した。

ミリアスは少しだけ何か言いたそうにしたが、結局、何も言わずについてきた。



決闘魔法の演習場は、講義棟の裏手にあった。


円形に整えられた白石の床には、複数の決闘円が刻まれている。

壁際には観覧席のような段差があり、

その上部には勝敗判定用らしき術式が浮かんでいた。


演習場全体を覆うように薄い結界が張られ、魔力の気配が濃く満ちている。


だが、触媒庫とは違う。

ここに満ちているのは、静かな危険だった。


すでに何十人もの生徒が集まっていた。


演習場の入口には受講者名簿が浮かび、名前の横に所属クラスが記されている。

Sクラスだけでなく、AクラスやBクラスからも受講者が集まっていた。


さらに、治療中や実技制限のある生徒の名前には、小さな印が添えられている。

俺の名前の横にも、左腕の負傷を示す黄色い線が入っていた。


少なくとも、怪我を隠したまま勝手に参加しているわけではないらしい。


決闘魔法は、ただ人気があるだけの授業ではない。

それなりの実力者が集まる科目。

そう見てよさそうだった。


Sクラスの顔ぶれは、やはり目立つ。


ルビア。


ミリアス。


ダルタス。


ディムローの姿もある。


ディムローが決闘魔法を取っていたのは少し意外だったが、

本人は端の方で完全に観察する側の顔をしていた。


あれは戦う気がある顔ではない。

術式や触媒や結界を、分解して見ようとしている顔だ。


一方、Aクラスにも目立つ生徒がいた。


アルトス・サラン。


ディアクラウン王国の貴族。

以前、王国の有力家系を調べていた時に、名前を見たことがある。


身長は175cmほど。

細身というより、鍛えられた体格で、真面目そうな顔立ちをしていた。

派手ではないが、立ち方だけで分かる。

あれは、努力を積み重ねてきた人間の立ち方だった。


周囲のAクラス生徒からも、一目置かれているように見える。


彼の視線が、一瞬だけルビアへ向いた。


その目に好意的な色はない。


王国の貴族にとって、フォルテア大公家の令嬢は、

単なる同級生として片づけられる相手ではないのだろう。


王家と大公家。

そして、その周囲にいる貴族たち。


その距離感は、俺が思っているよりずっと複雑なのかもしれない。


「全員、集まったな」


軽い声が、演習場に響いた。

入ってきたのは、30代ほどに見える男だった。


短く整えられた灰茶色の髪。

片手には細身の指揮杖を持ち、黒紺の教官服を少し着崩している。


第一印象は、緩い男だった。


だが、次の瞬間、その印象は変わった。

男が決闘円の中央に立っただけで、演習場の魔力が整った。


張り詰めるのではない。

散らばっていた気配が、自然と中央へ向く。


放出された魔力そのものを感じ取れなくても、

立っただけで場を整える技量は分かる。


おそらく、クラス6前後。

少なくとも、軽い態度だけで侮っていい相手ではなかった。


「俺はカルゼン・ロウ。決闘魔法を担当する」


男は軽く手を上げた。


「気楽にいこう。初回から死人が出ると、俺の評価が下がる」


何人かが小さく笑った。

カルゼン教官も笑った。


けれど、その目は笑っていなかった。


「ただし、勘違いするな」


声の軽さが、少しだけ落ちる。


「決闘魔法は喧嘩じゃない。相手を派手に吹き飛ばす遊びでもない。勝敗と責任を、死人なしで成立させる技術だ」


演習場が静まる。


「決闘には形式がある。結界がある。証人がいる。降参がある。勝敗判定がある。責任の所在がある」


カルゼン教官は、指揮杖で床の決闘円を軽く叩いた。


白い線が淡く光る。


「お前たちは今日から、相手を殺さずに勝つ方法と、壊される前に負けを認める方法を学ぶ」


軽い口調のまま、言っていることは重い。


「派手に撃ちたいだけの奴は帰れ。決闘魔法は、魔法使いが社会の中で暴力を扱うための技術だ」


俺はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。


社会の中で暴力を扱う技術。

ただ戦うだけではない。


形式。

証人。

責任。


それらは、いつか別の形で必要になる気がした。


「さて、初回だ。まずは適性を見る」


カルゼン教官が指揮杖を振ると、中央の決闘円が淡く光った。


その中心から、人間の輪郭を模した白い魔導標的がせり上がってくる。

分かりやすく言えば、カカシのようなものだ。


木でも布でもない。


白い魔導素材で作られた人型の標的で、胸元には小さな判定陣が刻まれている。

攻撃を受けた部位と威力を記録する仕組みらしい。


「出力は抑えろ」


カルゼン教官が言う。


「今日は勝負の日じゃない。自分に何ができるのか知る日だ」


最初に呼ばれたのは、Bクラスの生徒だった。


クラス1。


属性は風。


緊張した様子で決闘円に立ち、短い風刃を標的へ向けて放つ。


術式は成立している。

速度も悪くない。


ただ、軌道が少し広がりすぎていた。

風刃は標的の肩口をかすめ、決闘円の端へ流れかける。


カルゼン教官は頷いた。


「悪くない。だが、決闘円の外へ漏れかけた。勝ちたいなら、まず相手だけを狙え。」


次に、別のBクラス生が呼ばれる。


こちらもクラス1。


水弾を標的へ向けて作ったが、発射前に形が崩れた。

本人は悔しそうだったが、カルゼン教官は軽く笑う。


「焦るな。形を保てないなら撃つな。撃たなかった判断は、撃って失敗するより上だ」


Bクラスの中では上位なのだろう。


術式を成立させ、標的へ放てるだけでも、

魔法を持たない俺には簡単なことではない。


ただ、この授業には比較対象が多すぎた。


次に、Aクラスからアルトス・サランが呼ばれた。


「アルトス・サラン」


「はい」


アルトスは落ち着いて決闘円へ入る。


杖を構えた。

わずかな間もなく、足元の白石が低く震える。


次の瞬間、短い土槍が形成された。


速い。


派手ではないが、無駄がない。

土槍はほとんど軌道をぶらすことなく、標的の胸元へ正確に打ち込まれた。


標的が鈍い音を立てて揺れる。

胸元の判定陣が淡く光り、命中位置と威力を示すように細い文字を浮かべた。


「いいな」


カルゼン教官が言った。


「綺麗だ。術式の立ち上がりも、照準も崩れていない。Aクラス上位らしい基礎だ」


周囲が小さくざわつく。


アルトスは礼をして、静かに下がった。


誇るでもない。

媚びるでもない。

評価を受け取り、次に備える。


真面目な生徒だ。

少なくとも、小物ではない。


だが、その後だった。


ミリアス・セレネが呼ばれる。


「はいはーい」


軽い返事。


カルゼン教官が眉を上げる。


「返事は元気だな。術式もその調子で頼む」


「頑張ります!」


ミリアスは標準杖を構えた。


水が生まれる。

次に、風が絡む。


水の球が、風に乗って滑るように標的へ向かった。

ただの水弾ではない。


水球は風に押されているようには見えなかった。

水と風が互いを邪魔せず、最初から同じ軌道を描いている。


標的の横を通り過ぎる寸前、水球がほどけ、

細い水刃となって標的の側面を叩いた。


軽い。


だが、上手い。


アルトスの術式が「綺麗」なら、ミリアスの術式は「柔らかい」。

型に押し込めるのではなく、属性同士を遊ばせているようだった。


「多属性持ちは雑になりやすい」


カルゼン教官が言った。


「異なる属性を同じ術式へ押し込めば、普通は互いに干渉する。水と風も、ただ重ねただけでは軌道が崩れる」


演習場の何人かが頷いた。

それは初歩中の初歩なのだろう。


カルゼン教官は、ミリアスを見る。


「だが、お前は切り替えたんじゃない。最初から1つの術式として組み上げているな」


周囲の視線が変わった。

Aクラスの何人かが、息を呑んでいる。


アルトス・サランも表情こそ崩さなかったが、目だけがほんの少し鋭くなった。


Sクラス。

その言葉の意味が、少しずつ形になっていく。


「ありがとうございます!」


ミリアスは明るく笑って下がる。


軽い調子。


けれど、今の一瞬で、周囲は彼女の見方を少し変えたはずだ。


そして。


カルゼン教官の視線が、次の名簿へ落ちた。


「ルビア・フォルテア」


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