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フィリアはアンセルのエスコートで、セクトウェルス侯爵邸のホールへと足を踏み入れた。
ホール内は絢爛豪華に飾り立てられ、目も眩むほど。
デビュタントたちは純白のドレスを纏い、浮き立つ心を押さえ込むように頬を朱く染めている。
だが比較的年長であるとはいえ、それ以上にフィリアの心は凪いでいた。
ただただ、領民たちの心尽くしのドレスだけがフィリアを奮い立てている。
皮肉にもその落ち着いた佇まいと陰のある表情は人々の関心をひき、品定めの目に晒されている。
輝くばかりのリネットに隠れていただけで、フィリアとて決してただ地味な娘ではない。
身内の贔屓目を除いたとしても、家柄も容姿も、ましてや性格も。
何一つ不足はないのだから。
アンセルは妹の側を離れず、また不埒な目線から隠すことに徹した。
夜会はつつがなく進んでいく。
今夜ばかりはリネットも社交をこなすのに必死で、フィリアに近づくこともできずにいる。
アンセルとフィリアは今後も関わりのありそうな家格の家々に面通しをして、それからは後方に控えていた。
「アンセル。そのまま」
壁の飾りと化していた二人の間から声がした。
そして指示の通り、前を向いたまま耳を傾けた。
「少しだけでいい。二人になりたい」
「いけません」
「頼む。ほんの少しだけだから」
「……シシアス。だめだ。許されない」
「お願いだ、アンセル。お願いだから……」
フィリアは何も言えなかった。
浅くなる呼吸の中、微笑みだけは崩さなかった。
「……バルコニーに。話が聞こえない程度に控えている」
「アンセル!」
「共に動くと目立つ。俺たちは後から行く」
「恩に着る」
足音が遠ざかっていく。
そっと兄の顔を伺うと、苦悶の表情を浮かべている。
「お兄様」
「……分かっているな、フィリア」
フィリアは微笑んだ。そして小さく頷いた。
アンセルは妹のそんな顔は見たくなかった。
妹はもう、これまでのようには笑えないのだ。




