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「よく似合っているわ」
「ありがとう、お母様」
フィリアのデビュタント用のドレスが完成した。
決して派手ではないが、子爵家の娘として全く恥ずかしくない出来栄えだ。
家格に見合わないデビュタントを控えた娘のために、父と母がどれほど心を砕いてくれたのか。
痛いほどの思いが伝わってくる。
なにより、敬愛する領主の娘のためにと領内の女たちが総出で仕上げてくれたのだそうだ。
目を悪くした老婆でさえ、効かない指でも時間をかけてレースを編んでくれたのだという。
フィリアはその気持ちが嬉しく、また誇らしかった。
試着の様子を横で眺めていたアンセルと目が合う。
軽くポーズをとって見せると、兄は妹を愛しむように、改めて全身を見てからそっと笑った。
「綺麗だよ」
「お兄様が素直だとこわいわ」
「なんだよ、せっかく褒めてやったのに。エスコートしてやらないぞ」
「意地悪言わないで。お兄様にエスコートしてもらえるなんて、最初で最後かもしれないのよ」
デビュタント当日のフィリアのエスコートはアンセルが請け負ってくれることになった。
これを終えればそうそう夜会に出るようなこともないし、次の機会までにはきっと婚約が調っている。
その時自分の隣には誰が立っているのだろうかと思いかけて、フィリアは考えるのを止めた。
そうしなければきっと、泣き出してしまったことだろう。
アンセルはじっと、その横顔を見つめていた。
試着を終え、フィリアは自室に戻った。
さすがに一張羅の試着とあって、緊張で固まっていた身体がやっと解放されたようだ。
ややあって、ノックの音と同時にアンセルが顔を出す。
「いつも言っているけど、ノックと同時に入ってきたら意味がないわ」
「ああ、うん……ごめん」
「お兄様?」
アンセルは周りを伺うように見てから扉を閉め、そして覚悟を決めたような顔でフィリアを見た。
常にない雰囲気に、フィリアにも緊張が走る。
「怖い顔をして……どうしたの?」
「お前に渡すものがある」
「なに?」
アンセルが白い箱を差し出す。
受け取ったフィリアが箱を開けると、レースが一本入っていた。
最高級の手仕事が伺える、花嫁のためのような純白のレースだった。
「……っ」
シシアスは約束を守ってくれたのだ。
こんなにも美しく儚いレースを、フィリアに贈ってくれた。
このあまりに大きな愛を受け止めきれない。
何も考えずに全て包まれてしまいたい。
今すぐにでも、シシアスの胸に飛び込みたい。
フィリアはレースを抱きしめて、しゃくりあげるように、しかし必死に声を潜めて泣く。
そんなフィリアの呼吸が落ち着くのを見計らって、アンセルはまた一つ、覚悟を決めた。
「……もう一つ、お前に伝えておきたいことがある」
「伝えておきたいこと?」
「きっと辛いと思う。でも、先に知っておいた方がいいと思うから」
「なにを……?」
「デビュタントの日に、シシアス様の婚約が発表される。お相手はアルクラース伯爵家のエレイン様だ」
「!!!」
息ができない。
分かっていた。この日が来ることは分かっていた。
だって、フィリアの隣にシシアスが立っている未来は、夢ですらなかった。
箱を抱えたまま冷たい床に座り込んで動かなくなった妹を、アンセルはそっと抱き上げてベッドに運んでやった。
声もあげず、ただ涙を流す姿はあまりに痛ましい。
アンセルは父譲りの堅実な判断を好む。
だからこそ夜会中に妹が取り乱すことのないよう、先に事実を伝えて覚悟を決めさせることを選んだ。
それでも、アンセルの胸には確かに後悔もあった。
最初から止めていれば。
淡い初恋を、もっと早く壊しておけば。
たった一人の大切な妹は、こんなに傷つかずに済んだのに。
枕元にあったハンカチを手に握らせてやって、アンセルはそっと部屋を出た。
これ以上は、見ていられそうもなかった。




