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いよいよ、セクトウェルス家から各家にリネットのデビュタントの日程が知らされた。
侯爵家の御息女のデビュタントともなれば、その規模は想像に難く無い。
今か今かと待ち構えていた多くの家からも、デビュタントを迎える年頃の娘たちが招かれることだろう。
その中で最も身分が低いのはフィリアで間違いない。
あくまでリネットがフィリアに懐いており、ヴェラコルダが元々はセクトウェルスから与えられた縁のある土地だから通った話である。
侯爵家の姫君のための夜会で遅まきながらデビュタントを迎えるなど、本来は子爵家の娘には過ぎた話なのだ。
その日、フィリアはリネットに招かれてセクトウェルス家の邸を訪れていた。
二人でお茶を飲みながらおしゃべりをしていると、リネットはおもむろにレースの見本を出してきた。
「まぁ! とても素敵なレースね」
「このレースを使ったドレスにしたいと思っているの。それでね、お姉様とお揃いのドレスにしたいの」
「リネット、それは無理だわ。私には私に相応しいドレスがあるのよ」
「そんなこと言わないで。そうだ、お兄様からプレゼントすれば良いのよ!」
リネットの無邪気さは、フィリアの胸を切り裂いた。
ドクドクと血が流れるような感覚を堪えて、フィリアは薄く笑う。
「私はお父様が送ってくださるドレスを楽しみにしているのよ」
「おじさまが? どんなドレスなの?」
「さぁ。試着までのお楽しみね。でもきっと私に相応しいドレスを選んでくださるわ」
「ご自分で選ばなくてよろしいの?」
「私とリネットは違うのよ。リネットは主役なのだから、自分でしっかり決めなくてはね」
「でも私、お姉様と同じが良いわ」
普段からフィリアには甘えたなリネットではあるが、ここまで引かないのは珍しい。
夜会の支度が進むにつれ、さすがに重圧を感じているのかもしれない。
フィリアが宥めようと口を開きかけたとき、ノックの音が響いた。
「失礼、お姫様たち」
「シシアス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、フィリア。少し声が聞こえたものだから。リネットがすまないね」
「お兄様! 私がお姉様を困らせているみたいに言わないで」
「現にこんなに困った顔をさせているじゃないか」
ハッとしたようにフィリアの顔を見て、リネットはばつが悪そうに目を伏せた。
そんなリネットに寄り添うように、シシアスは隣の席に座る。
「だって私のせいでお姉様のデビュタントが遅れてしまって……」
「あなたのせいではないわ。そもそも私はもっと小さな夜会でデビュタントを迎えるべきなのよ」
「お姉様はいつもそればっかり!」
珍しく鋭い声を出したリネットは、今にも泣き出しそうな顔をしている。
シシアスはそっと妹の頭を撫で、困ったように笑う。
「リネット、良い加減にしなさい。本当は分かっているんだろう」
「……分かっているわ」
「そうだろ。お前は賢い。フィリアを困らせてはいけないよ」
「少し、下がります。すぐに戻るわ」
そう言ってリネットは退室してしまった。
高位貴族の娘として、人前で涙を見せるわけにはいかないのだ。
思いがけずシシアスと二人きりになってしまい、フィリアの胸は高鳴った。
気まずさから下げていた視線を上げると、シシアスは切ない瞳でフィリアを見つめていた。
ここのところシシアスは、この表情でフィリアを見つめることが増えた。
「シシアス様……?」
フィリアがその視線の意味を問うより、シシアスの方が早かった。
「ドレスは送れないけれど、レースを贈らせてくれないか」
フィリアは咄嗟に自制した。
そして、一瞬でも喜んでしまった自分を恥じた。
「それは、あまり……」
「白いレースを贈りたいんだ。世界で一番美しくて、君に似合うものを。私が選んで、君に」
「シシアス様」
数秒、二人は見つめ合った。
もしあの扉が閉まっていたなら。
もしここが侯爵家の邸宅でなかったなら。
もし、二人の立場が違ったなら。
「……また」
振り切るように立ち上がると、シシアスは盗むようにフィリアの髪に口づける。
それはまるで祈りのようでもあり、赦しを乞うようでもあった。




