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「お呼びですか、父上」
シシアスは父侯爵に呼び出され、書斎を訪れた。
目で促され、ソファに腰掛けて話の続きに耳を傾ける。
「リネットのデビュタントの日程を決めた」
「!」
「それなりの規模の夜会になる。お前も気を引き締めなさい」
「はい。お任せください」
シシアスは少しの緊張と、喜びを抱いた。
リネットがデビュタントを迎えるということは、つまり。
「それから、お前の婚約も進める」
晴天の霹靂とは言わない。
シシアスもいずれセクトウェルス侯爵家を継ぐのだ。
いつかこの時が来ることは覚悟していた。それでも。
「父上、私は」
フィリアを愛しています。
そう続けるはずだったシシアスの声は問答無用で遮られた。
「アルクラース伯爵家の御息女もデビュタントにお招きする」
「父上!?」
「当日はお前の婚約も発表する。お前は婚約者のエスコートをするのだ」
「お待ちください! 私は」
「シシアス」
鋭い声だった。
怯んだシシアスを一瞥し、侯爵は呆れたようにパイプに火をつけ、煙を吐いた。
「遊びは終わりだ、シシアス」
「遊びなどと、私は」
「あの娘は諦めなさい」
「! お気づきだったのですか」
唇を震わせる息子を、侯爵は鼻で笑った。
「子どものじゃれあいにいちいち口を出さぬだけのこと」
「私は……私は本気です。本気でフィリアを愛しています」
「そうか。では妾にでもするがいい」
思わず拳を振り上げそうになり、シシアスはなけなしの理性で堪えた。
「たとえ父上でも、フィリアを侮辱することは許せません」
「では聞くが。仮に妻に迎えたとして、いかにして守る?」
「フィリアは賢い。努力もできる。きっと期待に応えてくれます」
「侮られたものだな。なんの後ろ盾もない、教育も受けていない子爵家の娘に務まるほど、お前の母は楽に見えるらしい」
「そのようなことは」
拳を握り込むシシアスを憐れむように見て、侯爵はもう一度煙を吐いた。
「私とてあの娘のことは気に入っている。だからこそリネットと共にデビュタントを迎えることを許した」
「……」
「だが、そこまでだ」
「それでも、私はフィリアを忘れることなど」
「どうしても諦められないというのなら、別邸を用意しよう。ヴェラコルダ卿には私が話をつけてやる」
「父上!!」
侯爵はとうとう苛立ったように灰皿にパイプを叩いた。
パイプノッカーではなく皿に直接当たり、机上に灰が散らばる。
常に泰然とした父侯爵の姿しか見たことのないシシアスは、その本気の怒りの前に怯んだ。
「お前が今そこにあるのは、青き血の責務を果たすためだ。ゆめゆめ忘れるな」
手で払うように退室を促され、シシアスは自室に下がる他なかった。
煙が頭に詰まったようだ。
のろのろと進む脚は重く、底なし沼に落ちていくかのようだった。
どこかで分かっていた。
自分はどこまでも貴族で、誉れあるセクトウェルス侯爵家の嫡男だと。
それゆえに、自らの意思で妻を選ぶことはできないのだと。
それでもシシアスの心はフィリアを求めていた。
小さい頃に一度だけ見た、あの凪いだ海のような深い青の瞳も。
秋の豊かな作物を思わせる栗色の髪も。
穏やかに耳をくすぐる笑い声も。
全てが、シシアスのものなのに。




