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礼拝を終え、両家は昼食を共にすることになった。
教会の側の薔薇園で美しい花々を楽しみながら、軽食に舌鼓を打つ。
どこまでも穏やかな時間だ。
そして食後のお茶を楽しむ両親を机に残し、子ども達はいつも通り散策に向かう。
「あまりリネットを歩かせるなよ」
「分かっていますよ!」
セクトウェルス侯爵が声をかけ、シシアスが軽く手を上げる。
少し歩いて死角に入ったところで、先行していたシシアスが足を止めた。
「じゃあ、頼むな」
「はいはい。フィリアをあまり歩かせないでくださいね」
「嫌味な奴だなお前は」
シシアスが拗ねた顔をすると、アンセルは小さく笑い、そして気取ったようにリネットの手を取った。
「ではリネット様、お邪魔虫はあちらへ参りましょう」
「そうね。私たちったらお邪魔虫だものね」
アンセルとリネットにからかわれて、フィリアは顔を赤くする。
ここからは子ども達の秘密の時間だ。
「フィリア、こちらへ」
そういってシシアスは薔薇の生垣の裏にフィリアを引き寄せ、そして抱きしめた。
「会いたかった」
耳元で囁かれ、フィリアは更に顔を赤くする。
少し苦しいほどの抱擁に、その想いの強さを感じて嬉しくもなる。
「私も、会いたかったです」
いつからだったのだろう。
フィリアが恋を自覚するより早く、シシアスは動いた。
その日、真剣な顔でアンセルに何かを耳打ちしていると気づいてはいた。
また何か悪戯を企んでいるのかと思っていたが、気づけばフィリアはシシアスと二人きりになっていた。
そしてその想いを打ち明けられ、二人の秘密の逢瀬が始まった。
実際のところ、アンセルはこの時間にあまりいい顔をしていない。
ただ、リネットがやたらと乗り気で協力してくれている。
妹分なりに、お姉様の役に立ちたいのだろう。
しばらく抱き合っていた二人だったが、肩を寄せて隠れるようにして座る。
フィリアの豊かな髪に口づけたシシアスは、指を通して質感を楽しむ。
「私の目の色のリボンにしてくれたの?」
「……改めて言われると恥ずかしいわ」
「かわいい。私のフィリア」
顔を赤くして目を伏せるフィリアを、シシアスは満足気に見つめる。
そのまま二人は、薔薇の香りに包まれながら束の間の逢瀬を楽しんだ。
フィリアはこの時間が一番幸せだった。
アンセルとリネットが戻って来なければいいのにと願うほどに。
しかし、ある程度で戻らなければ両親が探しにきてしまうだろう。
アンセルはその辺りはかなり厳密な性質なので、多少リネットがごねようと必ず時間通りに戻ってくる。
それを合図に、フィリアとシシアスはまた幼馴染の立ち位置に戻る他ないのだ。
「それでは、また」
「はい、また」
両家の当主が別れの挨拶をし、それぞれ帰路につく。
フィリアは馬車の中からそっと、セクトウェルス侯爵家の馬車を見やった。
離れていくそれに、心がバラバラになったように痛む。
「フィリア。きちんと前を向いて」
「はい、お母様」
「あなたも間もなくデビュタントなのだから。娘気分も卒業しなくては」
「そうね」
沈んだ顔をするフィリアを助けるように、アンセルが明るい声を出す。
「お前だけじゃ不安しかないけど、リネット様が一緒ならなんとかなるかもな」
「お兄様ったら! 失礼ね!」
空気を変えてくれた兄に感謝しつつ、フィリアは調子に合わせてドレスの話などを続けた。
父は黙ってそれを聞き、母は時折嗜めつつも明るく応えてくれる。
フィリアはこの真面目で穏やかな家族が大好きだ。
だからこそ、自分のしていることに後ろ暗さを抱いている。
それでもシシアスを求める心は止められなかった。
邸に着いて馬車から降りたあと、フィリアは自室に下がろうとした。
その後ろを兄が着いてくる。
「お兄様?」
「……お前、分かっているよな?」
いつになく真剣な顔に気押され、フィリアは息を呑む。
「お前もリネット様も、間もなくデビュタントなんだ。これ以上は」
「分かってる!」
思わず大きな声を出し、フィリアはハッと口をふさぐ。
伺うように兄の顔を見れば、その瞳はただ憐れな妹を心配していた。
叱られた方が、どんなにか楽だろう。
「分かっているならいいんだ。変な夢は見るなよ」
いつになく優しい手つきでフィリアの頭を撫で、アンセルは部屋を出て行った。
扉が閉まる音と共に、フィリアはベッドに座りこむ。
「分かっているわ……」
涙が頬を濡らす。
身分を考えれば、シシアスと添い遂げる未来などあり得ないことなど分かっている。
シシアスの妻とは、すなわち未来の侯爵夫人である。
子爵家とて貴族の一員ではあるが、もっと相応しい子女がいるのだ。
その地位はそんなに甘くはない。
だからこそ、フィリアはデビュタントを先延ばしにしてきた。
社交界に入ってしまえば、自分だっていつどこに嫁入りしてもおかしくないのだから。




