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王の挨拶で会は始まった。
紹介された主役二人の初々しい様子に、貴族たちは概ね好意的な拍手を向けた。
正直なところ、中央の政治にはなんら影響のない二人の婚約を知らされたところで、祝福する他に何もないはずなのだ。
本来であれば。
シシアスは久しぶりのフィリアの姿に胸の昂りを抑えきれずにいた。
少し痩せた気がする。
きっと苦労しているのだ。
あのような身分の男に嫁ぐばかりに、私のフィリアが。
そしてフィリアから目を離せないシシアスの脳内には、怒涛のように後悔が押し寄せた。
あの日に、少しでもフィリアに考える時間を与えていたら。
あるいは全てを捨てて二人で逃げてしまえば。
どんな手を使ってでも、無理を通してフィリアを妻に迎えていたら。
胸の内に泥が溜まっていく。
シシアスは鉄壁の仮面をつけ、同じく完璧な妻をエスコートしながら社交にいそしむ。
どうあれ、過去を悔いても仕方ない。
まずはフィリアと二人きりにならなくては。
隙を見てフィリアを盗み見ていると、鋭い視線を感じた。
——アンセル。
冷めきった目でこちらを一瞥すると、瞬間、まるで勘違いだったかのように微笑んだ。
しかしこちらに近づいてくることはなく、付かず離れずで妹の側に控えている。
あいつに頼めば、あるいは。
先ほどの表情は気になるが、アンセルは最終的にはシシアスには逆らえない。
本気で頼めばまたどこかで二人きりにしてくれるかもしれない。
そんなことを考えていたときだった。
「あの方なのですね」
秘めやかな妻の声が、シシアスだけに届いた。
「エレイン?」
「あなたの心にずっといらしたのは、あの方なのですね」
思わず横を見ると、エレインはシシアスを見上げていた。
その瞳はなんの揺らぎもなく、ただシシアスを捉えている。
「すまない」
思わずシシアスは謝った。
完全に失態だ。
だがしかし、全てを見透かされた気がしてしまったのだ。
エレインは感情の読めない目のまま、口元だけは微笑んでいる。
こんなにも深い色の瞳をした女だっただろうか。
先の見えない、深い森のような静謐。
シシアスはここにきて今、初めてエレインと相対している。
「よろしくてよ。全て分かっていますから」
シシアスはぞっとした。
果たしてこの女は、どこまで。
「ですが」
シシアスは息を飲む。
死刑宣告を待つ気分だった。
一体この女は今、何を考えている?
だが今ここで、崩れる訳にはいかない。
シシアスは力を持たなければならない。
フィリアを手に入れるために、エレインを失うわけには——
「私を妻にすることが最良の選択であったと、証明してご覧に入れます」
エレインは花開くように笑った。
さながら鋭い棘を持つ真紅の薔薇のように。
それは矜持の果てにある、苛烈な覚悟であった。
そしてシシアスは自ら悟ってしまった。
エレインを妻にすることこそが、自分にとって最も幸福で、正しい選択であったことを。
この瞬間、完膚なきまでに思い知らされたのだ。
いまだシシアスの心にはフィリアへの想いだけは残っている。
ただそれは、生涯捨て去ることがないだけの、ただの初恋の欠片でしかない。
自分はこの先も、決してエレインを手離すことはないだろう。
整然とした正しさと、濁りのない安息。
いつかその最良の愛に溺れ、そして死ぬ。
夜会の喧騒が遠く聴こえる。
シシアスはもう一度だけ遠くのフィリアを見た。
一度だけでいい、どうか。
しかし視線は、その隣の黄金だけに向けられている。
彼女も愛を知ったのだ。
シシアスはそのことを、やっと理解した。




