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「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく。ご足労いただき恐悦至極に存じます」
「あぁどうか、頭を上げてください、ヴェラコルダ卿。私は既にただの代官なのですから」
婚約の話を進めるべく、この日、ヴェラコルダ子爵とラティオは子爵邸で初めて顔を合わせた。
だが、お互いすっかり恐縮して全く話が進まない。
フィリアとアンセルも同席しているのだが、むずがゆくてたまらなかった。
「父上、ここは公式な場ではありませんし、ラティオ様もあまりそういったことに慣れておられません。ここはひとつ、無礼講とされてはいかがですか」
「不敬だぞ、アンセル!」
「私がそうしていただきたいのです。どうかラティオと」
「そのような恐れ多いことを」
ラティオがしょんぼりとしてしまう。
彼は幼少期こそ王城で過ごしたが、万一にでも継承権争いなど起きないよう、早いうちに城を出て教会に入った。
フィリアから見ても、あまり貴族的な振る舞いに慣れてはいないのだ。
「お父様。ラティオ様は本当にそれをお望みなのです。話を進めなくてはいけませんし、今はお許しいただいてはいかがでしょう」
「しかし……」
「ヴェラコルダ卿。兄のわがままを申し訳なく思っています。本当に、一体どこでフィリア嬢との交流を聞きつけたものか」
ラティオが頭を下げ、子爵はまたもや慌てる羽目になった。
「このうえ私までわがままを通して申し訳ありませんが、私はあなたの息子となるのです。どうかラティオと」
そこまで言われれば、さすがの父も態度を軟化させる。
あまりに生真面目なやりとりに、兄妹は揃って額を押さえた。
「それでは改めて。ラティオ様。この度のご縁談、末代までの誉れでございます」
「お受けいただき感謝申しあげます。お立場を考えれば断ることもできなかったでしょう。フィリア嬢も、巻き込んでしまって申し訳なく思っています」
「そのようなことはありません!」
フィリアが即座に言い返すと、ラティオは顔を赤くした。
ややあって、フィリアも顔を赤くする。
これではまるで、フィリアがラティオとの縁談を望んでいたかのようではないか。
二人して顔を赤くして俯くのを見て、ヴェラコルダ子爵はしばし呆気に取られる。
思わずアンセルに目を向けると、息子は呆れたように肩をすくめる。
子爵はこれならばと、心から安堵した。
「この後は正式に書面を交わし、ご婚約と相成ります。本当に、よろしいのですね?」
「はい。私がヴェラコルダ子爵家に婿入りをさせていただきますが、決して継承の権利は望みません。エウレンクラヴェの地から、アンセル義兄上をお支えしたいと思っております」
「フィリアも、それでよいのだな」
「もちろんです」
本邸に戻った兄妹を待っていたのは、天地がひっくり返ったような大騒ぎだった。
なにしろ子爵家ごときに王家直々の縁談の申し入れがあったのだ。
しかも溺愛する王弟殿下のためとあって、過分な条件での縁談であった。
とてもこのままではお受けできないと、忠義者のヴェラコルダ子爵は震える脚で登城した。
担当の文官と話すのだろうと小部屋で控えていたが、まさかの王本人が宰相閣下を伴い現れた。
恐らく、子爵の寿命は数十年ほど縮まった。
お構いなしに奮発しようとする王を宥めすかし、現実的な折り合いをつけたのはさすがの辣腕宰相であった。
命からがら戻った子爵の手には、まともすぎる条件の婚約書類が握られていた。
と、肝心の本人たちが置いてけぼりになっていたわけだが、ラティオは普段通りにのんびりしていたし、フィリアもまた、その隣にいることを苦には思わなかった。
燃え上がるような恋を知るフィリアにとっては、あまりに穏やかな関係ではある。
あるいは恋ではないのかもしれない。
けれど、これはきっと。
こうして周りがジタバタしている中で当人たちはそれなりに気持ちを確認しあい、無事婚約となった次第である。




