10
日々はそう簡単には変わらない。
七日に一度の礼拝も、変わらず続いていた。
ただ昼食後の散策の際、アンセルはシシアスの側を離れなくなった。
始めこそリネットは強く抵抗した。
しかし「デビュタントを終えたからにはアンセルと二人きりになってはいけない」とフィリアに諭され、渋々ながら従っている。
物言いたげな二人の視線をものともせず、ただ朗らかに接する妹にアンセルは慄いた。
「お前、フィリアを連れて本邸を出る気はないか」
アンセルが父と共に書斎で書類整理をしているときだった。
父は手元の書類を見たまま、少し迷うように話し続ける。
「……このままではフィリアは七日に一度、辛い思いをするだろう」
「まぁ、そうですね」
「北の館を任せる。全てお前の裁量で良いから、そちらを拠点に少し領内を見回ってきてくれ」
「はぁ。分かりました」
「領主ともなればそうそうここを動けなくなる。己が治める地を見回ってこい」
「私は構いませんが。本当によろしいのですか?」
「少し、時間が要るだろう」
なんだかんだで父は妹に甘い。
仮に自分が恋に破れて落ち込んだとして、こんなに気にかけてくれるのだろうか。
アンセルは少し考えてみたが、自分が恋に溺れる想像すらできなかった。
「では、私から話します」
「頼んだ」
どう話したものかと考えながらフィリアの部屋へと向かう。
あれこれ考えてはみたが、うまい言葉が浮かばないまま扉を叩く。
「フィリア」
「お兄様、だからノックは……もういいわ」
「荷物をまとめろ。本邸を出るぞ」
「え?」
「本格的に領地の一部を任されることになった。お前もついてこい」
「そんな急に」
「なんだ、兄が寂しい思いをしてもいいのか?」
フィリアは合点がいった顔をしたあと、全てを悟って微笑んだ。
「お兄様が寂しいだろうから、ついていってあげるわ」
わざとらしくすました顔をした妹の髪をめちゃくちゃにしてやる。
やはりアンセルの妹は優しく、そして強い娘なのだ。
次の礼拝の日。
愛しい人の顔だけでも見られるその日を、シシアスは心待ちにしていた。
あれ以来完璧な淑女の仮面を被るフィリアに、毎度気圧されてしまう。
アンセルもすっかり協力する気を無くしたらしい。
それでも、手を伸ばせばまた腕に抱ける距離にいたから耐えられたのに。
「……え? アンセルとフィリアが?」
「実は火急の問題があると家令からの知らせが。ですが私もこちらを離れるわけにもいかず。やむなくアンセルを向かわせたのです」
アンセルとフィリアの姿が見えないことをヴェラコルダ子爵に問えば、二人は領地の外れの館に移ったという。
ヴェラコルダ子爵とセクトウェルス侯爵の儀礼めいた会話は続く。
「それは大変なことだ。だがアンセルなら上手くやるだろう」
「私もそれを期待しております。シシアス様、リネット様にはご挨拶もせず、失礼をいたしました」
「なぜフィリアまで」
「お恥ずかしながら、アンセルにはまだ婚約者がおりません。女手も必要であろうと付き添わせました」
「そんな……お姉様……」
ヴェラコルダ子爵は内心、冷たいものを抱えていた。
目の前にいる美しい兄妹は、どこまでも我が子らを所有しているつもりなのだ。
子爵はシシアスの望みを察していた。
なにより、現セクトウェルス侯爵ならそうするだろう。
そのやり口は誰よりも理解している。
アンセルはまだいい。
いずれシシアスとの力関係は明確になる。
それが次代にも引き継がれる、家同士の切っても切れぬ縁だ。
だがフィリアは違う。
フィリアはいずれどこかの家に嫁ぎ、そして幸せになる娘だった。
間違ってもあのように、初恋に殺されるはずではなかった。
ましてどこかに囲われて日陰で生きるなど、到底承服できるはずがない。
「しばらくはお目にかかることもありますまいが、健勝に過ごしております。ご心配には及びません」
にっこりと、しかし有無を言わさぬ笑顔を浮かべてヴェラコルダ夫妻は帰っていった。
うまく逃げられたものだと、セクトウェルス侯爵は顔面蒼白の息子を見やった。




