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(第63章 体験に勝るモノはない?)



「僕は最初、悠一君の別人格の女性と、付き合っていたんだ」と奥野は、随分赤い顔をして俊一会長に説明していた。

「君たちはホモセクシュアルなのか?」と怪訝な顔で奥野を見る。

「いや、僕は女性にしか興味ないですよ。悠一君の別人格のマコさんに会えば、倒錯の世界に迷い込んじゃいますよ。もう、滅多に出てこなくなりましたけどね。男がたまらないツボを心得ている。魔性の女ですよ。――いや、そんなことはどうでもいいんですが。

以前、話していましたよね。悠一君には、他に四人もの別人格がいたんです。そして、たぶん前の奥様のヒトミさんと関係があったのは、“隼人”という、少々ヤクザっぽい人格だったようです。

彼は三歳の時、カスミ様の死によって生み出された、暴力的な人格でした。幼い頃から、いじめや様々な危険から救ってくれたのも、この隼人という人格でした。

俊一会長は入院されていてご存じありませんでしたが、十五歳の時、悠一君は何者かに連れ去られ、殺されそうになったことがある。俊一さんと連絡が取れなかった誘拐犯がキレて、危ないところを隼人という人格が助けてくれたらしいです。

親がいても、いじめや犯罪から子供を守るのは難しい。しかし、ずっと親がいない中で耐え難い試練に遭うたび、新たな人格を生み出してきた。愛する人を別人格に奪われたり、知らない間に他人を傷つけたり。

一緒に働き始めて、悠一君に憧れ、好意を寄せていた田中美子と、僕の愛のキューピッドを買って出て結婚させておいて、妻を薬で眠らせて行為に及ぶんだ。

普通の男なら、自分の子供ができたのだと喜び勇んで、気がつかないだろう。でも、俊一君だって疑問を持つだろう。僕たちは、同じ悩みを持つ仲間なのだから。

美子も、僕の子だと疑っていない。今も。しかし、僕は悠一君が新婚旅行にもついてきていたのを知っていた。あわよくば子供ができたらいいと思って、わざと二人になれるよう、飲みに行ったりしていたよ。

人形のように抱かれて気がつかない美子のことを、可哀想だとも思ったが、それ以上に子供が欲しかった。できれば、愛する美子の子。悠一君の遺伝子なら、どんなに綺麗な子が生まれるだろうと、楽しみだった。

一人目の真矢が生まれた時の喜びは、想像できるだろうか。美子に似た、可愛い女の子だった。初めて“パパ”と呼ばれた時の喜びは、なんと形容したらいいだろう。

そして次に、実が生まれた。男の子が欲しかったから、小躍りして喜んだよ。奥野家の皆も、跡取りができたと大騒ぎだった。しかし、どことなくキミに似ていた。『美子さんのお父様に似ていらっしゃるのかしら?』

と母が言って、そういうことになっている。

しかし、実の時は、あからさまに悠一君と二人にして、そうなるよう仕向けていた。

子育ても楽しかった。女を抱く快楽なんて、全然興味がなくなったのは、女の子が生まれたせいだと思う。オムツを替えていたらね。他の男に、いつか取られてしまうかと思うと、許せなくなるんだ。おかしいだろ。

悠一君も、自分の子かもしれない二人の子供たちに、ぞっこんになっていた。自分の罪を知られることを恐れながらも、懺悔してきたよ。

僕は彼に、『マンマ・ミーア!のミュージカルを観たことはあるかい?』と聞いてみた。

同じ時期に、三人の男と同時に付き合っていた母親も、誰が子供の父親なのかわからない。今は科学的に知ることはできるが、僕は知りたいとも思わない。思うわけない。

自分には種がないことなんて、世間に知られたくない。だから、二人の父親がいたっていいじゃないか、と申し出たんだ。

事実、子供が生まれて、悠一君の性同一性障害が消え、一人ひとり別人格が消えていくのがわかった。そして、薬で眠らせなくても、美子を抱くことができた。

多くのトラウマが邪魔して諦めていた幸せが、憑き物が落ちたように、自然に人を愛せるようになったんだ。

美子は泣いて、許しを乞うた。でもさ、もともと美子や悠一君を利用したという負い目が、こちらにはあるだろう。知ってたなんて言えない。

だから、ここは大人の対応をしたフリをして、二人のために離婚してやった。子供のために身を引いた。

もう、いい加減年だし、性欲が昔ほどあるわけじゃない。そのせいだろうか。全然ショックじゃないし、秘密が知られなくて良かったと思っている。

それぞれが、本当に一番欲しかったものを手に入れることができたんだ。離婚したって、家族であることには変わりがない。

家に二人の夫がいたって、自然な感じなんだ。何なら、悠一君が父親で、僕が祖父って感じで、楽しい。

そうそう、ずっと探していた美子の両親も見つかって、都内のマンションを買ってあげたんだけど、美子は子供たちと、ずっとそこに入り浸りなんだ。介護が必要でね。子供たちも、ご両親に慣れていて、美子が仕事に出るのを喜んでいるんだって。孫たちといるのが夢のようなんだそうだ。

そりゃあ、僕だって娘と毎日一緒に寝たいよ。でも、仕事が終わらない。悠一君もそうだ。今が一番、油が乗っている時期だ。

だから、まるで平安時代の貴族たちのように、美子の元に、二人の男が忍び合いに行っている。

兄弟が別姓だと、学校に行くようになって色々支障があるだろう。だから、戸籍上は奥野となっている子供たちも、田中の姓を、大きくなって納得できるまで使おうということになっているんだ。

奥野も永井も、狙われやすい名前だからな。住所も連絡先も、周囲に知られないよう注意しているところだ。田中なら、安心だろう?当分は、シングルマザーのフリをして、子供たちの安全を守らなければならない」そう一気に喋って、俊一を見た。

俊一の目からも、あの憎悪の色が失われているのに気づく。

「さっき、泰平君を抱いた時、思い出したよ。悠一を、この腕に抱いた時の幸せを。自分の子供だと思っていたから、喜びもひとしおだった。

どこかで、種のない自分に子供ができるはずがないと、わかっていた。それでも、いいと思っていた。それほど、カスミと悠一との時間は満ち足りていた。

あのバラ園を、よく散歩していた。仕事が忙しくて会えないのが辛かった。だから、寸分でも会いたくて家に帰ってきたら、あの場面に出くわしてしまって、自分を抑えられなかった。

幸せすぎたんだ。愛しすぎたんだ。だから、一気に足元から崩れ落ちそうになって、あんなことになってしまった。親父を呪ったよ。カスミを失ったのは、想像以上に精神をやられた。二人が出会った時のこと、軽井沢で恋人同士だった頃のきらめきを、思い出しては泣いて泣いて、親父を憎んだ。

精神が壊れなかったら、今頃、自ら命を絶っていたと思う。奥野がいなかったら、きっと自滅していた。

僕たちは同士なんだ。だから、今回教えてくれたんだろう? 新たな命が、僕たちを救ってくれる唯一の秘薬なんだってことを。抱きしめて、あのミルクの甘い香りを胸いっぱい吸ったら、母に抱かれた思い出などないはずなのに、心が温かくなった。僕も、確かに両親に愛されて生まれてきたんだってことを。

『自分なんて、なんで生まれたんだろう』って、ずっと思って苦しんでいたんだけど。

親父の愛情を、自分がジイジになって、気がついたよ。奥野だって、こんなに愛せるんだ。僕なんて、実際に血が繋がっているんだから、感慨はひとしおだった。ありがとう。親にならなければ、親の気持ちはわからない。ジイジにならなければ、孫が目に入れても痛くないほど愛おしいという気持ちは、わからないんだね」顔は緩みっぱなしだった。

「産みの母より、育ての母って言うだろう。真矢も実も、種は悠一君だろうけど、本当の父親は僕なんだから。特に真矢には、悠一君が父親だなんて、知られたくない。ただでさえ、男は女の子が可愛いって言うけど、本当なんだ。悠一君も真矢に首ったけなんだけど、美子さんと結婚したんだから、女の子が生まれるまで頑張れって言っておいた」奥野も、親バカこの上なかった。

それからは、子供たちのエピソードだけで、何時間も笑いが止まらなかった。







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