(第62章 新たなる結婚の在り方)
「俊一君、やっと僕も人の親だよ。結婚相手かね。年齢が親子ほど離れているから、
子供が生まれても、孫だと間違われそうだ」と国際電話で報告をしている。
「キミの子じゃないだろう? 連れ子か? それとも人工授精でもしたのか?」と俊一は驚いている。
「まあ、そんなところだ。奥野家を継ぐ者が必要だったからね。でも、血のつながりなんか関係ない。愛する家族がいるだけで仕事にも集中できるし、何よりキミと血縁者になるのも嬉しい」
そう言われて、「どういう意味だ? 自分の血を分けているのは悠一しかいない。いくら性同一性障害だと言っても、男同士では子供はできないだろう?」と、電話の向こうで戸惑っているのがわかる。
「里親だって、養子縁組だって可能だよ。自分のことを父親だと頼ってくれる幼い命は、かけがえのないものだ。とにかく、可愛い。キミも一度帰国して、抱いてもらえないだろうか? 何しろ、キミの姪に当たるのかな? いや、孫になるんだろうか?」そう言われて、「結婚式はいつだ?」と聞いてきた。
「飲み込みが早いね。パーティは明後日。永井家のサロンで」と答えて、電話を切った。
二日後、身内だけの内輪の結婚披露宴が、永井家のパーティスペースで華やかに催された。
広い庭園には薔薇の花が咲き乱れ、クラシックの四重奏が軽快な音楽を奏でていた。
五歳になる長女の真矢と、三歳になる実が、美子のウエディングドレスのベールを持って――というか、繋がれて――レッドカーペットの上を、奥野に手を引かれて歩いていく。
腕には、純白のベビードレスに包まれた赤ちゃんが、すやすやと眠っている。
神父のようないでたちだが、キリスト教でも何でもない。
人前結婚という、そこにいる人たちの承認によって結婚が執り行われる形式だ。
いわば、神父のようないでたちの外国人は、司会者のようなものらしい。
そして、新婦を笑顔で迎えている心労――永井悠一だった。
奥野から、恭しくバトンを渡される悠一。
神父のような立会人の前には、ベビーベッドがあり、その中で赤ちゃんが眠っている。
誓いの言葉と指輪の交換。誓いのキス。バラの花びらを撒きながら祝福する使用人たち。ケーキカットに、フラッシュの雨。祝宴が最高潮に盛り上がった時、永井俊一がマキコ女史と会場に駆けつけてきた。
「奥野君、これは?」と聞かれて、
「結婚式に間に合って良かった。今日は悠一君と美子さんの結婚式と、泰平君のお宮参りのお祝いなんだ。ほら、おじいちゃんですよ」そう言って、まだ目の開いていない赤ちゃんに語りかけている。
「いつの間に?」と焦っている俊一会長に、三歳くらいのやんちゃな男の子が抱きついてきた。
「こら、実。おじいちゃんに挨拶しないか」と奥野が叱る。
「おじいちゃんって? もう三人も子供がいるのか?」と固まっている。
「こちらが長女の真矢、五歳で、こっちのワンパク盛りなのが実、三歳。ほら、真矢はママに、実はおじいちゃんにそっくりでしょう?」と笑顔で言う。
「泰平君は悠一君に似てるね。今のところは。永井家の遺伝子は、ちゃんと引き継がれていると思わないか?」と奥野は満面の笑みで、俊一会長にシャンパンを勧める。
マキコ女史は、さっそく赤ちゃんを抱いて、美子と会話が止まらない。
「パパ、実が大変!」と真矢が大騒ぎしている。
大きなウエディングケーキを、実が鷲掴みにして、口の周りは生クリームだらけ。
そんな姿で追いかけられて、真矢は逃げ惑っていた。
そんな実を抱き上げて、ほっぺたのクリームをぺろりと舐めたのは悠一だった。
「これは、うまい」舐められて必死に抵抗している姿に、皆が爆笑した。
暖かな陽光に包まれ、匂い立つバラの香りの中、優雅なパーティは笑いに溢れていた。
『この家で、こんなに笑いに包まれたことなど、あっただろうか?』と、父と子は互いに目を合わせ、苦笑していた。
「ちょっと、抱かせてもらえないか?」と俊一会長が腕を差し出し、実を受け取った。
「実って言うのか? ジイジだよ。実は俺に、そんなに似てるかなぁ」と周囲に聞くと、
「そっくりです」とか、
「俊一坊ちゃんも、顔ごとケーキに突っ込んだことがありましたなぁ」と言ったのは、ハル爺やだった。
「今だに、甘い物には目がないんですもの」とマキコ女史も笑っている。
「子供がいるだけで、なんでこんなに笑顔が絶えないんだろうね」と奥野も笑いながら、俊一会長から実を受け取り、肩車をしてやる。実は、「高い! 高い!」とはしゃいでいる。
「パパ、真矢もして」と長女も体によじ登ろうとしている。
「パパ? って、奥野先生のこと?」と聞くと、
「そう。実と真矢のパパ」と言って甘えている。
「パパを困らせないの」と、美子が赤ちゃんを抱いて挨拶に来た。
「ご無沙汰しております。本日は泰平のお祝いに来ていただき、ありがとうございます」と笑顔で挨拶した。
「悠一と結婚するなんて、全然聞いてなかったけれど、よろしく頼むよ。おめでとう」
そう言われて、「籍は、永井社長の方が田中姓に入られたんです。ごめんなさい」
と言われ、会長夫婦は、「どうして?」と思わず声をそろえていた。
「ちょっと複雑なんですが、六か月前に奥野と離婚しまして、悠一さんと結婚することができたんです。でも、子供たちは兄弟なのに、違う姓というのは、学校に行くようになるとややこしいか、ということになって。
夫婦別姓だといいんですが、日本では認められていなくて。戸籍上では、上の二人は奥野の子供なんです」そう言うと、「意味がわからない」と俊一は首を振った。
「でも、実君は俊一さんに似てるってことは、悠一さんがパパなんでしょう?」とマキコ女史も首をひねっている。
「話せば長くなるけれど、つまり、上の二人のパパは僕で、泰平君のパパは悠一君、ママは美子さん。仕事の忙しい僕たちは“通いのパパ”なんで、子供たちのためにも、プライベートでは田中姓にしよう、ということになったんだ」と、半分酔っぱらって言う奥野に、
「さっぱり、わからん」と俊一が首を振る。
「ややこしいけれど、俊一会長が三人のジイジだってことだけは確かだ。どうだ? 孫って、可愛いだろう?」と奥野の顔も、にやけて締まりがない。
赤ちゃんの泰平を抱いてほしいと差し出され、恐る恐る胸に抱く。
「悠一の小さい頃に、そっくりだ」と思わず笑みがこぼれた。
その笑顔を見て、悠一の目に一筋の涙が流れた。
――そうだ。僕を抱っこして、こうやってバラ園を、よくあやしながら散歩してくれていた。
大きくて、力強くて、安心できた。あれは祖父ではなく、父の声だった。
『大きくなれ。あの富士山のような、日本を代表するような、大きな男になれ』
懐かしい声が、ずっと耳元で響いていた。
「お父さん、ありがとう」悠一の目には、涙が溢れていた。
「チチ、どこか痛いの? ヨシヨシしてあげようか?」
と真矢が心配そうに、悠一の顔を見上げていた。
「痛いんじゃない。真矢たちが、可愛すぎるから。幸せすぎて、感動しただけだよ。大丈夫。ありがとう」そう言って抱き上げ、頬ずりをする。「くすぐったい。やめてよ」
と逃げようとして、抱きしめられて叫び声をあげていた。
「どれどれ、楽しそうだな。パパもコチョコチョ攻撃でもするか」と言われただけで、笑いながら逃げ惑う。実まで参加して、追いかけっこが始まる。
「奥野君も若いな。さすがに、あのパワーにはついていけない」と俊一会長は、泰平を名残惜しそうに美子に返して笑った。
「珍しいわ。あなたが、こんなに笑うのを見たの、結婚して初めてだわ」とマキコ女史も可笑しそうに笑っている。
「みんなも笑ってる。おひさまも笑ってる。ルルルルルルル、今日もいい天気」と大声で真矢が歌っている。
何十年も続いている『サザエさん』のテーマソングだと、知らない者は誰もいなかった。世代を超えて続く、家族の物語。
「家族は多い方がいいわね」とマキコ女史も、すっかり“おばあちゃん”のポストを気に入っているようだった。




