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(第64章 多様性の時代を生きる)



好きというだけで家を棄て、自分を産んでくれた両親たちは、貧困と不条理の中、苦難を嘗め尽くした。

数年、見つからなかった母も、場末のスナックで働かされていたところを、奥野によって見つけられ、救われた。少しアルツハイマーもあって、最初は美子を見ても気が付かなかった。美子の姿が、あまりにも美しく変貌していたのも、理由のひとつだったらしい。

美子の献身的な介抱によって元気になった母は、奥野との結婚を喜び、孫たちを溺愛してくれた。

た。

それから数年たって、上野で浮浪者として生きていた父親が見つかった。心不全で瀕死の状態だったが、今の医療は素晴らしい。やっと意識が戻り、警察から連絡が来て、再会できたのだ。痩せ衰えていたが、母は一目で父だとわかった。母はずっと父の胸で泣いていた。

奥野が二人のためにマンションを用意してくれた。そこは、奥野が資産として持っている物件で、その管理人としての仕事も斡旋してくれた。

その頃、美子は、子供たちの父親が奥野ではないのでは、という猜疑心に悩んでいた。子供のもとに通ってくる悠一の変化に戸惑いながらも、この異常な状況に、奥野も悠一も自然と馴染んでいたので、需要として、その状況下を楽しむことにしたのだ。

一途に一人の男性を愛するのは、素晴らしいことだと美子も思っている。恋か愛かは区別もつかないが、優しく包み込み、いつも安心できる奥野のことを、美子は尊敬していたし、かけがえのない人だと思っている。結婚しても変わらず、美子の両親のことも、子供たちのことも、有り余る愛情で守ってくれるのだ。

ずっと一緒にいたい。好きとか、男女の関係などを超えた家族だと思って、何ひとつ不満も不平もなかった。

幼い頃から、自分がどれだけ考えても運命なんて変えられないと思って育った美子は、成すがまま流れに身を任せ、今の幸せを大事にしたいと、疑惑は蚊帳の外に置き、見ないようにしていた。

しかし、奥野から悠一の幼い頃からのトラウマを聞き、美子と子供たちによって、多重人格で苦しんでいた悠一に回復の兆しが見えてきたことを知らされる。

一度は諦めた悠一への恋慕が、様々な違和感とともに解き明かされていく。

多分、二人の子供も、奥野が父親ではなく、悠一の子かもしれないと思う。実際、長男の実は、悠一の父親である俊一に似ていた。しかし、それは奥野家では、決して口にしてはいけない秘密だということも理解していた。

悠一は、二人の子供たちと一緒に遊び、まるで自分の幼少期を、もう一度記憶を塗り替えるかのように過ごしていた。ある時など、子供のようにミルクを欲しがったり、添い寝をしたがったり。他の子と美子を取り合って、子供のように悔しがって、ワンワン泣いたり。

滑稽だったが、美子は悠一の頭を、他の子供と同じように、ヨシヨシと撫でてあげた。

そして、ある朝、あどけない顔をして、「隼人がいなくなった」

と言って泣いた。

「いつも僕を助けてくれた。頼りになる奴だったんだ。僕の悪いところを全部引き受けてくれた。彼がいなかったら、生きてはいけなかった。これから、どうやって、たった一人で乗り越えていったらいいんだろう?」

と戸惑っていた。

「大丈夫だよ。私たちがいる。きっと守ってあげる」と美子が言うと、実が、

「僕が、悪い奴は、やっつけてあげるね」と絶妙なことを言った。

「うちのパパも強いから、守ってくれるよ」と真矢も大人びた口調で言う。

「ネエネエが一番コワイから。いじめられたら助けてくれるよ」と実も胸を張っている。

「これは、力強いなあ」と悠一は笑った。

そして、その日、美子を抱いた。

驚きすぎて、嬉しすぎて、奥野への罪悪感も考えられないくらい、夢中になった。

「ごめん、美子ちゃん。何度か、今までキミを抱いた。隼人がいたから。どうしようもなかった。誰を愛しても、途中から隼人に取られてしまう。それが嫌で、たまらなくて、好きな女を遠ざけた。

美子ちゃんには嫌われたくなかったので、いつもアルコールに薬を入れて、何事もなかったように誤魔化してきたんだ。きっと気がついていたよね。

実が、僕の父にそっくりだったので、さすがの奥野先生も気がついてしまった。しかし、彼は自分の子供だと、僕の疑惑を笑い飛ばしてくれた。そして、僕が別人格に変わらず、美子ちゃんを愛せた時は、身を引くとまで言ってくれたんだ。それで、本当にいいんだろうか?

奥野先生に甘えて、僕なんかが幸せになっていいんだろうか?」と悠一は泣いた。

「でも、止められない。父も祖父も、きっとそうだったんだ。心で思うことは、誰にも止められないってこと、初めてわかったよ。ねえ、どうして美子ちゃんは、僕の何もかもを受け入れてくれるんだ? こんな不道徳なことも、決して叱らない。不貞を働かせているのに。あんなにいい人を裏切っているのに。そもそも、僕は、こうして不浄な存在なのに」そう言う口を、優しいキスで閉じさせた。

「私は、ずっと悠一さんを愛してた。たとえ地獄の火に焼かれようと、この気持ちは変えられない。やったことへの謝罪も責任も取るつもり。でも、奥野は、いずれこんなことになるって、知っているような気がするの。でなきゃ、悠一さんを、まるで家族のように住まわせたりはしないもの。奥野が以前、ちらりと言ってたことがあるの。『僕は家族が欲しいんだ。子供はたくさん欲しい。たとえ自分の子供でなくても、養子縁組してでも、たくさんの子供を育ててみたい』って。

あんなに子供好きなんて知らなかった。最近は仕事が忙しすぎて、夫婦関係はなくなってしまったけれど、『どこかに才能豊かで、親がいない子がいたら、もらってきてもいいか?』とも言っていたわ。

泰三氏が奥野に語っていた夢は、子供たちの才能を伸ばし、日本の未来が、夢と希望に溢れた幸せな国になることだったんだって」と美子が言うと、悠一は子供のように泣きじゃくった。

「僕は離婚しても、かまわないよ。子供だけは渡せないけどね。でも、離婚して6か月は女性は再婚できない法律になってるからね。まあ、堅苦しいことはやめにして、どうせ僕も悠一君も仕事が込みだしたら家には帰れない。それなら、平安時代の光源氏のように、美子姫のところに通うっていうのはどうだろう。美子も、また僕の方を愛するかもしれないし。自由恋愛ということで、離婚と結婚を繰り返すのもどうかと思うから。美子は田中姓に戻って、僕たちは子供の認知だけして、養育費も生活費もずっと面倒を見る。いずれ、彼らが父親姓を選べるようになるまでは、シングルマザーという形もアリだな」と言い出した。

「結婚という契約をするメリットは、旦那が浮気をした時くらいかな? それなら、問題はない。離婚と同時に、美子ちゃんが困らないくらいの資産は分配してあげる。悠一君も有り余る財産も資産もあるから、弁護士の僕が責任を持って償わせる。美子ちゃんは安心して、ご両親と子供たちと暮らせばいい。僕と悠一君の別人格のマコとは、所帯を持ってもおかしくない関係でもある。こうなったら、三人で子育てをしよう。世の夫婦たちも、子育てで家族たりえているんだから。多様性の時代。こういう結婚生活もあっていいんじゃないだろうか?」と熱弁を振るう。

そこに久しぶりに、悠一の別人格のマコが現れた。

「奥野先生は私にぞっこんなのよ。ごめんなさいね、美子ちゃん。たまにデートするけど、子供はできないから安心してね」と。

美子もマコとは面識がある。むしろ、三上雄馬という人格で、世界で超人気ブロガーでもある。何度か悠一の秘書として、その怪しいパーティにも同行したことがある。そして、マコのことは嫌いではない。むしろ、友人以上に信頼している。悠一の仲の別人格が消えたと聞いて、実はマコと二度と会えないのかと思い寂しかったのだ。

「よかった。マコさんには、まだまだ教えていただきたいこと、たくさんあったから。たまには出てきてくださいね」と、思わず抱き着いていた。

「まあ。奥野先生を取られたって知らないわよ」などと言われても、女装していないので複雑な思いがする。

「何にせよ、楽しそうだから、いいよね。なんか、ドロドロした感じはもうやめようよ。恋人のまま。好きだと思う時に愛し合う。そして、どんどん子供を作る。どう?」と奥野は能天気だ。でも、その明るさが永井家の因縁を解き放ち、今ある幸せを手繰り寄せてくれたのだと悠一は思う。

「パパ、ママ、ユウ君も行くよ」と真矢が、お菓子や玩具をいっぱい詰めたリュックサックを重そうに引きずりながら言う。

「どこにおでかけですか?」と奥野が尋ねる。

「今日はタケノコ掘りって言ってたじゃない? パパ、忘れてたの?」と、ふくれっ面している。

「ママそっくりだね」と悠一が笑う。

「そうだよ、ママに似て、きっと真矢は美人になるぞ」と、重たいリュックを持ってやった。

「そういえば、ハル爺やが張り切っていたな。早くしないと、全部ハル爺やに取られちゃう」と真矢が走り出した。「待って」と必死で真矢を追う実。しかし、転んでしまい、泣きべそをかいている。

悠一がそんな実をおぶって、「さあ、パパたちと競争だ」と走り出した。

「きゃーきゃー」と嬌声を挙げて、真矢を追いかけられて逃げ惑う。

「ダメだ。日頃の鍛錬が違う。とてもついて行けない」と奥野が一番に白旗を上げる。その腕に手を回して、「あなた、ありがとう。私、やっぱり、あなたと結婚してよかった。何だか悠一さんまで、あなたの子供みたい。ずっと、このままいたい」と肩に頭を寄せて目を細める。

「僕もだよ。まだ美子には言えないことあるけれど、知らないフリしてくれて、ありがとうな」と髪に口づけをした。

「今番幸せなのは、キミと真矢の幸せそうな顔を見ていられることだな」と空を仰ぐ。

遠くで雨が降っているのか? 虹がかかっている。

「きれい」と美子も夢見るような目で眺めた。

「キツネの嫁入りだよ」と真矢が二人の間からピョコリと顔を出して教えてくれる。

「本当だ。マーヤの後ろにシッポがある」と奥野が驚く。

「違うよ、これはホウキ。魔女はこれに載って空を飛ぶんだから」と教えてくれる。

「マーヤは何でも知っているんだね。パパに似て天才かも」などと自画自賛している。

「あーあ。マーヤにはメロメロなんだから。キツネさんみたいに嫁入りしたら、パパは泣くわね、絶対」と美子が言うなり、

「大丈夫。パパと結婚するもの」とあどけない顔で堂々と宣言され、奥野は思わず真矢を抱き上げ、キスの嵐を浴びせながら半べそをかいていた。

美子は虹に向かって「ずっと、この幸せが続きますように」と、そっと願いをかけた。



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