45話
「アイリス、それじゃあね」
トダ村でアイリスと別れる時、ついでにダイゴロウ宅で魚を捌かせてもらった。内臓を出しておくだけでも鮮度の保ちが違う。川でやると匂いで獣を呼んでしまいそうだったし。
そして荷車を借りた。
釣った魚が重すぎるのと、お子様のフクとチコリを運ぶ為だ。
「楽ちんなのニャ、ね、チコリ?」
「ニャ!」
リヤカーと違って四輪なので、後ろ向きに座って脚をブラブラさせながら揺られている二人。
ラムはケイティ、リリィと話しながら歩いている。サラは何やらスマホを弄っているように見えるが、あっちで買ったのかな。
「サラってスマホ使えたのな。メールやってんの?」
「あっ、はい! アニソンカラオケバーの皆さんに教えてもらいました。よろしければケンジさんも私と番号やアドレスを交換しませんか?」
「いいよー」
ポケットからスマホを出して交換した。
サラは早速、目の前からハートマークを送信してきた。大人の余裕でキスしてる絵文字を送ったったわい。え? キモい?
道なりに歩いていると、ふと目に付いたのが緑に黒の縞々模様のアレ、スイカだ。よく見ると外国のスイカみたいに少し長い。
「すいませーん! この果物を売ってもらえませんかー?」
遠くで農作業中のオジサンに声をかけると、快く分けてもらえた。
このスイカは帰ったら冷やして一つはおやつに、残りは店で使おう。
隣ではメロンも栽培していて、間引いた小さな実が捨てたあった。聞いたらくれるというので、それも貰った。浅漬けにしたら美味いんだ。
「新鮮な素材がこうやってすぐ手に入るってのは贅沢な事だよなぁ」
「そうですね、東京だと新鮮でもなかったし、凄く高かったですもん。アニソンカラオケバーの賄いだけで過ごしてました。こちらは野菜は美味しくて安いし、いいですよね」
「そうだね、食べ物が安いのはいいよね。それに、見た事のない食材もあるし、楽しく過ごせてるよ。そういやラムに聞いたんだけど、本当は異世界転移で連れていけるのは一人みたいだけど、こっそりついて行ったサラはお咎めなしだったのかな?」
「ここだけの話ですけど、神様から注意されました。でも、ラムさんの力になるなら大目に見るそうです。神様と会えるなんて思ってもみなかったから、何だか不思議な感じなんです」
悪魔は人間の前に簡単に現れるけど、神はいつだって助けてはくれないのよね。基本的に放置するから。
トダ村とアンバーは徒歩で一時間ほど。荷車を引いている今は少し時間がかかっている。そこで、お子様達のご機嫌をとる為にポケットタイムだ。ポケットを叩くとお菓子が出てくるのだ(魔法で)
「アーモンドの入ったやつ〜」
まずはフクとチコリにアーモンドチョコレートを渡す。そして、他の皆にも渡していく。
それと同時に召喚魔法でレモン風味の炭酸水も出して渡していく。
「食べた事のないお菓子ですニャ……」
ラムとサラ以外には初めての味。皆は至福の笑顔でお代わりしてきた。
「ケンジさんて何者?」
口にチョコを頬張ったリリィがボソっと呟いていたが、ただの飲ん兵衛だよ。
アンバーに着くと、日が落ちる前なのにどんよりと曇っていて薄暗かった。街灯はないので、薄暗くなると蝋燭の明かりを灯すしかない。
立ち飲みチコリ前に来たら、何故か既に赤提灯が明かりを灯していた。
「どうなってる」
店内を覗くと、何と耕ちゃんがカウンターの中にいるではないか。
「やぁ、ケンジさん。随分顔を見ていないなぁ、と思っていたら、こんな楽しい事をやっていたんだね。詳しく話は聞いているから。ほら、皆も入って入って」
何か仕込んでる様ですが。
「えーと、耕ちゃん? あっちの耕ちゃんのお店は?」
「火、水で休みだよー。今日は火曜日」
「あ、そうなんだ……」
「ラムさんにこの世界の話をされてね。最初は信じなかったんだけど、スマホの動画を見せられてさ。ケンジさんが仕込んだり、給仕したりしていて、それにお客さんが日本人じゃないし。王様もいたし。それで、休みの日にこっちで働かないかって言われたら、断る理由なんてないでしょ。酒の発祥の地なのに廃れているとか、シチュエーションが燃えるじゃないですか!」
そうだった、この人も美味しい物、美味しい酒を提供する事に命を賭けている人だった。
「耕ちゃん……タイミング良すぎだよ。僕達、今日は魚を大量に釣ってきたんだよ。ほら」
氷漬けの魚を見せる。
「おっ、内臓を抜いて氷漬けにしたね。既に身もシャーベット状になってるから刺身でもいけるよ、これ」
ルイベになってましたか。
耕ちゃん……醤油とワサビならあります。是非友腕をふるって頂きたく。




