11話
「ケンジ殿は魔法使いでもあったのですね」
ナターシャはそう言ってくれたが、果たしてこれが魔法なのかは分からない。頭で想像したものが目の前に具現化するという力が魔法なのかは。
「ナターシャさん、僕は自分が魔法使いだと思った事は一度も無いんだけど、こんな種類の魔法もあるのかな?」
ゲーム上の知識しか無いが、魔法というのは火に水、風に土、それに光と闇属性のものが一般的じゃないかと思う。僕の場合は無から創り出しているのか、どこかにある物を手元に引き寄せているだけなのかのどちらかだろうね。
「ケンジ殿、これが魔法の力でないとしたら、一体何が魔法なのか私には分かりかねるのだが」
眉間にシワを寄せ、難しい表情でナターシャが言う。
確かにそうだろう。しかし、単なるサラリーマンの僕に説明は出来ないのだった。
「とりあえず便利な力を得たって事でいいのかな……ははは、はは…難しく考えても剥げちゃうし」
今のところは調味料しか出していないけど、他の物も出せるか実験してみよう。店に必要な物とかどうだろう。
「赤提灯よ出ろっ!えいっ」
酒場の軒先に吊るしたいアイテムである赤提灯が出た。
「出たわね!」
ラムが少し驚き、笑顔で言う。
タダで色々と用意できちゃう!とか思ってるな、このー。
「じゃあ次はジョッキ!ガラスのジョッキを出してみて!」
全く、簡単に言ってくれるぜぇ。
「こっちの世界のジョッキは大きいから、特大のを思い浮かべながら……てやっ」
リッターサイズのガラスジョッキがワラワラと出てきた。
チコリが「おー」と呻くように拳を握って、ジョッキの中に入れて遊んでいる。
ナターシャは「こんな透き通ったガラスは初めてだ」と言いながら艶かしく触っている。こっちのガラスは少しざらつくもんな。
実験の結果、食べ物に関する物は想像すると出てきた。それ以外だと服などは店員に着せる制服は出せても、それ以外の服は出てこなかった。ファッションセンス、ないもんなぁ……。
「何とも都合のいい力だけど、かなり助かるからいいか。連れて来られた意味的にも」
「変に話しがそれたけど、ナターシャさんの腕前を確認する意味で食事にしましょうか」
ラムの一言で本来の目的に戻る頃には、テーブル上は調味料などで一杯になっていた。
「魚のおろし方もキレイだし、素早いよね。鶏も丸から捌ける、と。盛り付けも丁寧で美味しそうだ。んー、串打ちは殆どやった事は無いのか。その辺は僕らも一緒だから気にしなくてもいいね。それじゃあナターシャさん、僕達と一緒にラムの酒場で頑張りましょう。チコリも協力よろしくね」
僕達三人は手を取り合い、チコリはジョッキに水を入れて飲んでいた。
「くぱぁ!」
お酒ごっこだそうで、楽しそうで何よりである。
あれから二週間、店をどうするか細かいところまで打ち合わせをしたり、ナターシャにはこの世界でウケている料理を作ってもらったり、と、結構やる事が多くて時間が経つのは早かった。
正直なところ、美味い酒を出してしまえばこの世界の飲食業では天下を取れそうだ。日本から持ってくれば簡単だけど、こちらの酒文化を育てる意味でそれはできないし。そうなると新たな酒の醸造をしなければならない。なので、なるべくこの世界の酒を置くことに決めた。
「マイヤーズさん、おはようございます」
「ケンジさん、おはようございます。今日は天気も良くて仕事をするにはピッタリですよ」
そう言うマイヤーズさんは腫れぼったい目をしていた。
「寝不足ですか?クマができているようですが」
「あはは、新しい酒の事を思うと興奮して眠れなかったんですよ」
「マイヤーズさん、今日は今までのエールとは違うエールになっていますから、新しい飲み物だと思って飲んでみて下さいね」
そう言うラムも少し寝不足気味だ。こっちは酒場開店の準備で忙しかったからだが。
「あの…おはようございます」
フードを深く被ったこぢんまりとした人が近付いてきた。片手に杖を持っている。
「時間通りね」
ラムが肩に手をやりながら言う。
「彼女は魔法使いのサラよ。ほら、恥ずかしがってないでフードをとって顔を見せて」
「サラちゃん…?」
そこには、顔見知りのアニソンカラオケバー店員がいたのだった。




