勇者誕生の儀 直前
??? クリスマス? 知らない子ですねぇ。リア充なんて爆ぜればいいのに。
??? うちの子がどーもすみません。こーら、そんな事言わないの。御心配なく。一家団欒の時を過ごしました。
明けて翌日──。
「──おはようございます、トモナリさんっ」
「……ん? んー。おはよう、エミューちゃん。──っ!」
俺は、フッカフカの最高級だと思われるキングサイズのベッドで、聖母の如く慈愛に満ちた笑顔を浮かべた、エミューちゃんに揺り起こされた。
まるで天使のような御姿であった。いや、天使そのものであった。あの存在を天使と呼ばずして、なんと呼ぶ。そうでなければ、世に知られている天使は、ことごとく、天使でなくなってしまうのではないか。
聖母の如くー、とかいいつつも、天使ー、とか言っちゃって発言が朝から統一感がない。
馬鹿か、俺は。……馬鹿だった。俺は。
頭を心の中で振って意識を切り替える。現実でやったら天使──もとい、エミューちゃんに不審がられるからな。
割と朝には強い体質のため、頭はすぐに動く。動くには動くが、分からないこと、というものはやはり存在するものだ。その最たる例が現在のエミューちゃんの態度だ。ズバリ──
ウキウキ、ランランという効果音が、ピタリと当てはまるくらいに、上機嫌なことだ。
ここは、あの白衣の師匠、または、年中アロハシャツの怪異譚収集家、アチラとこちらの橋渡しをしている中年男になぞらえて、「元気がいいなぁ、何かいいことでもあったのかい?」と聞くべきだろうか?
いや、朝から何をいっているのだろう。あんな、掴みどころのない冴えない中年男のことはどうでもいいのだ。
お前は冴えてるのか? と聞かれたら言葉に詰まってしまうが。そうしたら、俺は、胡散臭くない、ただただ善良な(?)市民になってしまう。……あれ? 充分じゃね?
閑話休題
晩餐会時には、何気に、聖霊の支配に対して抵抗するために無意識で魔力を大量消費していたみたいだ。そのため、昨夜は程よいところでお開きになった晩餐会からこの部屋に戻ってくると、最低限のことをし終えるやいなや、睡魔に拉致されて、深い眠りに引きずり込まれた。
当たり前のことだが、ベッドに沈んだ後の記憶が一切無い。大方、その時に何かエミューちゃんにとって、都合のいいことがあったのだろう。
機嫌のいい理由を聞くのもなんか野暮なような気がするしなぁ……
「どうしたんですか? トモナリさん。朝から難しい顔なんかして。」
「いや、特に理由がある訳では無いが……」
珍しくもなんともなく、歯切れの悪い俺の言葉に、コテンと首をかしげるエミューちゃん。一緒に、ポニーテールにしたサラッサラの髪が揺れる。目が奪われることしばし。
「……?」
ようやく、戻って来た自我と、再開の言葉を交わし、気になっていたことを訊ねる。
「エミューちゃん、今日は、なんでそんなに機嫌がいいの?」
「──! わかっちゃいました? 態度に出てます?」
「まあ、ね。エミューちゃんを知るものなら、すぐわかると思うよ。」
「そんなにですか? 参りましたね。仕事中に私情を挟むのは厳禁なんですが。」
形のいい整った眉を寄せて、困り顔をするメイド服の天使。
いつも、ひょっこりと私情さんが、顔を出している気がしないでもないが、それを指摘することこそ野暮なので、それの次に気になることを質問する。
「理由を教えて貰っても?」
「特に隠すつもりは無いので、大丈夫ですよ。」
「あ、そうなんだ?」
「ええ。もう、理由なんてひとつしかありませんよ! 今日はいよいよ、勇者誕生の儀です! トモナリさんの勇姿がみられるんですよ! そして! 新たな歴史がページに刻まれるんですっ!」
「そ、そうか。」
キラキラの碧眼を、さらにキラッキラに輝かせ、ぐっと、拳を握り力説するエミューちゃん。その時に、柔らかな巨峰がたゆんと、揺れていたことをここに記す。あぁ、絶景なり。
さあ、使うんだ! と、下のトレッキングポールが騒ぎたすが、極力無視する。……唐突に下ネタをぶっこむ俺氏。意味がわからない。昨日、頭のネジをどこかに置いてきたのかな? まさか、緊張しているのか……? ないない。ないよね?……ない、と思いたい。
Re:閑話休題
さて、勇者誕生の儀についてだが、エミューちゃんが言っていたように、というか、話の流れから今日行われる。
なんでも、国民をあげての一大イベントらしく、勇者誕生の儀は特殊なマジックアイテムを用いてアンティカノス王国全土に放映されるらしい。こういうとこ、無駄に技術力高いよな。流石、異世界ファンタジーだぜ。
トーストから始まり、スクランブルエッグに四角いソーセージ、ベイクドビーンズ、ソテーされたトマトにマッシュルーム、色とりどりのフルーツと、かなりガッツリとした英国風の朝食をとり終え、スーパーメイドが入れてくれた紅茶の香りを楽しみながら、ぼんやりとする。
そうそう、忘れてはならないのは、食材に全て“らしき”をつけることだ。程度の差はあれど、食感や風味が地球産のとは違い、食べることの楽しみが脳内ではしゃぎ回っていた。
脳が震えるって言えばいいのか……? 若干違うような、むしろ違いしか感じないが、まぁ、いいか。
王城が襲撃される前日に作った礼服に着替え、支給された、触るだけでマジックアイテムだと、学のない人でもわかるほど魔力の込められた漆黒のマントを羽織り、魔法で小細工して落ちないようにする。
さながら、ゴム人間を始めとする、海のならず者を躍起になって捕まえようとしている海軍の中将以上(あってたっけ? 自信が無い)の正装のようになっている。色は真逆だが。
準備が整うと、丁度いい時間帯になったので、今度は、晩餐会の会場とは逆の方向に曲がり、西館へと足を向け、勇者誕生の儀専用のホールへと向かう。
コツコツと、2人分の靴音が静かな廊下に響く。その様子が、またしても、妙な緊張感を孕み、ふたりを行き交う言葉の数を減らす。
正味、10分ほど廊下を歩き、ようやく見えてきた、今までに類を見ないほどに重厚な扉。長年大事に扱わないと出てこない、木材独特の風合いの艶と質感。そして、来るものを圧倒するかのような、威圧感を放つ、四獣のレリーフ。
両脇に立つ全身鎧の屈強な男達に、黙礼し扉の前に立つとゆっくりと──いっそ、門と言った方がしっくりくる扉が自動で開き始める。
──今静かに、新たな歴史を刻むべく、勇者誕生の儀が幕を開けようとしていた──。




